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第三王子は多忙なフォロワーに休んでほしい

作者: 今紺 軌常

この世界には“魔法”というものが存在する。


 魔法には「火」「風」「水」「土」の四属性と「エーテル」という特別な属性が存在する。生まれ持った魔力量や適性によって程度の差はあれ誰しもが使える四属性に対して、エーテルは神によって選ばれし特別な人間にだけ与えられる特別な属性の魔法だ。

 そんな向き不向きはあれ、誰しもが使える風魔法の中に「伝達魔法」というものがある。遠くにいる人に言葉を伝える魔法だ。家にいながら仕事に出ている家族に「帰りに卵を買ってきて」と伝えることから、王が全国民に対して「余が即位した」と宣誓することまで、日常でも政治でも非常に重宝されている魔法である。

誰もが使う基礎的なこの魔法に革命が起こったのは15年前のこと。今までの伝達魔法は1対1のやり取りにしろ、一人から大勢へ一方的に伝達するにしろ、どのような形式であっても発信者が自身の名前を明確にして指定した相手にのみ言葉を届けるものであった。その常識を変えたのは天才的魔術師シルヴァ・ルベンス。かの魔術師は、独り言のように言葉を発信すると不特定多数の人がそれを見られる場を作った。しかも、その場は本名でも匿名でも利用することができる。この発明によって、王侯貴族や有力な商人は多くの人に対して業務の周知や商品の宣伝を行ったり、個人間では現実世界では知り合えない人物と友好関係を気づくことができたりと、かつての常識では考えられないようなことができた。

この素晴らしい魔法は作成者の名前を取り、シルヴァ式・マジカル・システム、通称SMSとして多くの国で愛されている。


 それはイグニベルタ王国第三王子のフランコ・デ・アンジェリスにおいても例外ではない。

 フランコが自室でSMSを発動すると、彼の目の前の何もなかった空間に手のひら大ほどの半透明な長方形が浮かびあがった。その長方形内にはたくさんの文字が羅列されている。それはフランコが個人的に仲良くしている人たちの発信で形成されたタイムラインであった。多くの人たちの独り言を読み流している中で、とある人物の言葉が目に留まった。


『これから帰宅します、お腹が空きました』


 なんてことはない言葉。だが、時計を見れば既に23時を回っている。フランコはまたか、と眉を下げる。独り言の主は「リリー」、フランコが匿名で使用している園芸用のアカウントのフォロワーであった。


 SMSで面白いのは誰でも気軽に匿名で利用できるから、とある分野で一家言ある人物も王族もただの平民も皆が平等であることだとフランコは考えている。

 第三王子であるフランコの王位継承権はさほど高くない。第一王子は文武両道でカリスマ性があり、王太子として申し分ない人物である。第二王子は社交性が高く、兄を支えられるようにと外交に力を入れている。2人ともフランコのことを大切な弟として愛してくれているので、フランコは王になれないことに不満を覚えたことはない。自身も兄たちを支え、国を発展させられるようにと、得意の魔法を極めようとしている。その1つが農地改革のための土魔法だ。イグニベルタ王国は乾燥帯が多く、農地に適した土地が少ない。食料自給率が低く、他国に頼らざるを得ない状況を変えたかった。

 そんな思いで始めた研究であったが、それが思いのほか楽しくて、自分でも城内で園芸をするようになった。その様子を他人と共有したくてSMSに一般人を装ってアカウントを作成した。そこではフランコと同じように園芸を趣味としている人や農業を本職としている人と交流をすることができた。色んな人と情報を交換することで趣味の園芸で育てている野菜は立派に育ったし、農地改革に関しても大きなヒントを得られた。そして何より、SMSでは第三王子ではなく、ただの園芸が趣味の人として誰にも特別扱いされない。そんな空気がフランコには心地よくて、大切な場所になっていた。

 リリーはSMS上でフランコが特に仲良くしているフォロワーである。リリーは趣味で花を育てているようで、園芸を始めたての頃のフランコに懇切丁寧にアドバイスをくれた。博識な上に土魔法に堪能で、彼または彼女のアドバイスは趣味の園芸に収まらず農地改革にまで有益なものであった。その上、物腰は柔らかく、いつだって穏やかで謙虚、文字のやり取りだけでも人格者なことが分かる。フランコは会ったこともないリリーのことを大好きな友人のように思っていた。

 であるから、リリーの現状を憂いている。SMSでちょくちょく垣間見える情報からして、リリーは非常に多忙である。SMSで出会った当初から忙しそうではあったのだが、最近では更に状況が悪化して、まだ暗い内に家を出て帰るのは日付が変わるか変わらないかといったところだ。食事が疎かになることも増えたし、人生に悲観するような独り言が漏れていることもある。


