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第9話 サルツさんとの同居生活の始まり

初夏の気持ちの良い暑さがガルデス領を包み込む。

濃い緑の山々に、元気に育つ野菜たち。


サルツさんが居候をはじめ数日が経過した。


最初何故か挙動不審だったサルツさん。

今では僕とも打ち解けて、時間のある時には忍術を披露してくれる仲にはなっていた。



※※※※※



「いいですかライト様。まずは“火遁”です。これは第2位階であるファイヤーボールの応用なのですが……『火遁』」


城壁のすぐ外。

今ここではサルツさんの“魔力とは違う摂理”の術式が火を噴いていた。


「おおっ!!」


目の前に立ち昇る火柱。

肌を刺す熱に草が焦げる匂い。


頬を舐めるように熱風が通り抜け、思わず後ずさる。


どう見ても“第2位階”の威力ではない。


「ふう。ちなみに私は第3位階までしか習得していません」

「へー、凄いですね。……僕にもできるかな」


額の汗をぬぐい、少し顔を上気させながらサルツさんは優しい瞳で僕に答える。


「……おそらく出来ますね。……でも今はダメです。まずライト様はそのあまりある魔力を抑えて、最小で運用することを覚えてください」


隣で頷く家庭教師のヒャルマ先生。

ティアは何故かうっとりと僕を見ているけど……


安定の可愛さに僕は思わず顔を赤らめる。


「さすがはサルツ殿。私の言いたいことを的確に伝えてくれる」

「いえ、ヒャルマ殿の指導の賜物です。ライト様は基本をすでに押さえていますし」


――実はもっと凄い魔術、出来るのだけれど。

僕は静かに頷いたんだ。


父上にきつく言われているんだよね。

『無茶はするな』と。


だって。

この“和気あいあい”とした雰囲気。

――僕は何よりも心地いいのだから。



「ライトー、休憩しよっ♡」

「う、うん、キャルン姉さま」


大きなバスケットを手に、満面の笑顔でキャルン姉さまが小走りに近づいて来た。

あれから何故か、事あるごとに僕に付きまとうようになった姉さま。

えっと。


僕と結婚したいとかなんとか……

冗談だよね?


そもそも姉弟で!?


「あら、気が利きますのね?さすがはライト様の“お姉さま”です」

「あら。ティア様もいらしたのですね?大人のくせに“控えめな胸”で気が付きませんでしたわ」


なぜか上から目線のティアに、姉さまが勝ち誇る。


「……どういう意味かしら?」

「さあ?私はお母様の娘。いずれ胸は大きくなりますもの。――誰かさんと違って」


ティアリーナの額に青筋が浮かぶ。


「ほほほ。何言っちゃっているのかしらこのお子様。良いですわ。教えて差し上げます。姉弟では結婚、できませんのよ?――知らないのかしら?」


そして始まるいつものバトル。

ハハ、ハ。


仲良くしてほしいのだけれど……


そしておもむろに抱き着いてくるティア。

うう、どうしてわざと密着してくるの?


……う、嬉しいけど……

僕顔、真っ赤になっちゃうよ?


「それにライト様は私のこの『大きさ』が大好きですもの。そうですよね?ライト様♡」


えっと。


実は僕、というか“前世の俺”。

どうやらティアくらいのサイズが大好物らしい。


大きすぎるのはあまり好きではないみたいなんだよね。

うう…『僕の倫理観』どんどんおかしくなっちゃうよ?


その様子にジト目を向けるキャルン姉さま。

僕、悪いことしてないのに……


理不尽だ。


「む?そうなのか?では私のはどうだ?」


その様子を何故かじっとりとした瞳で見つめていたヒャルマ先生。

上着を脱いでわざわざ薄着になり、控えめな胸を強調するようにして僕を見つめる。


先生の……

ちょうどよい大きさ……


ゴクリ。


それに先生、特異体質で魔力が強すぎて年齢よりも相当幼く見えるんだ。


だからたしか19歳だったけど。

見た目ははっきり言ってティアとほとんど変わらないんだよね。


うん。

スッゴク可愛いのです。

そして色っぽい!?


