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1 不平等性閉塞感

 



「短い人生だと割り切って、自由に好きなことやって生きようじゃないか」


 そんなことを言った幼馴染は早々に金持ちの男と結婚し、幸せな家庭を持った。

 この世界は歪んでいる。俺よりも不真面目で劣っていて、何の魅力もないと思える人間が画面の中では大の人気者だ。


「何だこの世界は」


 東堂燈は見ていたスマホを脇に放り投げると、ベッドの中央で胎児のように丸まった。


 恐らく始まりは中学受験の失敗からだった。小学校の同級生の中では運動神経も学力も一番だった俺は、当然ながら私立難関中学の入試を受けることになった。

 それまで放課後には友達と遊んでいたが、その時間を塾に通う時間に充てた。地元のクラブでサッカーにも打ち込みつつ、クラスの女子に何度か告白もされた。

 塾の模擬試験でも成績上位。流石に全国一位とまではいかなかったが、安定して全国100位以内には名を連ねていた。自分の優秀さを改めて自覚した俺は、ますます中学受験に力を入れるようになった。昔から遊んでいた同級生とは次第に距離が 空いていったが、関係無い。中学に進めばもっと優秀な、俺に見合う友人ができる。俺はそう信じて一層受験勉強に打ち込んだ。


 ……だが結果は不合格だった。呆然と佇む俺の横で、塾の模試では常にランキング外だったデブが泣きながら合格を喜んでいた。


「光くん、中学校でもよろしくね」

「…….」


 結局俺は滑り止めの中学に進学することになった。滑り止めの学校は確かに偏差値が高かったが、俺の第一志望が自由な校風であったのに対して、そこはひたすら勉強だけをさせる、そんな学校だった。


 俺はそれまでやっていたサッカーを辞めた。一時期はユースにも選ばれたことがあったが、残念ながら滑り止め先の中学のサッカー部は弱小もいいところだった。そんな弱者の馴れ合いに身を浸すのは時間の無駄だ。俺は勉強一本でやり直す。中学受験では躓いてしまったが、大学受験では必ずリベンジを果たすのだ。そう思い、勉強一本に打ち込んだ。


 リベンジ、再起。そうした言葉だけが俺の拠り所だった。周りの人間が恋愛だ部活だと止まっている間に俺はもっと先へ進むのだという、その志だけで自分の心の優位性を保とうとしていた。


 中学三年間はあっという間だった。体育祭は必ずと言っていいほど団体競技にしか出なかったし、文化祭もたいてい裏方を勤めた。友人は何人かできたが、その過程で本当に尊敬できるような人間は同世代には存在しないのだと悟った。結果として放課後に遊びに出かけるような友人はできなかった。


 中学3年生の冬。駅のホームで英単語帳を開きながら帰りの電車を待っていると、見知った顔が向かいのホームに見えた。……デブだ。いや、もう奴は身長も伸びデブではなくなっていた。何より驚いたのは仲睦まじそうに女子と手を繋いで電車を待っていた。相手の子はそれなりに可愛い。

 対して俺は…….伸び切った髪の毛と爪、擦り切れたリュック。途端に自分が惨めでみっともなく感じた。

 ……気付けば自宅の玄関前に立ち尽くしていた。どうやって帰ったか、記憶はない。



 その日以降、俺は学校に残って勉強してから帰るようになった。高校は持ち上がりのためこの時期に受験勉強をする必要はない。当然俺が目標としているのは大学受験だった。東大への現役合格。それだけが俺の失われた人生とプライドを回復させる唯一の方法のように思えた。


 高校生になっても周囲の人間関係はあまり変わらなかった。ただ中学時代にできた友人はクラスが離れてしまい、俺はクラスの中で一人だった。

 高校から入学してきたやつもいた。そいつらは入試組と呼ばれていたが、中学から持ち上がってきた奴らに比べて圧倒的に優秀だった。張り出された成績表で、当然のように学年一位だった俺のすぐ下に並んでいたのは入試組の佐藤茜という女子だった。

 それなりに美人で席も近かったため、俺たちはすぐに仲良くなった。彼女はすぐに俺の話を理解してくれたし、少し天然の入ったような喋り方も可愛かった。俺は佐藤のことがいつの間にか好きになっていた。