『お疲れ様です。美味しいものを食べてよく休んでください』


 フランコは当たり障りのない、けれど心からの言葉をリリーに送る。その言葉にリリーからすぐに返事が来た。


『三男さん、いつもありがとうございます。明日も早いので晩御飯は軽い物ですが……できることなら、ワイバーンのステーキをお腹いっぱい食べたいです』

『ワイバーン美味しいですよね、私も好きです。本当に無理はしないでくださいね、私でよければいつでも力になりますから』


 三男、というのはフランコの使っているHNである。第三王子だから三男という安直なものだったが、本人には繋がらない偽名としては悪くないと思っている。

 ワイバーンのステーキ、という言葉にやはりリリーはスタビテッラ王国に住んでいるんだろうな、と一人で頷いた。どこの国でも害獣として処理されるワイバーンであるが、食用にするのはスタビテッラ王国くらいだ。フランコは外交でかの国に行って食べたことがあり、フランコ自身は美味しくいただいたが、野生みのある味は好みが分かれるだろう。他にもリリーが育てる花に適した気候やリリーが好んで聞いている音楽の系統から、スタビテッラ王国に住んでいるという予想はついていた。たぶん、本人もそこはあまり隠すつもりはないのだ。代わりに、性別や年齢、職業など個人を特定する情報は極めて巧妙に隠されている。そのことから、フランコはなんとなくリリーは園芸という趣味が似つかわしくない貴族で、個人が特定されないように気を遣っているのだろうと考えていた。多忙さを思うと相当尊い身分ではないか、なんて邪推している。ただ、リリーを好ましく思う気持ちと身分は関係がないので、追及したことはない。


『そのお言葉だけで救われます。三男さんもお忙しそうですが、お身体を大切にしてくださいね。おやすみなさい』

『私は本気ですからね! ありがとうございます、おやすみなさい』


 SMSを終了するとベッドへと倒れ込む。

 フランコだって第三王子であるから、もちろん忙しい。大好きな研究だけじゃなくて、国の運営に関する仕事も、国内各地の視察も、諸外国との外交も、国内の社交も、やることは盛り沢山だ。でも、周りには優秀で信頼できる人間がいっぱいいて、なんでもかんでも一人で抱え込まなければいけないわけじゃない。趣味の園芸をする時間だってある。それなのに、リリーは食事や睡眠すらままならない。生き生きと趣味を語る姿が好きだったのに、最近はまともに土いじりもできていないようだった。命を削りながら働く様子が心配で心配で仕方ない。力になる、というのだって本気だ。助けを乞われれば自分の権力を存分に利用してでも助けるつもりなのに。


「まあ、顔も本当の名前も知らない相手に、助けてなんて言えないか」


 右手で顔を覆う。王子なんて言っても大切な人一人救えない無力な自分が腹立たしかった。




「シャルロッテ・シュルツ! 貴様との婚約を破棄する!」


 久々に会った知人たちと和やかに会話を楽しんでいたフランコは、高らかに響き渡る声に口を噤んだ。いつの間にやら会場の中央に佇む数人の男女を取り囲むように人だかりができている。


「土魔法しか使えぬ無能な貴様が聖女たるユリアに嫉妬し、淑女にあるまじき悪行を為したことは既に調べがついている。そのような悪女を妃になどできない。俺は貴様との婚約を破棄し、国母に相応しいユリアと婚約を結び直す」

「お待ちください、オスカー様。悪行など、わたくしは何もしておりません」

「黙れ! 潔く罪を認めることもできないのか!」

「シャルロッテ様、己の罪を認めてください。素直に謝ってくれれば許してあげます」

「ああ、なんと慈悲深いことだ。貴様にはユリアの爪の先ほどの良心も持ち合わせていないのか」


 言い争いの言葉から、騒ぎの中心はこの夜会の主役であるオスカー・フォン・ヴォーゲルであるらしいと察した。自分のような他国の重鎮が多く集まった場でこのような騒動を起こすなど正気だろうか、と他人事ながら頭痛がする。

 フランコは現在、外交のためにスタビテッラ王国に来ていた。イグニベルタ王国と友好関係を結ぶスタビテッラ王国の第一王子、オスカー・フォン・ヴォーゲルの18歳の誕生祭、並びに婚姻の儀が執り行われるとして、イグニベルタ王国の貴人として招かれたためである。本日は誕生祭として各国の要人や国内の貴族を招いての夜会を行い、明日は国民に向けて婚約者であるシャルロッテ・シュルツと正式に婚姻を結ぶと宣誓をする予定であった。

 それがどういうわけか、オスカーは誕生祭の場で明日婚姻を宣誓するはずのシャルロッテに婚約破棄を言い渡している。


「こんな場で、しかも明日婚姻を結ぶはずの令嬢と婚約破棄なんて何を考えているんだ?」

「スタビテッラ王国の第一王子は火魔法の天才と聞いたが、どうやら頭の方はあまりできが良くないらしいな」


 フランコと同じく他国から貴人として招かれた知人たちはオスカーに対して辛辣な態度だ。しかし、辺りを見渡すとスタビテッラ王国の貴族たちは、この婚約破棄を好意的に受け止めているように見える。非常識な行いのはずなのに批判する者はなく、高揚し喜びが隠し切れないという表情をしているのだ。王や王妃、またシャルロッテ・シュルツの父親であるシュルツ公爵がこの騒ぎに口を挟まないのがその証左である。

