Case04.桜の魔女#21
「やはり、狙いはロケットだったか」
その声が聞こえた瞬間、日奈の足元に激痛が走る。目線を落とした日奈は、足の甲までを貫いた赤黒い棘を視認する。
致命傷を与えた。誰しもに生じた気の緩みは、決定的な隙となった。
戦いに身を投じていた日奈と圭太はもちろん、それを見守っていた怜や蛇の魔女、市原も同じだ。血の魔女の奇襲に気付けた者は、この場に一人もいなかった。
ゴプリと音を立てて、血の魔女が姿を見せる。胸元から下げたロケットは、一切の損傷がない。
なぜ、血の魔女が無事なのか。答えは一つしかなかった。
「さっきのは、人形……」
通信越しの怜と、日奈の声が被る。異能で転移するタイミングで、血の魔女は人形を出現させたのだと怜は推論する。
「そのまま本体は地中に隠れて、アタシたちのことを見てたわけか」
「ごめん、私が本体かどうか見分けられれば……」
「怜のせいじゃないって。だって、あんなにそっくりだとは思わないじゃん?」
それが慰めにならないことは、日奈も分かっていた。
こうしている間にも、棘を引き抜いた箇所から、とめどなく血が溢れてくる。短い間隔でやってくる鋭い刺激に、歯を食いしばらなければ体を支えることも難しかった。
そんな中、果敢にも血の魔女に挑む足取りが響く。荒く呼吸をする圭太だった。
”凪”を使っている圭太には、日奈を守ろうという思考はない。それでも、現れた血の魔女に攻撃を仕掛ける。敵と定めた相手を、打倒するために。
血の魔女は、人形と同様に一本の刀を生成する。そうして、刃と刃がぶつかる。だが、今度は鍔迫り合いには移行しない。
「その手に二度目はない!」
腕を大きく振るった血の魔女が、圭太の体をいとも容易く吹き飛ばす。その方向に、体を受け止めてくれるヤエザクラはなかった。傷だらけの体は、固い地面に何度か体を打ちつけ、やがて沈黙する。
「圭太!」
思わず踏み出した一歩で痛みが炸裂し、日奈はその場に膝をついてしまう。
立ち上がるための踏ん張りも、この足では思うようにいかない。
「誰の入れ知恵かは知らないが、ロケットを狙ってくるとは小癪な真似を。様子を見て正解だったようだな」
血の魔女の視線が、日奈へと向けられる。彼の判断が最適解だったことは、日奈たちの惨状が示していた。
爪もチョーカーも残っていない。鎮静剤を使うとしても、駆けまわるための足はもう限界を迎えていた。
「幕引きの時間だ。誰一人、ここから生きて帰ると思うな。私と智恵理の世界に仇なすものは、必要ない」
背後のヤエザクラに目をやった後、ゆっくりと血の魔女が日奈へと歩を進める。
「日奈、逃げて!」
怜の声が聞こえる。けれど、日奈は血の魔女を見据えたまま動かない。
「怜、ごめん」
「……日奈?」
血の魔女が自分の命に手を届かせるまで、あとどれくらいの時間があるだろうか。
逃げたところで、その背中を襲われておしまいだ。それなら、真正面から立ち向かいたい。最後の最後まで足掻こう、抵抗しよう、そして戦おう。未練なんて、残らなくなるくらいに。
「日奈、そこから離れて! そうしないと――」
「アタシ、戦うよ。こんなところで諦めたくない。ここで戦わなかったら、圭太の頑張りが無駄になるもん」
あの時自分を守ってくれた桜の魔女の献身も、これまで戦ってきた異能者もそうだ。全員でここまで繋いできたのだ。
託された願いも、叶えたい願いも達成できず、終わるつもりはなかった。
「それに、まだ負けるって決まったわけじゃない」
日奈は、一直線に並んだ血の魔女とヤエザクラを見る。逆転のための手札は、もうこれしかない。
銃の形に折り曲げた右手を、血の魔女へ向ける。
「またそれか。一騎打ちで通用しないことは、君も分かっているだろ?」
二本の短剣を両手に携え、血の魔女は日奈を見下ろす。
(……準備は万端ってわけか)
たしかに、血の魔女が作る武器の強度であれば、”ひとりあそび”をいなすくらい造作もないだろう。
だが、それは血の魔女の経験してきた威力であればの話だ。
日奈が弾へと変換するのは、爪でも、チョーカーでも、鎮静剤でもない。怜に手入れをしてもらい、日奈自身も丹精込めて面倒を見てきた自慢の金髪だった。
二人の距離は、すでに互いの射程圏内だ。ここまで引き込めば、勝機はある。
「”ひとりあそび”」
そう唱えると、構えた指先にこれまでよりも強い輝きが宿る。その光が、放たれる一撃の威力を物語っていた。
「くっ……!」
血の魔女に、驚愕の色が滲む。この状況で、切り札を残しているとは思わなかったようだ。次の一発を防ぐことはできない。そう判断したのか、血の魔女は早々に回避を選択する。
一筋の光が、血の魔女の脇を通り抜ける。日奈の決死の一撃を無に帰し、血の魔女は勝ち誇ったように言う。
「少し驚かされたが、残念だったな! 当たらなければ、どれだけ強力な攻撃でも……何がおかしい?」
髪の左半分をショートカットへと変えながら、日奈は笑っていた。極限まで追いつめられた今、一矢報いることができなかったにもかかわらず。
「約束は守ったよ。――桜の魔女」
「まさか……!」
小さく囁いた声に、血の魔女は目を見張る。そして、振り返り”ひとりあそび”の軌道を辿る。その軌跡が向かう先は、この領域で最も大きなシンボル――桜の魔女と智恵理とを繋ぐ、ヤエザクラだった。
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