 そうして高校一年の夏、期末テストが終わった直後に、俺は彼女に告白しようと考えていた。

 期末テストは当然のように全教科トップ。充足した気持ちのまま、茜に一緒に帰ろうと声を掛ける。彼女の友人も当然のように「また明日ね」と声をかけてくれる。半ば親友のような存在になっていた。

 帰り道、軽い雑談をしながら告白する機会を窺う。徐々に恋愛方面の話に寄せていく方がいい気がする。そんな風に考えていると、茜が急に相談があると言った。

 ちょっと燈に聞きたいことがある、そう言った。


「私、2組の馬場くんと付き合い始めたんだけどさ、付き合うの初めてでデートとか行ったことないから…….どうしたらいいと思う?」

「あー……」

「悩むよねー」

「……遊園地とか?でも付き合いたてで行くと上手くいかないみたいな話あるよな。無難に映画とかでいいんじゃないか?」

「だよね!確かに映画とか無難な感じがいいかもな〜。いやほんと男子側の意見があると助かるよ〜!」


 そこから彼女とどんな話をして、どのように家まで帰ったのか覚えていない。ただ胸の中に埋めがたい大きな穴がポッカリと空いて、その周辺がじわじわと凍えていく。そんな感覚だけが心に残った。


 それから2年生になって、彼女とは段々疎遠になっていった。俺が彼女に会いたくなかったということもあるが、それ以上に佐藤の彼氏が俺と彼女が会話することを嫌がったようだった。去り際にごめんね、と佐藤に謝られた俺は、曖昧に笑うことしかできなかった。


 俺はもう二度と立ち上がれないかもしれないと思った。大学受験まであと一年半ほどだったが、初めて俺は勉強をサボった。サボったからと言って何かするわけでもなく、学校から帰ると夕飯の時間までベッドの上で横になり、夕飯が終われば食器を洗ったのち自分の部屋に戻ってまた横になる。両親は放任主義かつ、家にあまりいないため俺の生活をとやかく言わなかった。そんな生活を2ヶ月ほど続けた。だがこれまでの貯金の成果か、成績は思ったほど落ちず、トップとは言わないまでも学年10位以内には常に入っていた。その頃、佐藤はとっくに成績の掲示板から姿を消していた。代わりに校内では評判のカップルとして有名だった。


 高校三年生になっても俺は横になるか、ゲームをするかといった自堕落で無気力な生活を送っていた。たまに教科書の復習などをして現状の成績は何とか保っていたが、俺の勉強の仕方はまさに薄氷を踏むような、そんな行為だった。


 夏になった。俺はようやく重い腰をあげ、受験勉強に再び打ち込み始めた。そこには今まで自分を追い越していった奴らへの復讐心と下心だけがあった。

 東大に入りさえすれば人生が変わる。元々俺は顔は良い方だし、運動神経も悪くない。コミュ力だって人並み以上にある。だから東大に入って成功して、これまでの奴ら全員にざまあみろ、俺はこんなにも優秀でお前らなんか歯牙にも掛けない存在なんだ、と唾を吐きかける。そのことだけが俺の心を動かしていた。


 東大模試では流石にランキングには載ることができなかったが、浪人生もいる中でB判定を取ることができた。俺は手応えを感じていた。これまでの勉強は目の前のことに必死で食らいついていたためわからなかったが、着実に俺は合格に近づいている。そう確信した。受験の戦略を何度も練り直し、過去問演習を繰り返した。

 中学受験の失敗の原因は思い返せば慢心だった。俺は小学校という小さな世界の中で周りよりも優秀だったがゆえに、今では考えられないが無策で受験をした。

 その結果が現状の俺だ。だが、大学受験は戦略を練って対策を立てれば確実に合格できる。


 冬になり、年が明けても俺は自室にこもって勉強に明け暮れていた。初詣に行っている時間すら惜しくて行かなかった。来年の今頃はもう大学生になっているだろう。人生初の彼女などももうできているのではないか。そんなふうに大学生活を夢見ながらひたすら机に齧り付いた。