 どうにも異常な状況に好奇心が刺激されたフランコは知人たちに断りを入れて騒ぎの中心に足を進めた。第一王子の起こした騒動に興味津々の貴族らではあったが、それでも人の波の間を進もうとする人物が他国の王族であることには気づくらしい。自然と道が開かれて、フランコはスムーズに中央近くまでやってくることができた。

 中央にいるのは赤髪で体格の良い美青年、オスカー・フォン・ヴォーゲルと彼の背に守られるようにして立つ華奢な金髪の美少女、2人の周囲には美少女を愛おしそうに見つめる数人の青年がいる。立ち位置的に、この美少女が話に出ていたユリアで、周囲の青年らはオスカーの側近だろうか。そして、彼らと対峙するように一人の女性が立っている。深緑のドレスを身にまとった長身の彼女は、柔らかそうなブルネットを結い上げ、温和な顔立ちをしていた。よく言えば優しそうな、悪く言えばあまり印象に残らない顔をしている。しかし、窮地に追い込まれている状況であっても、俯くことなく凛と立つシャルロッテの姿にフランコは目を奪われた。


「本当に身に覚えがございません。悪行とは何を指しているのでしょう」

「なんと白々しい。貴様はユリアに対して様々な嫌がらせを繰り返していただろう。学園では取り巻きたちと共にユリアに暴言を吐き、私物を壊し、茶会やサロンなど淑女の交流の場にも入れないように徹底的に排斥しただろう! あまつさえ、直接暴力を振るったこともあったと聞いている!」

「そのようなことはできません。わたくしは、多忙故にしばらく学園へ赴くこともできずにおりました」

「多忙だと? 苦しい言い訳だな。第一王子である俺が学園へ通えるんだぞ? いくら俺の婚約者とはいえ、そんなに忙しいはずないだろう」

「それは、その……オスカー様の業務まで、わたくしが処理しておりましたので……」

「なんだと!? 貴様は、俺の執務まで自分でやっていたと言いたいのか!? 貴様のような無能に俺の代わりが務まるわけがないだろう! 馬鹿も休み休み言え!」

「ですが! 本当、なのです」


 オスカーの言葉にシャルロッテは悔しそうに唇を噛む。そんな感情を露わにした顔を他人に見られることを厭うたのか、扇子を広げて顔を覆い隠した。濃紺の扇子には真っ白な百合が描かれている。その扇子を持つ指は令嬢にしては珍しいくらい爪が短く整えられ、よく見ると肉刺もあった。まるで、畑仕事をしている農民のようだ。

 そこで、フランコの頭にふと過るものがあった。兄を見ていれば分かるが、王太子というものは非常にたくさんの執務がある。もしも、妃教育と共にその執務をこなそうと思えば時間がいくらあっても足りないだろう。それこそ、朝から晩まで働き通しになること間違いなしである。そして、先程オスカーはシャルロッテに対して『土魔法しか使えぬ』と言っていた。


「リリーさん?」


 もしかして、という、自分への問いかけにも等しいものだった。だが、フランコが零した声は思っていたよりも響いたようで、オスカーもシャルロッテも思わずと言った様子で口を閉じた。そして、フランコへと振り返ったシャルロッテは、驚いたようにアンバーの瞳を見開いていた。


「どうして、その名前を」


 それは本人であるという自白に等しい。大好きなフォロワーであるリリー本人が目の前にいる。その奇跡に興奮したフランコの頭からは先程までの婚約破棄は吹き飛んでしまっていた。


「本当にリリーさんですか!? スタビテッラ王国の人だとは思ってたけど、本当に会えるなんて……すごく嬉しいです」

「え、え? イグニベルタ王国のフランコ殿下であられると存じます。どうして、私のHNを……?」

「ああ、そうですよね、急に言われても分かりませんよね。私は三男です、いつもお世話になっています」

「さ、三男さん!? あ、第三王子……いや、ええ!? ほ、本当に……?」


 急にHNを呼ばれ、その上他国の第三王子がフォロワーであると名乗り出てきた状況で、シャルロッテも婚約破棄に割く余裕がなくなってしまった。オスカーたちに完全に背を向けているシャルロッテにフランコは近づき、満面の笑みを向けた。銀髪碧眼の鋭さを感じさせるほどの美貌が、シャルロッテを前にするとゆるりと花が綻ぶように甘やかに溶ける。


「本当です! わあ、嬉しいな、いつかリリーさんと直接会って話がしたいって思ってたんです。いつも的確なアドバイスありがとうございます、おかげで王宮に作った家庭菜園が上手くいってます」

