ではなぜ、彼は追放されたのか?
適当に思いついた話。
「そんな!おかしいですよ団長!」
夕暮れの町外れの酒場から大きな声が響いた。
「…悪い。」
常連達は驚くこともなくそのまま酒を静かに飲み続ける。
魔王は15年前に討伐され、そのまま冒険者稼業はバブルが崩壊した。魔物も減って不況が続く中、解散届を出すギルドも少なくない。こんな町外れのしみったれた酒場なんかで飲んでいるギルドなんてのは大概貧乏ギルドだ。そして、大抵こういう場所で追放が行われる。珍しくもないよくある光景なのだ。
「団に入って一年半…、一生懸命頑張ってきたのに…!どうして僕がクビになるんですか!」
団員は10名ほどか、中小のギルドだろう。魔物が減った影響で大抵の仕事は大手のギルドに取られていく中、こういったギルドはとても懐事情が厳しい。追放に異を唱えているのは小柄な男、格好や体格を見るに魔術師だろうか?
「お前の実力は………理解している。理解しているのだが…やっぱり時代というものがあるんだ…」
「時代って何ですか!この前の洞窟を占拠した魔物達の掃討でも僕が一番倒していますよ!」
「実力に関しては何も問題はないんだ。お前は凄いよ。ここみたいな中小じゃなくてもっと大手の所で…」
「いや団長!大手はここに入る前に落ちたって言ったじゃないですか!」
魔術師、なんて肩書きははっきり言ってもう古臭い職種の一つと化しつつある。魔王軍との大戦争で冒険者用の武具が発達した結果、旧来の魔術ではあまり約に立たなくなりつつある。つい最近もこの辺りに2校はあった高等魔術学校が廃校になったばかりだというのに。魔術で食ってきた人は別の腕を磨いて職種を変えるのが今は定石だろう。
「いいんですか!即死魔法が使えるのって僕だけですよね!」
「それが問題なんだよ!」
その言葉が響いた瞬間、酒場は急に静まり返った。
『コイツ今何つった?』と。
「これがあったから…僕たちはここまで来れたんじゃないですか!」
「…即死魔術の原理を言ってみろ。」
「光弾を当てることで胃、腸などの5つの内臓を強制的に256倍から最大出力で1280倍に膨張させて肉体を破裂させる魔法ですが…」
「それが問題なんだよ!!!」
青ざめる店主。
吹き出す常連。
食事中にこの話するの本当にやめてほしいと言わんばかりの目線を二人に向ける女性の団員。
「絵面が酷い!」
「でも強いじゃないですか。」
「魔物は!金属の棒で頭を一回殴るくらいで死ぬ!」
「でもこっちは近づかなくてもOKですよ!安心じゃないですか!」
「毎回臓器や肉片が飛び散る風景見せられる気持ちになったことあるのか!?最初何人か失神しただろ!?」
世間一般的な魔術というのは「棒がちょっと光るようにする」や「ちょっと剣が硬くなる」だったり、直接相手になにか影響を与えるようなものと言っても「目がちょっと痛くなる」とか「蕁麻疹が出る」が限度とされている。
そんな魔物より遥かに危険な術が使える輩がこんな場所に居るだなんてのはつい数分前までここにいる誰も思わなかったのである。店主はちょっとヤバい人達を店に入れてしまったと思ったのでいつでも王国騎士団を呼べるように準備しておこうと思った。
「最近はな、冒険者を名乗って他人の家に勝手に入っては壺やら宝箱を荒らしていったり、金品目的で他のギルドや商人を襲ったりするような連中も増えてきて冒険者ギルドそのもののイメージが悪化しつつある。うちは小さいなりに頑張って来ているのだが…お前がこれだと印象が悪くなる…」
「でも…!森でバッタリ出くわした暗黒竜はアレが当たらなければ今頃…!」
「暗黒竜は胸の宝珠壊すだけで死ぬ!見た目が強烈なだけでそこまで強くないって有名なんだよ!どうしてミンチになるまで爆散させちゃったかな!」
「しっかりめにやっといた方が安心感ありません?」
「俺はお前に安心できない。」
