Case04.桜の魔女#22
「っ……おのれ!!」
”ひとりあそび”が直撃すれば、ヤエザクラは間違いなく破壊される。血の魔女には、弾丸を止める以外の選択肢は残されていなかった。
だからこそ、敵である日奈に背を向け、血の魔女は駆け出したのだ。
しかし、その足が突如もつれる。
「なんだ……これは……」
転倒した血の魔女だけじゃない、日奈にも何が起きているのかは分からなかった。
血の魔女の動きは鈍重で、原始の魔女が持つ身体能力の高さはうかがえない。立ち上がるのにも苦労する様は、まるで一人だけ重力の違う場所にいるようだ。
「催眠鎮静剤……」
ふと、怜が何かに気付いたような声を上げる。
「血の魔女は、異能を使う時に自分の血液を出し入れしてた。だから、日奈の攻撃を弾いた短剣も、壊された触手も体内に戻っていったはず」
「それがどうしたの……?」
「催眠作用のある薬を、体に取り込んだのかもしれないってこと」
もし、弾に変換した物自体を”ひとりあそび”で撃っているとしたら。怜の仮説は、そんな内容だった。
今まで、日奈は爪を弾にして撃っていた。爪という鋭いものが、殺傷力のある弾丸になるというのは理解できる。
「じゃあ、チョーカーとか髪は? 髪撃っても、全然強くなさそうだけど」
「その二つは、威力が強すぎて分かりづらいだけだと思う。日奈の異能は、思いの力を上乗せするんだから」
爪は小さいうえに、十本に分かれている。対して、プレゼントのチョーカーは一つきりだ。無数にある髪の毛も、髪という一つのまとまりとして考えれば、相当な力を秘めていることが分かる。
「髪は女の命って言うしね」
「話を戻すよ。催眠鎮静剤を撃ってたなら、攻撃を弾いた刃先には必ず薬が付着する。その短剣を血液として取り込めば……」
「薬を注射されたのと同じってことか」
「そういうこと」
催眠鎮静剤を直接体に取り込んだ血の魔女は、体の自由を失いつつあるというわけだ。
疑問が解消されてすぐのことだった。”ひとりあそび”が、ヤエザクラに達する。
幹を貫いた弾丸は、内部で爆発。その衝撃が、ヤエザクラ全体を揺さぶった。
「社長! ヤエザクラから離れて!」
日奈の呼びかけに、市原は桜の魔女を抱えたまま駆ける。
「あ、ああ……そんな……ありえない……私の、理想郷が……」
次々と体をひび割れさせ、崩壊のカウントダウンを刻み始めるヤエザクラを見て、血の魔女は失意のどん底に落ちていた。
これが人の運命を弄び、自己本位に利用した者の末路なのだろうか。共に戦う仲間も、助けたい誰かもいない。目指す世界すらも、自分を満足させるためだけのものだった。
「日奈君、早く血の魔女を! 急がなければ、異能が失われてしまう!」
「……そっか」
市原の訴えを聞いて、日奈は自分がしたことを改めて認識した。
ヤエザクラに呼応するように、桜の魔女の領域も揺らぎを見せていた。ヤエザクラの死は、智恵理の死。そして、智恵理の死は桜の魔女の死を意味する。
桜の魔女が死ねば、異能と呪いは失われる。日奈たちが目指し続けていた、呪いからの解放が叶うのだ。
日奈は己を奮い立たせ、痛みを堪えて立ち上がろうとする。けれど、脳が動きを拒絶するのだ。これ以上は危険だと、命令を拒んでいた。
「これで立てそう?」
怜の声がする。通信機越しではない、肉声が耳に届く。
「来てくれたんだ」
「当たり前でしょ。日奈が動けないことくらい、私には分かってるんだから」
日奈の腕を肩に回し、怜は寄り添うようにして日奈を立ち上がらせた。
見せたかったはずの頼り甲斐を怜に見せられ、日奈はつい揶揄いの言葉をかけてしまう。
「でも、動けないアタシに『逃げて』って言ったよね?」
「あれは……その、咄嗟だったし、私が行っても足手まといになるだけだと思ったから……」
「それだけアタシのこと心配してくれてたってことかな?」
「そうだけど……なんかムカつくから下ろしてもいい?」
「え、ちょっと! それは困るから一緒にいてくれない?」