「そんな、わたくしは関係ありません、三男さん……ではなくて、フランコ殿下のお力ですわ」

「いやいやいや、リリーさんのおかげです。作った野菜は家族で食べたり、家臣に下げ渡したりしていますが、リリーさんからアドバイスを貰ってから、各段に味が良くなったって評判なんですよ」

「イグニベルタ王国の王族の方々が食べてらっしゃるんです、か……わたくしなどがアドバイスしても良かったんでしょうか……」

「とても助かりましたよ! あと、それだけじゃないんです。リリーさんが乾燥の酷い土地でも育つ作物を教えてくれたおかげで、国の農業にも改善があったんです。本当にありがとうございます。ずっと直接お礼が言えたらって思ってました」

「三男さんがイグニベルタ王国にお住まいではないかと思ったので乾燥にも強い作物は紹介しましたが、それを実際に生かしたのはフランコ殿下です。わたくしはお礼を頂けるほどのことなどなにもしていませんわ」

「ははっ、その控えめな感じ、僕の知ってるリリーさんって感じだ」


 信じられないというように遠い目をしているシャルロッテをフランコは朗らかに笑い飛ばす。シャルロッテには未だ僅かな緊張は見られるが、フランコが口を挟む前までよりはよほど肩から力が抜けている。


「おい、さっきから何を訳の分からない話をしているんだ!」


 しかし、突然のフランコの乱入に黙りこくっていたオスカーは、楽しげに話をするシャルロッテが気に食わなかったのか怒りを露わにしながら会話に加わってきた。すっかり忘れ切っていた婚約破棄の当事者たちを見やれば、オスカーは肩を怒らせ、その背後で先ほどまでのしおらしい態度が嘘のようにキラキラとした瞳をしたユリアがいた。


「第三王子ごときが俺の仕切る断罪の場を邪魔するなど覚悟はできて」

「わあ! 貴方も王子様なんですか? あたし、ユリア・ミュラーです、この王国で聖女をしています、よろしくね」

「ゆ、ユリア?」


 オスカーの言葉を遮ったユリアはにっこりと笑いながらフランコに近づき、握手を望むように手を差し出してきた。礼儀など何もないその仕草は他国の王族に『第三王子ごとき』などと暴言を吐いたオスカーが霞むほどの無礼である。


「ユリアさん! この方はイグニベルタ王国の第三王子のフランコ・デ・アンジェリス殿下です、平民の貴女が気軽に話しかけて良い方では」

「またですか!? シャルロッテ様、いつもあたしのことを平民平民って蔑んで、そうやって差別して酷いです!」

「差別ではなくて」

「まあまあリリーさん、落ち着いて。大丈夫です、大体の事情は分かりました。心配しなくてもこの件でイグニベルタ王国が正式にスタビテッラ王国へ抗議するつもりはありません。お祝いの場です、多少の無礼は目を瞑りましょう」

「フランコ殿下……寛大なお心遣い、心より御礼申し上げます」

「気にしないでください、私とリリーさんの仲じゃないですか」

「あの! さっきからなんでシャルロッテ様のことをリリーさんって呼んでるんですか? しかも、なんか親しげだしぃ」


 フランコが目を瞑る、と宣言したからシャルロッテはユリアへの注意はやめたが、それにしたってその態度はあまりにも酷すぎる。貴族であっても他国の王子に初対面でここまで馴れ馴れしく話しかければ懲罰ものだし、国際問題だ。平民であればこの場で切り捨てられても文句は言えない。それを心配してシャルロッテは注意したというのに、当のユリアには一切伝わっていないらしい。

 なるほど、とフランコは頷く。このような非常識な人間に婚約者が骨抜きになっていれば、シャルロッテがどれほどの苦労を強いられたかは想像に易い。


「そんなことより、聖女って君は何ができるんだい?」

「うふ、気になっちゃいますか? あたし、エーテル魔法が使えるんです! だから教会から聖女として迎え入れられたんです」

「うん? だから、そのエーテル魔法で何ができるの?」

「え?」

「エーテル魔法って火・風・水・土の基本的な四属性と違って、与えられた人によってできることが随分違うじゃないか。過去には瀕死の人間すら無傷に治せる治癒魔法の使い手や現在過去未来全てを見通せる千里眼を持つ者がいた。聖女と言われるくらいだから、君も素晴らしい魔法が使えるのだろう?」

「え……え? エーテル魔法が与えられるってだけで、すごいんじゃないの?」

「エーテル魔法はほんの一握りの人間しか神から与えられない。でも、魔力が少なければ大した魔法も使えないし、全然すごくはないよ。もしかして、君はエーテル魔法を持っているだけで何もできないのかい?」