 そして迎えた共通テストの日。多少難化したものの、概ねうまく行った。この分なら共通テスト利用で滑り止めの私立も合格しているだろう。周囲の人間は共通テストの出来が悪かったのか、難化がどうのこうのと騒いでいたが、テストの出来は自分の努力不足だ。自己責任なのだから結果は受け止めなければならない。それが道理というものだ。

 俺は少しリラックスした状態で東大の過去問を解き、時間の感覚と知識の問題を中心に頭に刷り込んでいった。もはや東大合格以外、俺の未来予想図にはなかった。


 そうして迎えた二次試験当日、英語の読解に少し手間取りペースが狂ったものの、苦手な数学なども何とか2完することができた。

 確実に受かった。そう思う手応えだった。


「俺の六年間は無駄じゃなかった」


 試験から帰る駅のホームでつい、そんな言葉がこぼれた。そして初めて外で少し泣いた。

 合格発表までの2週間、俺は考えつく限り遊んだ。まるでそれまでの学生生活を取り戻すかのように、浅い関係性だったとしても友人を誘っては遊びに出かけた。ただし、陽キャリア充のように大人数でとはいかなかったが。

 聞けば教室で騒いでいた陽キャ連中の大半は中堅私大にこれから通うらしい。俺は滑り止めであってもトップレベルの私大に合格していた。


 やはり努力は報われ、遊び呆けていた人間には相応の末路があるのだ。佐藤に久しぶりに連絡してみると、彼女は俺の滑り止めの大学を第一志望にしていたが、落ちてしまったためワンランク下の大学に進学するのだという。俺は密かに勝ち誇った。だが、彼女は俺の半ば自慢じみた語りに素直な賞賛を送ると、大学に進学したらまた遊ぼうね、と言った。俺は何だか毒気を抜かれた気分だった。俺はお前への復讐のために学生生活を勉強に捧げたというのに。

