Case04.桜の魔女#16
今回が、本来の28日更新分です。
「許さない、か……。おかしいな、それは私が言うべきことだろ?」
吉野は、遺憾だと言わんばかりに肩を竦める。
この状況において、自分が被害者だということを疑っていないようだった。
「智恵理に手を出そうとする者は、誰であれ許すつもりはない」
暗い地の底のような響きは、吉野の怒りを孕んでいた。
「聞いた話だったけど、本当みたいだね。本当に、市長が血の魔女だったんだ」
目の前の男――これまで、万葉の市長として見てきた吉野が血の魔女であるという事実、それを再確認する。圭太が負けた時点で、相手が人ではないという確信はあった。
同時に、ここに血の魔女がいるという事実が、当初の計画のタイムリミットを過ぎたことを示していた。ヤエザクラを壊せないまま、血の魔女と対峙することになってしまった。
「星の魔女から聞いたのか。彼女がこんな愚行を支持するとは、私も驚いた。私を裏切った、ということよりもな」
愚行。日奈たちの歩みを、血の魔女はそう一蹴した。未来への憧憬を、人々が平和に暮らせる世界という望みを、血の魔女はたった一言で片付けた。
「アタシたちの希望を、そんな風に言われたくないんだけど」
血の魔女は、紛れもなく敵だ。だから、その声音が刺々しくなることを、日奈は許容した。
大事なものを侮辱されて怒らないほど、日奈も薄情ではない。
「希望? それを愚かだと言っているんだ。仲間だ、世界だなどと嘯いて、自分が正義の側に立っていると錯覚するつもりか? 現に今、私から彼女を奪おうとしているというのに」
血の魔女が口にした『彼女』、それが智恵理を指していることは、日奈にも理解できた。
「智恵理を魔女にするのに、私はとても苦労したんだ。何せ、彼女は異能者じゃなかったからな。これを使っても、魔女になる保証はなかった」
血の魔女は、首からかけて懐中時計を手に持ち、眺める。その真鍮の深い輝きは、日奈が以前目にしたものでもあった。
「それ、時計だったんじゃ……」
「市長という身分上、何かと人目につくことが多くてな。文字盤を埋め込むことにしたんだ。君みたいな人間が見ても気付かないなら、手間を惜しんだ甲斐があった」
(ロケットが偽装できるんなら、アタシが知らないだけで原始の魔女は意外と近くにいたりしてね……)
クラスでメイクに勤しむあの子のコンパクトが、実はロケットだということもあるかもしれない。これから先、開閉式の物を見る度に日奈の脳裏には、原始の魔女の存在が浮かぶことだろう。
「……そこまでして作った桜の魔女なのに、痛めつけちゃって良かったの?」
これは挑発だ。戦いにおいて最も愚かなことは、冷静さを欠くこと。冷静さを失えば、正常な思考はできなくなり、動きも単調になりやすい。だからこそ、いかに相手のペースを崩させるか。それが戦いの肝だと、朱美が教えてくれた。
ここで血の魔女が逆上すれば、不利な戦いを五分のところまで持っていけると日奈は考えていた。しかし、そう簡単に事は運ばない。
「失った器官は、あとで修復すればいい。そのために、まずは君たち邪魔者を排除しなければな」
「ねぇ血の魔女、少しいいかしら」
場の緊張感を無視するような声で、蛇の魔女が血の魔女を呼んだ。
「……蛇の魔女。久しぶりだな」
「そんな形式的なものに興味はないの。それより教えてちょうだい。あなた、桜の魔女に何をしたの? 魔女にしただけの割には、人間だった頃の記憶までないみたいだけど」
日奈が――おそらく血の魔女以外の全員が聞きたかったであろうことを、蛇の魔女は臆することなく問いかける。もっとも、それが日奈たちのためではなく、自分の知的好奇心を満足させるためであることを、日奈はよく知っている。
血の魔女は、市原に抱かれた桜の魔女を一瞥し、にやりと笑みを浮かべた。
「どうせ、ここで全員死ぬのだ。冥途の土産に教えてやるとしよう。私の血を与えたんだよ。桜の魔女の本体は、ヤエザクラで眠る智恵理だ。そのヤエザクラは、地中に根を生やし、養分を吸い上げている。付近の杭を見ただろ? あれは手製の品でね。地中に私の血を供給し続けているんだよ」
結界を思わせる木の杭は、血の魔女の血液をヤエザクラに吸収させるための装置だったのだ。
桜の魔女の領域ギリギリに設置することで、干渉できないようにまでしている。その目的は、果たしてなんなのか。
「桜の魔女の気性は荒かった。せっかく智恵理を私のものにしたというのに、これでは二人で幸せな日々を送ることも叶わない。そこで、桜の魔女を従順にする方法を考えた」
「その結論が、記憶の操作だったのかしら?」
「その通り。私の血を智恵理に吸収させ、脳まで届いたそれで海馬を支配する。成功した時、桜の魔女はすっかり大人しくなったよ」
本体である智恵理自身の記憶に手を加えることで、その精神体である桜の魔女は、智恵理の憎悪だけでなく、全てを忘れ去ってしまった。
「ただ、一つだけ問題があった。桜の魔女の記憶が、数日間しか維持されないという点だ。そのせいで、会う度に私のことを忘れてしまっている。少し、脳の弄り方を誤ったのだろうな」
人の記憶を弄んだ上に、生じた弊害に罪の意識すら感じていない。自分の望みのためなら、誰であっても利用する。それが、血の魔女のやり方だった。
「あなたは智恵理さんが好きだったんじゃないの? それなのに、こんな酷いことするなんて……」
「私が恋したのは、私に笑みを向ける智恵理だ。決して、他の人間になびく彼女ではない」
「そんな勝手な……!」
「勝手? それを言うなら、君たちの行いはどうなんだ。愛する者を手に入れた私から、それを取り上げようとする君たちは、勝手じゃないというのか?」
血の魔女の視点に立てば、日奈たちは悪なのかもしれない。姫を攫おうとする、主人公にとっての敵なのかもしれない。
それでも、日奈は自分の正義を信じていた。自分の行いが正しいと確信していた。己の欲求を満たすため、他人から未来を奪う血の魔女とは違う。皆の願いを叶えるため、人々の未来を作るために、日奈は戦うのだから。
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