ハンバーグを食っていた客が青い顔でトイレに行った。気の毒だ。
「薄々俺たちも『ちょっとあの術…変えてみないか?』とか色々言ってきただろ?それでもこうならクビにするしかないんだよ…!」
「変えましたよ!胃腸は効率が悪いのでピンポイントに頭部だけ破裂させたり、体が武器素材に使えるから爆散させたくないって魔物には穴という穴から出血して死ぬ魔法とか色々やったじゃないですか!」
「どうして全部絵面が暗殺拳の伝承者みたいになってるんだ?」
「一応、岩山両斬波も使えましたけど…」
「お前本当は拳闘士じゃなくって?」
本職の拳闘士であろう大柄な団員が完全に下を向いてしまっている。そりゃ魔術師が凄まじいパワーのチョップをしてきたら溜まったものじゃないだろう。メンツが丸潰れというレベルではない。
「これからは昔のような危険な魔物と対峙する機会は減ってくる。そうなってくるとお前の術はイメージダウンにしかならないんだ。分かってくれよ。退団金もちゃんと出すし、ギルド都合退職にするから雇用保険もちゃんと出る!頼む!辞めてくれ!」
「そんな!せっかく頑張って地元の中等魔法学校で勉強してからここまでやってきたのに…!蘇生だって僕が使えなければどうなっていたか…!」
「お前…それも大問題なんだよ。倫理的に。」
「死んだ人物から情報を抜き出して魔力の塊にしてから擬似的に人の形に再現することで蘇生させる魔法のどこに問題があるんですか!」
「全部だ全部!もう人じゃねえじゃねえか!お前転落事故で死んだ女僧侶にそれ使った後に理屈知って三日三晩泣いたのちに自殺しようとしたけど体が魔力だから死ねなくて自分から墓の中入って土の中に埋まったこと覚えてんのか!?」
「でも死を自分の意志で決められるってちょっと素敵じゃないですか?」
「死生観ヤバくない?」
やっていることが冒険者側というよりは魔王側に片足踏み込んでいる。当時女僧侶と密かに恋仲だった剣士の団員はこの事を思い出して泣き始める。
ただでさえ店の大きさの割に客が少なかったのに想像するだけで物騒な話が飛び交うので客がどんどん帰っていく。店主にも堪ったものじゃなかった。
「それに…体が魔力で構成される生き物(?)になるせいで王国の公営施設にある魔物検知に団員が引っかかるんだよ!おかげでこちとら擬態型魔物扱いされた団員が居るんだぞ!」
「言っていただければ検知無効の付与しましたけど…」
「もしかしてバレなければ何しても良いと思ってる?」
団長は続けて話す。熱弁を振るってなんとしてでも彼を追放しようとするがここまで団員から色々と思われておいて何も自覚が無かった辺り、この魔術師は相当に鈍いのだろうか。
「それに…蘇生魔術はお前自分自身にも使うだろ。首なしのまま蘇生して歩き始めた時はトラウマになって5人辞めたんだぞ。」
「だって…器はその場にある遺体を直接活用するので『蘇生』しても体を『再生』は即座に出来ないんですよ…でもちゃんとテクスチャを付与すれば人っぽい見た目になりますよ!」
「やってることがアンデッド引き連れてる呪術師なんだよ!というかやっぱり自分自身の蘇生も同じ術だったのかよ!」
「僕は常に一日五回は死んでも即時蘇生が作動する魔法を付与した秘石を持ってますよ。」
「どうして狂わずに居られる?」
多くの客が帰る中、最初から一人で飲んでいた中年の親父は冷や汗を流しながらこの話を聞いている。もう酒場には例のギルドと彼しか居ない。
団長はもうどうにでもなれと言わんばかりに持っていた金品を取り出す。
「退職金だけじゃない!俺のこれっぽっちしかない金品も渡す!だから辞めてくれ!頼む!俺たちはお前のハードな魔術に精神が限界なんだ!あんな残虐魔術を毎度見せられて気が狂ってしまう!この前はとうとう盗賊相手に…人間相手にも即死使っただろ!アレで団員が半分減った…!もう…勘弁してくれ…頼む…!」