 なぜだか不意に惨めさに襲われた。ここまでして東大合格は得たかったものだったのだろうかと思ってしまった。


 だが、時間は戻らない。それに俺は東大に行ってやり直すことができるのだし、これからの人生は今までよりも確実に楽しいだろう。だから過去のことは忘れようとそう思った。

 …そういえば、関係のない事だが最近新型のウイルスが日本に入ってきたらしい。どうせすぐに収束するとは思うが受験のシーズンが過ぎた後で心底よかったと俺は思った。


 合格発表当日。もちろんネットでも結果は見ることができるが、俺はあえて大学まで足を運んでいた。

 手応えはバッチリ、合格したと確信している。人混みをかき分け、自分の受験番号が掲示されているであろう場所に着いた。


 上から順番に番号をなぞっていく。ドクンドクンと自分の心臓が波打っている音が聞こえた。

 391、391、391…………


 そこに俺の番号は、なかった。


 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


「もういやだ」


 ふとした瞬間に思い出す、嫌な記憶。その幻影を振り払いたくて、明確な拒絶の言葉を声に出した。


 だが現状は停滞したままだ。どれだけ拒絶しても、今の自分がいる限りそれは変わらない。だから苦しい。


 結局のところ、俺が学生生活と引き換えに得たのは、大して生産性のない講義をオンラインで聴くことのできる権利だけだった。

 復讐も、成功も、何もかも今の自分からは遠かった。


 だからもう終わらせてしまいたい。そう思うのだ。


 目の前にあるロープの輪っかに首を通した。

 心臓が途端に早鐘のように鼓動し始める。

 身体中の血液が心臓の周りに集まっているのではないかと思うほどだった。


 あとは足元の台を蹴るだけ。それだけで、コンプレックスもこれまでの俺の人生も無に帰す。

 初夏にさしかかり、部屋の中はじっとりとした湿気に満たされていた。汗で湿っている足の裏がとにかく不快だった。


 パンッ


 台を蹴った。


 ✳︎✳︎


 後頭部の鈍い痛みと共に思い出したのは、幼馴染でも佐藤の顔でもなく、幼い少女のあどけない笑顔だった。誰かは思い出せない。


「……」


 気付けば俺は床の上に無様に仰向けになっていた。

 顔のすぐ横には千切れたロープの輪っかと、小さな木の台が転がっている。


「死に損なった……」


 過去の栄光にすらすがれない俺は、未来を閉ざすことも許されないのか。俺以上に生きていた方が良い人間なんて山のようにいるのに。

 俺が死んでも悲しむ人はいないし、どうなったっていいだろ。なんで最期くらい思い通りにさせてくれないんだよ。

 そんな泣き言交じりの愚痴が頭に浮かんだ。


 俺は青春の六年間を失い、更にまた四年間を失おうとしている。何がゴールで、何をしたら満たされるのか分からないまま、ただ心の裡にあるのはどうしようもない喪失感だけだった。


「だれか……助けてくれよ……」


 こめかみに温かい涙が伝って、それがやはり少し不快だった。



 **


「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」

「は?1名だよ、そうに決まってる」

「……失礼しました、お席にご案内します」


 大学に入ってから始めたアルバイトは、俺の心をポッキリと折るのに適していた。

 常に忙しい厨房とホール、横柄な客に、細かく面倒な要求をする家族連れ。

 そして高圧的な店長。全てがストレスだった。

 先輩は比較的優しかったが、どこが打算が見え隠れしていた。恐らく打算的にならなければ生きていけないからだ。


「東堂くん、悪いけどちょっと残ってくれない?この後新人の子と私しかいなくて…」

「あーえっと、何時ぐらいまでですか」

「あと1時間くらい!23時になれば落ち着くと思うから!」

「…わかりました」


 その日は結局、先輩は締め作業にかかりきりで事務所に引っ込んでしまい、俺と新人の女の子で24時まで店を回したのだった。


「ごめんね〜、ちょっと手間取っちゃった!」

「あ…大塚センパイ」


 あからさまにホッとする新人の子に、俺は悲しくなった。

 やはり俺と先輩では信頼感が違うのだろう。この2時間、俺が彼女のできないことをフォローし続けたのだとしても。


「あ、東堂くんありがと〜、もう上がっちゃっていいよ!」

「お疲れ様です。あ、わたしバッシング行ってきます!」


「…………お疲れ様でした」


 結局、助け合いだなんだと言ったって。

 常に搾取する側とされる側がいるじゃないか。

 大塚先輩は今年卒業の4年生で、今度彼氏と一緒に卒業旅行に出かけるらしい。


 どうして全部持っているのに、俺から自由とか尊厳とかそういったものまで奪うんだろう。

 どうして新人の子は、俺に一言もありがとうとも言わないんだろうか。


 この考えは傲慢だろうか?確かに新人をフォローするのは当たり前だが、なら果たして、俺の頑張りはどこにあるのだろうか。

 そもそも俺が今まで頑張ってきたということを誰かが見ていてくれるのだろうか。


 ファミレスの制服を着替えながら、体が徐々に脱力していくのを感じた。答えのない問いを繰り返して、心が擦り切れていく。そんな感覚がいつもあった。気付けば脱いだはずの制服を強く握りしめていた。


「帰ろう…」


 ロッカールームから出ると、厨房で料理を作っているバイトの男と目が合った。

 名前は確か……池田だったか。


「…お疲れ様です、お先に失礼します」

「……お疲れ」


 曖昧に会釈を返すと、池田は洗い場の方へと行ってしまった。

 俺に対しては無口だから、コミュニケーションが苦手なタイプなのかと思っていたが、大塚先輩や新人の子と話す時は饒舌だ。人によって態度を変える池田のことが、俺は嫌いだった。

 だがそれが上手い生き方なのかもしれない。公正や平等なんて価値観は幻想だ。



 因果応報、という言葉がある。これは、悪い行いの報いには悪いことが、良い行いの見返りには良いことが起こるということを示した言葉だ。

 つまり、行いにはそれ相応の対価が支払われるということ。

 だが現実は……そうだろうか?

