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ガン・アンド・ロジック  作者: 大豆の神
Case04.桜の魔女
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Case04.桜の魔女#23

次回、最終話です。

「そう……そうだったんだ……」


 過去の形を捨て、生まれ変わったロケット。ニリンソウが刻まれたそれを、怜は大事そうに胸の前で握った。


「ちょっと、ロケットが目を覚ましたってどういうことなの?」


 唯一、事態についていけていない日奈は、血の魔女に説明を催促する。


「原始の魔女は、自然発生する生命だ。初めは己の性も知らず、世界に放り出された赤子と変わらない。だが、ある時理解するのだ。自分が誰であるのか、何を為すべきかを」


「怜のそれが、今だってこと?」


「私よりも、隣の彼女に聞くべきだと思うがね。……まぁ、ロケットが姿を変えたということは、そういうことなのだろう」


 血の魔女はそれだけ言うと、まぶたを閉じてしまう。富士お手製の薬、その効果は絶大のようだ。

 あるいは、智恵理が失われ、全てを諦めたのだろうか。血の魔女は、一人の女性に恋をした。それが性に突き動かされたものだったかは、血の魔女自身にしか分からない。


 たとえ本物の愛だったとしても、日奈たちは戦った。いや、戦うしかなかった。なぜなら、血の魔女は世界の敵だったのだから。

 彼を放っておけば、智恵理や市原を襲った惨劇が繰り返されるかもしれない。そして、それは新たな悲しみの連鎖――少年少女たちの運命を捻じ曲げることに繋がる。

 ここで絶たなければ、魔女と異能者の戦いに終止符を打たなければ、真の平和が訪れることはない。日奈たちが求め続けた、明るい未来を見ることはできないのだ。


 日奈は、右手を構える。銃口である指先は、血の魔女の胸元――アリウムの花が彫られた真鍮色のロケットを捉えている。

 必要なのは、確実な一撃。残った右半分の髪を、弾に変える。ロケットに撃ち込むのは、先ほどヤエザクラを穿った弾丸。ロケットごと、血の魔女の心臓を貫けるはずだ。


 手が震える。怖くはない、極限状態での戦闘で体にガタがきているのだ。

 それを支えるように、怜が腕を掴む。


「日奈、お願い」


「うん、ありがと」


 ブレを修正し、再び狙いを澄ませる。あとは、口にするだけだ。これまで日奈と共に戦い、日奈の身を守ってきた異能(ちから)の名前を。


「”ひとりあそび(リストカット)”」


 眩い閃光が、日奈を――世界を包み込む。ヤエザクラが完全に崩落し、領域を維持する桜の魔女が息絶えたのだ。

 視界の全てが白になる前、日奈はたしかに聞いた。ロケットが砕ける、勝利の音を。


 そして、領域の最期に日奈は夢を見た。そこで日奈は、桜に還った思いと邂逅を果たす。

 日奈の眼前、整列する集団の中から一人の少年が歩み出る。彼の顔を、日奈は知っていた。


「夕貴……?」


「久しぶりだな、深山」


 ニカっと歯を見せて笑うのは、かつての仲間である嵐山夕貴だった。

 彼だけじゃない、そこにいる全員が見覚えのある顔をしていた。驚くべきは、それだけじゃない。


「こいつをここに留めておける時間は少ないんだろ? だったらさぁ、とっとと話したらどうなんだい?」


「倒の……魔女……」


「はぁ? いつまでその名前で呼ぶわけ? 今の僕は、ただの小根山(おねやま)(みさき)さ。こいつら御一行に加わるなんて、不愉快極まりないけどね」


 憎まれ口をたたいているようだが、その表情は晴れやかだ。対峙した時の邪悪さはなく、これが彼の本来の姿なのだと日奈は知る。

 魔女となれば、桜の呪いを克服できる。だが、その代償に心は歪んでいたのかもしれない。


「話が脇道に逸れたな。俺たちは、深山に感謝したいんだ。死んだ俺たちの心は、ヤエザクラに集う。それが、今日やっと成仏できるんだ。お前が桜の魔女を倒してくれたから、俺たちはこうして旅立つことができる」


 日奈以外の、もう現実世界にはいない面々の輪郭が、朧気に光を帯びる。


「一つだけ聞かせて! みんなは、恨んだりしてないの? アタシや桜の魔女を、みんなの命を奪った相手のことを!」


「あまり思い上がらないことだよ。僕は僕の行動の結果、死んだだけだ。お前たちに殺されたわけじゃない」


「俺たちを翻弄した運命には腹が立つさ。けど、深山たちが手に入れた明るい未来に、俺たちが禍根を残すわけにはいかないだろ?」


 夕貴がそう言うと、他の人々も同意を示すように頷いた。

 桜の魔女に呪いを与えられた異能者、日奈たちによって命を奪われた魔女。彼らの中に、復讐を企てようとするものはいなかった。誰もが、快い気持ちでこの世界を去ろうとしている。