怜の吐いた息は、呆れだけではなく安堵を表していた。
日奈と怜の足取りが、血の魔女を追いつめていく。ゴールまでの道のりを、一歩一歩踏みしめていた。
未だ体の自由が利かない血の魔女は、力なく仰向けに体を倒している。日奈の視線は、同じく地に伏せる圭太に向けられた。
「……蛇さん?」
日奈を抱える怜のように、蛇の魔女が圭太を抱えていた。
自発的に取ったとは思えない行動に、日奈は困惑の声を漏らす。
「私がお願いしたの。見てるだけで、全然動こうとしないから」
「あはは……」
蛇の魔女をここまで連れてきたのは日奈だ。特等席に座るつもりが、こんな肉体労働をさせられるとは思っていなかっただろう。後で小言を言われるかもしれないと、日奈は苦笑する。
それに、ロケットに関する情報をくれたのは蛇の魔女だ。間違いなく、彼女もこの戦いの功労者の一人だった。
「怜、ありがと。本当に助かった」
「うん。日奈が無事で良かった」
日奈は誓いを守ることができた。桜の魔女を倒し、こうして怜と一緒にいることができている。その喜びを噛み締めるように、日奈は怜に笑いかける。
怜もまた、日奈に負けない笑みを満面に浮かべた。
日奈たちは、ついに血の魔女のもとへと辿り着く。二人を見上げる血の魔女は、その目を鋭くして、恨み言を呟いた。
「愚かな……魔女と人間が手を取り合うなど……」
「蛇さんたちのことかな? たしかに、そうかもしれないね」
日奈の返答に、怜の腕が強張った。それに気付かない振りをして、日奈は言葉を続ける。
「アタシも、魔女は悪いものだって思ってたよ。でも、そうじゃないって分かった。魔女にも生きたい理由があって、夢も希望も持ってた。悪いのは、魔女がやったこと。アタシは人間だから、人に害があるなら戦うよ。魔女だから戦うんじゃない、アタシたちの敵だから戦うの。そこに魔女かどうかなんて関係ない」
「……もし、そのつもりがないのに人を死なせたら?」
小さな声。それでも、日奈には十分に聞き取れた。そして、怜が何を言いたいのかも、おおよそ察しがついた。
「怜が孤児院の事件の原因だったとして、どうしてアタシは無事なの? あの時死んじゃった子たちよりも、アタシはずっと怜と一緒にいるのに」
「そ、それは……」
その答えは、日奈にも分からない。しかし、これだけは分かっていた。死を撒いたのが、怜ではないと。
「で、でも! 私は孤の魔女で……私が独りになるように、周りの人が……」
怜の出自、その証拠を示すようにペンダント――ロケットを取り出す。
ロケットを持つ魔女。怜が原始の魔女であったことを、この時日奈は初めて知った。
日奈は怜の手を、ロケットごと両手で包み込む。
怜の抱えている恐怖が、手中の震えから伝わってくる。罪悪感を、自責の念を一つずつ取り除くように、日奈は怜に声をかけた。
「その性が本物なら、アタシだけじゃなくて学校の子たちだって危ないはずだよ。それなのに、孤児院より後で周りの人が死んだことはなかった。怜はきっと勘違いしてるんだよ。怜は、原始の魔女なのかもしれない。けど、孤の魔女なんかじゃないんだ」
「日奈……」
ふと、手の中から乾いた甲高い音が鳴る。初めの音を皮切りに、二度三度と音が続く。
「な、なに?」
「分からない……ロケットが……」
日奈は怜の手を解放し、握り締められていたロケットに目を落とす。
古い表層が剥がれ落ち、新たな外観へと変化している。怜のロケットが、別の表情を見せ始めていた。
その過程を眺めていた血の魔女が、嘲るように鼻を鳴らす。
「己の性も理解できていない未熟者だったとはな。……もう全て終わるのだ。最後に一つ教えてやる」
訝しげな日奈と怜の視線を受け、血の魔女は平坦な声で言った。
「君が持っていたロケットは、ようやく目を覚ました。原始の魔女としての、性を知った今な」
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