 俺のこれまでの行いには、確かに好ましくない傲慢な側面があったと思う。だがこれまでの俺の行いの悪さと、現状俺が置かれている状況は比例しているか。等価か。


 いつもそんな風に自分の人生を考えてしまう。考え続けて俺が出した答えは、「人生は不平等極まりないクソ」ということだ。


 バイトの帰り道は暗く、暗澹とした気持ちを更に増長させるようだった。舗装された道路の上に自転車を走らせる。普段なら風を切る感触が心地よいのだが、今日は湿気の多い空気が頬にあたり、むしろ気持ちが悪い。


「みんな死ねばいいのに」


 そんな言葉がひとりでにこぼれた。


 ……幼稚な自分に嫌気が差した。


 **


 結局死ねないまま、半年が過ぎた。

 大学1年生の夏が来た。

 新型ウイルスの流行はなりを潜め、連日感染者数を報道していたメディアも今はこの夏の異常気象について報じている。


 俺は相変わらず無気力で怠惰な生活を送っていた。

 食欲と睡眠欲を満たすのみの生活だ。


「……あれ」


 昼ごはんを食べようと開けた、台所下のキャビネットは空っぽだった。

 もうカップ麺のストックがなくなっていたらしい。

 仕方がないので道を挟んで向かい側にあるコンビニに向かう。

 アスファルトが太陽の熱を吸収し、外気は茹だるような暑さで満ちていた。

 止まらない汗を拭いながら、コンビニに入った。


「らっしゃーせー」


 やる気のない店員の挨拶、まばらな客。経営は心配になるが、俺にとってはありがたい店だ。


 店内は冷房が効いていて、体から汗がひいていくのが分かった。むしろ残った汗で体が冷えて寒いくらいだ。


 カゴを取り、すぐさま店内を物色する。

 お目当てのカップ麺はすぐに見つかった。安く、量が多いものを選んでカゴに入れる。数日分を買い溜めるため、カゴにいくつか商品を詰めていると、入口の方から生ぬるい空気が入ってくるのを感じた。


 他の客が来店したようだ。

(混む前に退散しよう……)


 そう思い、立ち上がりかけたところで聞き覚えのある声を耳にして俺は硬直した。


「すご!年パス持ってるんですか?」

「そー、マジ好きなんだよね、ランド」


 ……バイト先の池田と新人の女の子だ。そういえば最近は一緒のシフトに入ったり、一緒に帰ったりと仲良さげだったことを思い出す。

 大方、付き合う直前……まぁ、俺には関係のないことだ。

 だがここで鉢合わせるのは面倒だ。二人が商品棚の陰に隠れて見えなくなった隙に、レジに向かい、カゴを置いた。

「ありがとーございまーす」

 間延びしたセリフとは裏腹に、店員はキビキビと商品をレジに通していく。この分なら二人がレジに来る前にコンビニから出ていくことができるだろう。


 会計が終わるのを待っていると、池田達の会話が自然と聞こえてきた。


「えー行きたいです!でもわたし日曜日シフト入れちゃってるんですよ〜」

「そんなん、あの根暗くんに頼めば?笑」

「池田さん酷くないですか?笑

 でも確かに東堂さんなら代わってくれるかも!予定なさそうだし笑」

「そっちこそひどくねぇ?笑笑」


 ちょっと経って、俺のポケットの中のスマホが鈍く鳴った。


「……」

「お会計2466円でーす」

「すみません、これで」


 あらかじめピッタリ準備していたお金を置くと、俺は商品の入った袋を持ってコンビニを飛び出した。

 脇目も振らず、一目散に家に帰った。


 自分がひどく惨めで、滑稽に思えた。


 新人の女の子から来たメッセージには、

『お疲れ様です!すみません、日曜日17〜21代わりに入れたりしませんか、、、?熱出ちゃって、、、』

 と、あった。


 普段だったら、代わってあげていたかもしれない。だが俺はこれが嘘であることをもう知っていた。


「……ウソつき」


 涙がまた、ポタポタとスマホの画面に水滴として落ちた。

 別に異性として見ていたわけでも、友達と思っていたわけでもない。

 ただ、バイトの同僚としてはそれなりの関係を築いてきたと思っていた。だが今回のことで、これまで彼女をフォローしてきたこととか、これまでの関係性全て、踏み躙られたような気がした。

 …結局俺は大学の用事があることにして、お願いを断った。


 嘘をついた自分がなおさら惨めに思えてならなかった。



方向を修正したため、再掲です。

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