「何もできなくない! あたしはエーテル魔法を持ってるの! エーテル魔法を持ってるからって、教会に聖女として選ばれたんだもん!」

「なるほどね。エーテル魔法を持っているだけの無知な平民の女の子を聖女として祀り上げたのか。酷いことをするものだね、君の国は」


 フランコは子どもが癇癪を起こすように地団駄を踏むユリアからオスカーに視線を移す。意気揚々と自分から離れていったユリアにショックを受けて固まっていたオスカーだが、フランコと目が合って我に返ったようだ。ずんずんと近づきユリアを引き寄せて抱きしめると、自分より小柄で線の細いフランコを睨みつける。


「どういう意図か知らんが聖女たるユリアを愚弄するなら、この俺が容赦しないぞ!」

「オスカー様ぁ、あたし聖女ですよね!? すごいし、オスカー様のお嫁さんにしてくれるんでしょう?」

「ああ、その通りだ。ユリアは神に愛された聖女だし、誰よりも俺の妃に相応しい」


 フランコに目移りしていたことなどなかったようにユリアはオスカーにすり寄って甘える。オスカーもそのことをおかしいとも思っていないようだ。あまりの茶番っぷりにフランコは白けた顔をしてしまう。


「ええ? もしかして、無知なのは彼女だけじゃなくて、この国全体なの? リリーさんも彼女が本気で聖女だって思っているんですか?」

「いえ、多少魔法に造詣が深い方ならユリアさんが聖女というのはおかしいと思っているはずです。ですが、多くの平民はそのようなことは知りませんし、平民を聖女として受け入れた教会は平民からの支持が上がっています。それゆえ、王族も貴族も黙っているのです」

「人気稼ぎに利用してる、と。オスカー殿下は? 王太子としての地位を盤石にしようと聖女人気に乗っかってるんですか?」

「本気で、ユリアさんが聖女に相応しいと思っていらっしゃるようです」

「はは、そうですか。……オスカー殿下、他国の人間が口を出すべきではないでしょうが、貴方は王には向かない方のようですね」

「な! なんだと、貴様ァ!!」


 フランコが真っ直ぐに見据えて言えばオスカーは顔を真っ赤にした。そして、腕の中にいたユリアを突き飛ばすと数歩下がって両手をフランコとシャルロッテに向ける。


「貴様らなど生きている価値もない! 焼け死ぬがいい!」


 オスカーがそう言った瞬間、フランコとシャルロッテは真っ赤な炎の球体に包まれた。会場中から悲鳴が上がる。突き飛ばされ尻もちをついていたユリアは驚いたように悲鳴をあげ這うように炎から離れた。オスカーのこの暴挙には王と王妃もさすがに焦ったようにオスカーを止めようとする。まだ罪が確定していない令嬢だけでも不味いのに、他国の王族を殺してしまえば戦争が起こってもおかしくない。

 だが、皆がオスカーを止めるより先に、パチンッという軽やかな音と共に炎の球体は消し飛んだ。会場をぶわりと風が通り、そのあとをひらひらと花びらが舞い落ちていった。炎の球体があった場所には守るようにシャルロッテを抱き寄せるフランコがいた。2人とも肌にも服にも傷の1つも見当たらない。2人の頭上からは色とりどりの花びらが降り注ぎ、場違いなほどにロマンチックな光景を作り出していた。フランコは抱きしめていた腕を解くとシャルロッテの顔を覗き込んだ。


「お怪我は?」

「ま、全く」

「それは良かった」

「フランコ殿下のおかげです。本当に、ありがとうございます」


 至近距離でフランコに微笑まれたシャルロッテは頬を赤く染めて俯いた。凛と立つ姿を美しいと思ったが、無垢な少女のように照れる様は非常に愛らしい。フランコの胸が甘やかな温かさで満たされていく。アンバーの瞳に自分を映してほしい、とシャルロッテの顎をすくい上げようとしたフランコの動きを遮るようにオスカーが叫んだ。


「俺の全力の火魔法を一瞬で消し去ったというのか!?」

「あれ全力だったんですか? なんだ、オスカー殿下が火魔法の天才というのはあくまで噂に過ぎなかったんですね。風魔法で簡単に吹っ飛んだし、余力がありすぎて土魔法で花びらまで出しちゃいましたよ」

「な、なんなんだ、貴様は。俺は、俺は天才だ! 馬鹿にするな!」

「なんなんだ、は私の台詞ですがね。多少の無礼はまだしも、さすがにこれは見過ごせませんよ」


 会場を見渡せば皆一様に真っ青な顔をしている。状況が分かっていないのは依然フランコに怒りを向けるオスカーと、自分を突き飛ばして火魔法を使ったオスカーを睨みつけているユリアくらいのものだろう。

 はあ、とフランコが大きくため息をつくとシャルロッテは顔を上げ、不安そうな瞳を向けてきた。フランコだって自分が原因で開戦なんて冗談じゃない。ここにいる腐った王族や貴族が死ぬのは構わない。けれど、戦争となればより大きな被害を受けるのは無辜の民たちだ。自国にだって被害は出るだろう。戦争を望んでいないのはシャルロッテも同じようだ。それならば、とフランコは右手を顔の横に掲げた。


