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ガン・アンド・ロジック  作者: 大豆の神
Case04.桜の魔女
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Case04.桜の魔女#15

予約投稿の日付を間違えて、今日二本投稿されることになってました。申し訳ないです。

 日奈は、一歩ずつヤエザクラへと近づく。

 ”ひとりあそび(リストカット)”は、射程に優れた異能だ。かといって、遠距離で撃って破壊できるほどヤエザクラは脆くない。至近距離で、できるだけ残弾を残して仕留める。それが日奈の思惑だった。


「ねぇ、こんなこと聞くべきじゃないのかもしれないけど、平気なの? こんな大きな木、本当に壊せる?」


「任せてよ。アタシの異能、ってかアタシたちの思いは、めちゃつよなんだから! ……あなたこそ平気?」


「なんのこと?」


 一瞬、日奈は口ごもる。決心はついた。だが、この確認を相手に直接するには、別の覚悟を決めなければならない。


「……ヤエザクラを壊せば、あなたは消える。その覚悟はできてる?」


 そう問われた桜の魔女は、日奈に微笑みかけ、頭を撫でてくる。そんな態度からは、見かけの年齢以上に貫禄を感じた。


「大丈夫よ。むしろ、お願い。私を自由にさせて」


 もし、何にも弄ばれずに人生を送っていれば、彼女も市原と同じく五十代のはずだ。それはちょうど、日奈の母親と同年代だった。もちろん、生きていればの話だが。


 だからなのだろうか。その手の温かさに、日奈は亡き母を想起してしまった。もう、ほとんど覚えてはいない母の温もり。


(まさか、こんな形で思い出すなんてね)


 日奈は、桜の魔女に笑みを返す。大丈夫、そんな意図を受け取ったのか、桜の魔女の手が日奈から離れる。

 右手で銃を象り、日奈は人差し指の先をヤエザクラに突きつける。使用本数は五本。これまでで一番の高火力だ。威力は未知数だが、いけるという確信が日奈にはあった。


 近頃、怜との絆はさらに強まった。乗り越えた壁が、二人の結束をより強固なものにしたのだ。そんな怜に整えてもらったネイルは、今か今かと出番を待つように、輝きを放っていた。


(今の”ひとりあそび(リストカット)”は、昔のアタシの十人力……ううん、百人力だもん!)


 自信は、大げさなくらいがちょうどいい。そうすれば、不安にも恐怖にも目をつぶれるから。

 深く息を吸う。それを吐く時が、決着の時だ。肺に溜めた息に言葉を乗せようと、日奈は口を開いた。


 ゴポッ。


 不意に鳴った鈍い音が、日奈の背筋を凍らせる。

 何かが後ろにいるという直感に、日奈は異能の発動を躊躇した。その刹那、ほんの一瞬の隙が急転のきっかけとなった。


「危ない!」


 叫声に、日奈は声の主――桜の魔女に視線を向けた。彼女は血の気が引いた真っ白な顔で、目を見開いていた。

 そこからの光景が、世界の時間が引き伸ばされたようにゆっくりと日奈の視界に捉えられる。


 こちらに向かって走ってきて、自分を突き飛ばす桜の魔女。後ろに倒れ込む日奈の背後、ぬるりと現れた影が刃を振るう。その切っ先は、さっきまで日奈がいた場所に吸い込まれていく。

 そして――


「きゃっ……!」


 小さく悲鳴を上げて、桜の魔女が凶刃に倒れる。

 身に纏う白に、鮮血の赤が滲むことはない。智恵理の精神体である彼女に、血を流す機能はないからだ。それでも、桜の魔女が傷を負ったことは確かだった。


「嘘、どうして……」


 自分を庇ったのか。そう聞きたかったのに、言葉が出てこない。


「くそっ……”(チルアウト)”!」


 視界の外で、異能を使った圭太が襲撃者を日奈たちから退ける。

 その間も、地に伏せた桜の魔女から、日奈は目を離せなかった。


「智恵理!」


 動転した市原は、蛇の魔女の支えを振り払って、桜の魔女へと走る。日奈も桜の魔女に駆け寄り、その生死を確かめる。


 浅いが、まだ呼吸はある。しかし、桜の魔女に魔女としての力はほとんど残っていない。彼女の打たれ弱さは、もう人間と変わらないはずだ。

 それなのに、桜の魔女はその身を挺して日奈を残酷な一撃から救ってくれた。


「よかっ、た……無事、なんだね……」


 不意に、桜の魔女の手が日奈の頬に伸ばされる。

 それから、たどたどしい口調で日奈の身を案じる。


「どうして、どうして助けたの? アタシは、あなたより戦える。きっとあなたより強いはずなのに……!」


「強さなんて、関係ないよ……。私は……ただ、そうするべきだと思っただけ。だって、あなたは私の子ども……なんでしょ? 親なら、子どもを守って当然だもの」


「っ、それは……」


 思ってもない答えだった。桜の魔女と異能者の関係は、たしかに親子関係に似ている。けれど、その関係は血の繋がりではなく、呪いで結ばれた歪な因縁だ。間違っても、好意的な解釈をするつもりはない。

 しかし、桜の魔女はそれを理由に日奈の命を救った。覚えていない繋がりを理由に、親としての責務を果たすために。


 日奈が倒したかった、あの桜の魔女はもういない。いるのは、今日奈の腕の中にいるのは、子どもを守ろうと命を張った母親だった。


「がはっ……!」


 ヤエザクラの太い幹に、圭太の体が叩きつけられる。振動は木全体に伝わり、いくつもの桜の花弁を新たに降らせる。


「本当に、余計なことをしてくれたものだ。言っただろう? 桜の魔女を狙うなら容赦はしないと。おかげで、私の大切な彼女が傷ついてしまったではないか」


 たった今の悲劇も、抱えた恩人も、彼女の思いも、全てを踏みにじる。重く、響きのある声には、心の底からの軽蔑が込められていた。


「社長、桜の魔女をお願い」


「ああ……」


 その直前、桜の魔女は言った。「私と智恵理を解放して。ヤエザクラを必ず壊して」と。

 力強く頷いた後、桜の魔女を市原に預け、日奈は立ち上がる。


 そして、眼前の敵を見据えた。

 青白い肌をした、痩せぎすの男。万葉で暮らす者なら誰もが知る姿が、そこにはあった。


「絶対に許さないから」

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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