「胸を張れ、深山! お前はよくやった! あっちで他のやつらによろしくな!」


 その激励で、日奈は目を覚ます。後頭部に感じる柔らかな感触の正体は、すぐに判明した。


「おはよう、日奈」


「おはよう」


 上から覗き込んでくる怜に、日奈は微笑む。怜の瞳に映る日奈は、ゆらゆらと揺れていた。

 遠くで、星の魔女の感極まる声も聞こえてくる。どうやら、日奈たちの帰りを待っていたらしい。


「みなさん、ご無事で……何よりです……」


「アタシ、勝ったんだよね?」


 日奈は体を起こして、怜に尋ねる。

 首元を通り抜ける風が、最後の”ひとりあそび(リストカット)”を放ったという証拠だった。


「日奈は勝った。勝って、未来を手に入れたんだよ」


 怜の細い指が、日奈の首をなぞる。チョーカーがなくなった首元に、桜の模様はない。くすぐったさに身を捩ろうとした日奈は、目の前の怜が涙を流していることに気付く。

 日奈は、頬を伝う温かい水分を拭いながら、怜を見つめる。灰と茶の視線が交錯すると、日奈は口を開いた。


「ねぇ、怜。教えてくれる?」


「……日奈?」


「本当の怜は、何者だったの?」


 答えの代わりに、怜は手中のロケットを差し出した。前は触ることを拒絶されたそれを、日奈は意を決して受け取る。

 深緑の艶がかった外面は、怜が握っていたはずなのに冷たさを失っていない。


 それから怜は、ゆっくりと話を始めた。


「ここに彫られてるのは、ニリンソウ。その花言葉は、『ずっと離れない』」


「え、告白?」


「ふふっ、そうかもしれないね。ロケットに書かれた花は、原始の魔女の性を表してるの。私は、(つがい)の魔女。生涯共にいたい相手を見つけることが、私の性だったの」


 嬉そうな怜に、日奈は「冗談のつもりだった」とは言えない。けれど、怜が日奈を想うように、日奈が怜を想っていることは真実だった。


 血の繋がった家族は、もういない。幼少期を一緒に過ごした仲間も、怜しか残っていなかった。日奈にとって、怜は最後の家族だったのだ。

 そんな怜が、自分を求めてくれた。文字通り生涯を捧げる相手として。もう、怜が日奈のもとを去ろうとすることはない。これからも怜と歩めるのだ。決死の思いで手に入れた未来を、二人で一緒に。


「番の魔女か……番ってどういう意味?」


「……嘘でしょ。せっかくのいい空気が台無し」


「アハハッ、ごめんって! でも、心配いらないよ。これからは、怜と圭太に勉強を教えて――」


 そこまで言いかけて、日奈は大慌てで立ち上がる。


「圭太は? 無事なの?」


「ギリギリでしたが、大丈夫ですよ」


 忙しなく辺りを見回す日奈に声をかけたのは、富士だった。富士の視線の先、横たわる圭太が目に入る。

 おそらく、日奈の治療も施してくれたのだろう。痛みに膝を折らずに立てたのが、その証拠だ。


 どうやら、日奈たちの負傷に備えて、天城からの指示で神山に向かっていたらしい。

 それにしても、負けていたら危うく富士を死地に送り込んでいたところだ。天城からの信頼と受け取るべきか、日奈は狼狽していた。


 しかし、何はともあれだ。


「良かった……」


 安心も束の間、日奈のもとに次なる人影がやってくる。世界を救ったヒーローは、戦いの後も大忙しなのだ。


「……日奈君」


「社長……アタシ、やったよ。智恵理さんも異能者も、全部助けたよ」


 勝利の証。日奈はブイサインを市原に掲げる。喜色を満面に浮かべて、この勝利を誇ろうとしていた。

 それを見た市原の、取り繕っていた面持ちが決壊する。


「ああ……ああ……ありがとう……本当に、ありがとう……!」


 大の大人が泣き崩れるのを、日奈は生まれて初めて目撃した。顔をぐしゃぐしゃに濡らしながら、市原は嗚咽を上げるようにして、何度も何度も智恵理の名前を呼んでいた。

 失われたはずの恋人を、弔うために殺す。その目的のため、市原は今日まで生きてきた。望みが果たされ、ようやく彼は智恵理の死と向き合うことができたのだ。


「もう、そんな泣いてたら智恵理さんが心配して戻ってきちゃうでしょ。アタシたちは進まなきゃいけないの。アタシたちが勝ち取った世界だもん、生きなきゃ勿体ないよ」


「そうだね……しかし、私は君たちを……」


 首を垂れる市原に、日奈は伝えるべきことがあった。

 ヤエザクラが散る前に受け取った、人々の思いだ。


「夕貴たちが言ってたよ。アタシたちが手に入れた未来に、禍根を残したくないんだってさ」


「それは……慰めなのかい?」


「違うよ。アタシが聞いてきたの。異能者と、作られた魔女から」


 その答えに、市原は口を閉ざした。桜に還った人々の思いは、ヤエザクラに集まっていた。ヤエザクラがなくなった今、それを確かめる術はない。だが、日奈はあれを幻だとは思わない。彼らの言葉が、紛れもない本物の意思だと、日奈は確信していた。


「あれ? 蛇さんはいないの?」


「彼女は……下山、しました。書きたい衝動を、抑えられそうにない……そう言っていました」


「監視しておかなくて大丈夫なの?」


 勝利に貢献した仲間とはいえ、蛇の魔女も人間に害を与えた前科がある。野放しにしておいて、事件が起きてからでは遅い。


「心配しないで。ちゃんと見張ってるから」


 怜が、端末を日奈に見せる。そこには、上機嫌を隠し切れていない、蛇の魔女の背中があった。


「そっか、怜の異能はまだ使えるんだもんね」


 桜の魔女が倒れ、万葉から異能者は消えた。それは、桜の呪いに苦しむ者が消えたという意味でもある。

 日奈たちは、運命に勝利した。敷かれたレールを砕き、自らの足で前に進む権利を手に入れたのだ。


 しばらくは、誰かのためじゃなく、自分のために生きてみるのもいいかもしれない。ヒーローとしては休暇を取って、自由に学校生活を謳歌しよう。怜と並んで登校して、他愛のない話で盛り上がるだけで楽しそうだ。圭太にちょっかいをかけたり、大内から逃げたりしてもいい。


 そんな希望を胸に抱いて、日奈は隣に佇む怜を思い切り抱き締めた。

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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