「オスカー殿下に始末をつけてもらいましょうか」

「……は?」


 フランコがパチン、と指を鳴らし人差し指を天井に向ける。すると指先から青白い炎が立ち上り、あっという間に大きな竜の姿を形作った。ちりちりと空気を焼く熱さが先ほどオスカーが出した炎の球体よりもずっと高温であることを伝えてくる。圧倒的な力の差にオスカーは力が抜けたようにその場にへたり込んだ。呆然とオスカーが見上げる中、炎の竜は高く舞い上がった。遥か頭上のシャンデリアに当たる寸前に急に角度を変え、真っ逆さまに滑空してくる。その先にいるのはオスカーだ。オスカーを食らうように竜は大きく口を開いた。


「や、やめ、たすけ……う、あああああああ!!!」


 絶叫するオスカーを食らう寸前、竜は空気に溶けるようにパッと姿を消した。息を止め成り行きを見守っていた人たちの視線の先に残されたのは、白目を剥いて泡を吹き意識を失った無傷のオスカーだった。


「お互いちょっと度の過ぎた火魔法のパフォーマンスになってしまいましたね」


 暗に両成敗ということで矛を収めてやろう、というフランコの言葉に王は無言で頷くことしかできなかった。

 その結果に満足して、さて、とシャルロッテに向き直ろうとしたフランコの腕を誰かが掴もうとした。王位継承権争いがない平和なイグニベルタ王国とはいえ第三王子である。そう簡単に相手に触れさせるわけもなくその手を躱せば、不満げな顔をしたユリアがいた。


「あたしにまで怪我をさせそうになったオスカー様にはがっかりしました。だから、フランコ様と結婚してあげます」

「……君のことを理解した気になっていたが、そんなことはなかったようだ。どうして私と結婚できると思うんだ」

「あたしは優しいから聖女じゃないなんて言ったフランコ様の言葉を許してあげられるからです」

「ああ……そう、あくまでも君が選ぶ立場ってことね」

「当たり前でしょう、だってあたしは神に愛された聖女だもの」

「ゆ、ユリア・リュラー! その口を閉じよ!」

「スタビテッラ国王、構いませんよ。今更不敬な言葉が1つ2つ増えたところで私からの貴国への印象は変わりません。変わらない、というより、下がりようがないというのが正確かもしれませんね」


 フランコがユリアや王、周囲の貴族たちに向ける瞳は真冬の湖よりも冷たい。その視線を真正面から受けてしまったものは凍り付いたように動けなくなる。ひりつくほどに怜悧なその顔を、フランコの背後にいるシャルロッテだけが見ていなかった。


「君のことを憐れだと思わないこともないよ、ユリア・ミュラー。奇跡を起こせず、本来なら聖女と呼ばれることもないのだと誰も教えてくれなかったんだから。だが、真実を知ろうとすることも、エーテル魔法を磨こうとすることもなかったのは君自身の判断だ。何より、婚約者がいる相手に近づいて関係を持ち、あまつさえその婚約者を嘘の証言で陥れようとしただろう。魔法の不出来さ以上にその精神性が聖女に相応しくない」

「ち、ちが、そんなこと……」

「そして、教会と王侯貴族は更に唾棄すべき存在だ。教会は無知な少女を聖女として祀り上げるだけでなく、王族に近づけて篭絡し権力を強めようとした。違いますか? オスカー殿下もまんまと手玉に取られたものですね。祀り上げるハリボテの選び方は良かったようだ。

それに乗って民草からの支持を集めようとしただけでも醜悪だというのに、王族はただの婚約者に過ぎないシャルロッテ嬢をオスカー殿下の代わりに働かせることを選んだ。そのことにシュルツ公爵も反対しなかったのですね。それなのに、オスカー殿下が婚約破棄をすると言えばそれまで尽力してくれたシャルロッテ嬢を簡単に見捨てる。スタビテッラ国王、シャルロッテ嬢よりも聖女のユリア・ミュラーを王太子妃に選べば求心力が上がると思ったのですか? シュルツ公爵、平民のユリア・ミュラーを後継人とするなんて買収されましたか?」


 会場にいた枢機卿、国王、シュルツ公爵は目を伏せた。証拠などを調べたわけでもない、今見聞きしたことから推測しただけの言葉だったが正しかったらしい。いつもとは違い、自分を崇めたてるような視線が全くないことに、ユリアもフランコの言葉が正しいとじわじわと実感し始めているのだろう。呆けたように言葉を失っている。


「こんなことなら、マナーだとかリテラシーだとかで遠慮せずに、もっと早くリリーさんを探せば良かった」


 ぽつり、とフランコが零した言葉は近くにいたシャルロッテにしか聞こえなかっただろう。くるりとシャルロッテに向き直ったフランコの顔は、酷く真剣で、けれど先ほどまでの冷たさはなくシャルロッテを気遣う温かさに満ちた瞳をしていた。