団長は泣きそうになりながら魔術師に土下座をして懇願した。そこにはもうギルドマスターとしての矜持などは無かった。幸いなことにもうこの酒場にはほとんど人が居なかったのだが、もし仮に他のギルドが居たならば笑いものにされていただろう。最も、あの残虐魔術の話を聞いて気を悪くせずここまで酒を飲んでいられたのならば。
「脳の一部を破壊して人格を変える魔法も使えます!呼吸の方法が分からなくなって窒息死してしまう魔法だったり…夢の世界で延々と殺され続ける幻覚を見せる魔法も使えるんです!お願いします!僕はここで働きたいんです!お願いします!!!」
二人の押し問答はそれからしばらく続いた___
「…うう、分かりました。せっかくギルドに入れたのに…辞めます…今までありがとうございました…」
夕暮れからこの話は始まったはずだったが気づけば朝日が昇り始めていた。この店はもっと早く閉まるはずだが、こうも話がヒートアップしては店主が入る間も無かったのである。話し続けて満身創痍の団長もようやくここまでこぎ着けて一安心した後、倒れるようにそのまま席で寝てしまったので団員に介抱される形で帰っていった。
常連の親父はまだ残っていた。普段から店が閉まるまで酒浸りするような男だがこの時ばかりはいつもとは違う、神妙な顔つきでこの修羅場をずっと聞いていた。
そして、彼らが帰ったのち無口な親父は珍しく店主へと話しかけたのだ。
「なあ…マスター。オラぁ冒険者ギルドになんざ入ったこともねえズブの素人だが、ガキンチョの頃爺ちゃんがギルドの魔術師をやってたんだ。それでな、軽~く魔術とはどんなもんかと今考えりゃくっだらねえ術を聞いてたわけなんだが、そんときに言ってたことをアイツら見て思い出しちまったのさ。」
「…一体何を?」
「『人が纏う神秘は魔術と呼び、魔が操る邪悪を魔法と呼ぶ。』」
「………まさかね。」
「あのゴア魔術師、終始なんっつってた?」
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「ああ…あんなに頑張ってきたのに…何団も落ちてようやく受かったギルドをクビになっちゃった…やっぱり僕はダメだったんだな…」
追放された魔術師は気を落としながら町外れを歩いていた。あの場にありったけの金品を貰ったのだが彼はそこに執着するような性格ではなく、ただただ冒険者の一人になりたかっただけなのだ。
「なんか…もう嫌になって来たな…家業を継げってうるさかったけど…実家に帰ってお父さんに謝ろう…」
トボトボと歩く彼の隣にたまたま馬車が通る。次の街も遠いこの道を一人で大きな荷物を抱えて歩く彼を見て、そのまま通りすぎず馬車は止まった。
「旅人かい?この道は隣の街までは遠いよ!それだけいいもの持ってるなら馬使った方が便利だし大して減らねえぜ。たまたまウチの馬車は空きなんだ!乗ってくかい?初乗り安くしとくよ?」
「ああ…すみません。それではお願いします。」
大きな荷物を荷台に載せ、彼は馬車の座席へと乗った。
「それでお客さん!どこまで行くんだい?」
「ああ…えっと…」
「魔王城までお願いします。」
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団員に介抱された情けないギルドマスターは帰路の途中で大柄な団員におぶられたまま目が覚めた。
あれだけのことがあったのだから、こうなっても誰一人文句を言う団員は居なかった。むしろ、悩みの種がなくなって皆清々しくしている。
「…ああ、すまない。疲れ切ってついあのまま寝てしまった…」
「俺はただ、楽しくて勇敢で、誰からも愛されるみんなのためのギルドを作りたかっただけなんだ。」
「なのに…どうして…どうして…!」
「どうして魔王の息子が入ってきちまったんだよ…!!!」
全く関係のない話であるが、魔王軍が復活したのはそれから二ヶ月後の話である。