「うあ、ちょ、ちょっとヒャルマ先生?…ふ、服着てください」

「ふむ。ライト照れているな?……脈はあるという事か…ふふっ」


なぜかにやりとし、ぶつぶつ言うヒャルマ先生。



カオスだ。



※※※※※



夜。

サルツの部屋。


「……『定期報告……異常なし。……ライト様はいまだその力の一端は隠蔽されている。……警戒の必要なし……以上』………………ふう」


サルツは謹製(きんせい)の魔道具で、城へと通信を行っていた。

これは辺境伯であるノイドの許可を取って行っている事で、(やま)しい事ではない。


だが彼はこの行為があまり好きではなかった。


(なにか秘密を隠れて見ているみたいで……ライト様は本当に真直ぐでお優しい方だ。あの方が不利になるような事は言いたくない)


数日の同居。

すでにサルツはライトに惚れ込んでいた。


魔道具を片付けベッドへと横になる。

まもなく日付が変わる時間。


(凄い人だ……もし自分なら――きっと普通ではいられない)


一度サルツは、ライトと二人だけのタイミングで“カマ”をかけてみた。


どう答えられようと報告する気はなかったが――あまりにも能力の高すぎる5歳児。

彼の在り様に興味が湧いたのだ。



※※※※※



日々の何気ない日常。

お茶をし、寛いでいるライト様に私は問いかけた。


「ライト様、一ついいでしょうか」

「あ、はい。なんですか」


「……あなたに使命はあるのですか?」

「っ!?……鑑定で『視えた』のですか?」


ピリッと一瞬で変わる空気。

まるで猛獣の住処に足を踏み入れたかのように、全身の毛が逆立つ。


私は確信してしまう。

彼は知っている。

私の“鑑定”が普通ではない事を。


冷や汗が背中を滑り落ち、鼓動が早鐘のように鳴りだす。


大きく息を吐くライト様。

そしてゆっくりと語りだした。


「サルツさんがどう思っているか……僕にはわかりません」


きっと彼は尊重してくれている。

彼だって持っている。


私ごときのレベルを凌駕した、まさに神レベルの“鑑定”を。


「…でも、僕は今の状況、そして父上やお母様、キャルン姉さま、弟のルードリッヒ、そしてティアやヒャルマ先生、それから僕たちを助けてくれる執事やメイドの皆さん。…そしてサルツさん。……皆がいる今が大好きなんです」


「……」


「サルツさんがどこまで“視える”のか……でも僕は自分の力で壊す気はありません。……あ、使命でしたね。女神ティアリーナ様を助けることです」


にっこりとほほ笑み、圧を霧散させるライト様。

そして薄っすらと、ごく薄っすらとライト様は改めて自身の魔力を揺蕩(たゆた)らせる。


研ぎ澄まされ制御された魔力。

冷や汗が噴き出してしまう。


「っ!?ハ、ハハハ、ハ――すみません。変な事聞いて…」

「いいえ?お仕事ですもんね。(とが)めませんよ?ただ…」


「……はい」


「“非人道的な事”はしないでくださいね?――僕は誰も殺したくはありません。今は」


垣間見えたライト様の覚悟。

私はもう彼の感情を波立てることはしない――


そう自身に誓ったんだ。



※※※※※



(勝てるとかそういうレベルの話じゃない……すでに生き物としての格が違う)


ベッドに体を投げ出し、目を閉じる。


(……さすがロキラス殿下だ……殿下は本当にこの世界の救世主だ)


あの会談の時殿下が言った言葉。


『……頭の固い上層部は有無を言わずにつれてこいと息巻いておってな……』


あれは本当だった。

殿下と陛下が理知的で良かったと本気で思う。


もし欲に目がくらみ、ライト様を無理やり家族と引き離していたとすれば……


恐ろしい想像に目の前が暗くなってしまう。

心臓がまるで爆発するのではないかと大きく鼓動を鳴らす。


そう。

間違いなく、この国はなくなっていた。


ライト様のとても5歳には見えない深い色をたたえた瞳。

そして覚悟。


魂に刻まれたあの光景。


(――彼の行動と想い…まさに国、いや世界の破滅に繋がってしまう――)


よぎる予言が現実と重なっていく。

決して忘れてはならない。



改めて心に刻み、私は意識を手放した。


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