「リリーさん、いえ、シャルロッテ嬢。私と一緒にイグニベルタへ来てくれませんか?」

「……え?」

「SMSで楽しく園芸をしている様子が好きでした。でも、最近はそんなこともできないくらい多忙だったでしょう? 今後、この国に残っても貴女が好きなように生きられると私には思えません。イグニベルタであれば私が手を貸すことができます。言ったでしょう? いつでも力になるって」

「あの言葉、本気だったんですか……?」

「ええ、いつだって貴女に向ける言葉は本気です。私に迷惑をかけるなんて遠慮はしないでくださいね。SMSでのアドバイスだけでも貴女が土魔法に非常に精通していることは分かります。我が国としても、それほどの方が来てくださるのは大変ありがたい」

「そんな、過大評価しすぎです」

「いいえ、これは正当な評価です。国王や公爵は貴女を見捨てようとしましたが、とんでもない。貴女ほどの方が王妃になればこの国の発展は確実なものになるでしょう」


 オスカーは土魔法しか使えない無能、と評したがそれは誤りだとフランコには断言できる。彼女がSMSに載せる花はどれも非常に見事なもので、フランコが貰ったアドバイスの中には今までにない発想の畑を豊かにする土魔法だってあった。シャルロッテ自身は気づいていないようだが、彼女が本気で農地改革を推し進めようとすれば、国の食料自給率が跳ね上がること間違いなしである。

 だが、フランコがシャルロッテを自国に引き入れたい理由はそんな政治的なものではない。

 未だ国を出ようか思い悩むシャルロッテの前にフランコは膝を突いた。そして、彼女の手をとり、甲にそっと唇を落とす。


「そして、できるならば、私の妻となってほしい」

「つ、つま!?」

「SMSで交流するリリーさんのことを非常に好ましく思っていました。会ったこともないのに、かけがえのない友のように感じていたんです。そして、今日初めてシャルロッテ嬢に会って、貴族としての責任を背負い、凛と立つ姿に一目惚れしました。まずは貴女の婚約者候補からで構いません、私を選択肢に入れてくれませんか?」


 真っ赤になったシャルロッテがぱくぱくと口を開いては閉じて、を繰り返す。貴族然とした姿を崩せたことが嬉しくて仕方ない。しばしうろうろと視線をさ迷わせたシャルロッテは、繋いだままのフランコの手を強く握り返すとこくりと頷いた。


「不束者ですが、婚約者候補から、お願いします」

「本当ですか!? やったー! そうと決まれば善は急げですね。あ、国を出る前に、挨拶したい人はいますか? 行きたい場所は?」

「い、いえ、挨拶したい人も、行きたい場所も特に。ただ、母の形見だけでも持って行きたいです」

「御母堂の形見だけとは言わず、シャルロッテ嬢の物は全てイグニベルタへ持っていきましょう。でも、今から全部持っていくのは厳しいですね。まずは常に手元に置いておきたい大切な物だけでも持っていきましょう。後日、部下にシャルロッテ嬢の私物は全てイグニベルタに持ってこさせます」

「そんな、そこまでしていただかなくても」

「いえいえ、私が無理に連れ出してしまうのですからこれくらい当然ですよ。じゃあ、シュルツ公爵家に寄ってすぐにイグニベルタへ行きましょう!」


 シャルロッテをエスコートし、意気揚々と会場を後にするフランコを止められる者は誰一人として存在しなかった。

 こうして、フランコは大切なフォロワーを救出し、愛する人を見つけることができたのだ。




 そんな夜会から1年が経った。フランコの懸命なアプローチと、シャルロッテを歓迎するイグニベルタ王国の温かな空気によって、シャルロッテは正式にフランコの婚約者になっていた。

 今日もフランコは仕事の合間にシャルロッテを膝に座らせ、片手で彼女の髪を撫で、もう片手でSMSを開いている。


「あの、わたくしが殿下の膝に座る必要はありますか?」

「疲れたんだよ、ロッティに癒してほしい」

「殿下がお疲れなのはわかります! でもわたくしが膝に乗っていたら重いし、SMSが見にくいでしょう?」

「まさか! 百合の花びらのように軽いし、全然邪魔じゃないよ。ああ、そうかSMSなんて見ててごめんね、ロッティのことだけを見るよ」

「ちがッ! SMSに嫉妬したわけでは!?」


 フランコはSMSで使っていたリリーでも、他人行儀なシャルロッテ嬢でもなく、ロッティと愛着を込めてシャルロッテのことを呼ぶようになっていた。SMSを閉じると、未だにフランコの一挙手一投足ですぐに照れて真っ赤になるシャルロッテを両手で抱きしめる。おずおずと遠慮がちにシャルロッテは背後のフランコにもたれかかるように体重をかけてきた。シャルロッテからも積極的に触れてきてほしいと思う反面、この初々しさをもっと楽しんでいたいとも思う。贅沢な悩みだなぁ、とフランコは口角を上げた。


「そうだ、休憩中に仕事の話で悪いんだけど、ロッティが提案した乾燥帯で地下水路を利用した農業を本格的に行うことになった。それで、水路を整地するのにロッティにも土魔法で手伝ってほしいんだ」

「ええ、もちろんです。わたくし、魔力だけは豊富ですから、役に立てるのなら嬉しいです」

「魔力量だけじゃないよ。君の知識にだって救われているし、君が土魔法で作った新しい肥料の評判も上々だよ。本当に君はすごい」

「ありがとうございます、フランコ殿下」


 シャルロッテの謙虚さは美徳だが、自己評価の低さは良くない。ゆっくりでいいから認識を改められるようにと、フランコは惜しみない言葉をシャルロッテに贈る。最初はそんなフランコの言葉を世辞としか思ってくれなかったシャルロッテだが、最近は少しずつ賞賛を受け取ってくれるようになった。そのことがフランコは何よりも嬉しい。


「スタビテッラ王国も後悔しているだろうなぁ、こんな宝を手放しちゃってさ」

「わたくしがいなくてもスタビテッラ王国は大丈夫ですよ」

「あの無能な王が退位して王弟が即位したんだっけ。まあ、君の元婚約者が王になるよりはずっとマシな国にはなりそうだ」

「殿下、お口が悪いですよ。でも、確かに現国王陛下は聡明な方でしたから、きっとより良い国作りをしてくれますわ」

「聡明な人なら、なおさらロッティを手放したことを後悔しているよ」


 万一にも『シャルロッテ嬢を返せ』なんて言われないようにしないとな、と策略を巡らせる。フランコの両親も兄たちも、そして貴族や平民に至るまで、農地改革を行っているシャルロッテに感謝し深い親愛を向けている。シャルロッテを守る策ならば誰もが力になってくれるだろう。


「オスカー殿下が幽閉となってしまったのは仕方ないにしても、ユリアさんは災難なことでしたわ」

「聖女じゃないと分かってからの手のひら返しはすごかったね。誹謗中傷、果てはSMSでの彼女の愚痴アカウントを特定して大炎上。ロッティを嵌めようとしたり、匿名だからってSMSで色んなひとへの悪口を言ったりしていたから自業自得ではあるけど、だからと言って関係のない第三者があそこまで群がって叩く様は人間の汚さを感じたよ」

「今は安らかに過ごされていると良いのですが」

「自分を嵌めようとした相手にまで慈悲を向けられるロッティにこそ、聖女の名が相応しいと思うよ」

「ユリアさんが行ったことは良くないものでしたが、誰も彼女に教えてあげませんでしたからね。それに、そのおかげで、フランコ殿下とも出会えましたから」


 耳を赤く染めるシャルロッテが愛おしくて、胸が締め付けられる。抱きしめる両手に力を込めた。

 聖女と言われていた少女になんの力もないと知れ、教会の権威は地に落ちた。そして、後ろ盾をなくしたユリアは今までの振る舞いからSMSでの言動まで、全てを並べられ糾弾された。自身が特別ではなかったと自覚せざるを得なくなった少女は逃げるように辺境の修道院へ身を寄せた。その後の彼女がどうなったか分からないし、フランコには興味もないが、シャルロッテの可愛らしい姿を見て、元気でいればいいな、と少しだけ思った。


「それから、殿下。わたくしの実家はまだご迷惑をおかけしているのでしょうか?」

「まだ連絡は来ているけど、迷惑ってほどじゃないよ。ロッティはシュルツ公爵と話がしたい?」

「いいえ。父にとってわたくしは駒でしかありませんでした。わたくしにとっても、家族は亡くなった母だけです。今更話すことなど何もありません」

「そう、ならシュルツ公爵のことは気にしないで。絶対に君を手放したりしないから」


 シャルロッテをイグニベルタ王国へ連れて来た当初から、シャルロッテの父、シュルツ公爵からは『娘を返せ、返せないなら連れ去った対価を払え』という要求がなされていた。シャルロッテがイグニベルタ王国で功績を上げる度にその要求は激しくなっている。しかし、シュルツ公爵は婚約破棄の騒ぎでシャルロッテを見捨てたこと、それまでも娘を酷使していたことで周りからの評価は冷ややかなものになっている。新たな国王からも見切られており、この先は没落する一方だろう。既に大した力のないシュルツ公爵のことを、イグニベルタ王国としては無視を決め込んでいる。


「ありがとうございます、フランコ殿下。わたくし、殿下に出会えて幸せです。ずっと、ずっとお傍においてくださいませ」

「もちろん、これから先、死がふたりを分かつまで共にいてくれ」


 シャルロッテがフランコの腕の中で体勢を変えて向かい合う。2人きりの執務室で誓い合うように静かに口づけを交わした。


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