Case04.桜の魔女#14
「ねぇ、桜の魔女。聞いてもいい?」
「何かな?」
「あなたは、ここから外に出たことないって言ったよね。それなら、どうしてアタシたちを『子どもたち』なんて呼び方したの?」
考えてみればおかしな話だ。桜の魔女は、異能者を作るに至った自分の背景を覚えていない。にもかかわらず、異能者である日奈たちを”子ども”と表した。
その違和感が、日奈にはずっと引っかかっていた。
「魔女さんが教えてくれたんだ。今日、あなたの子どもたちがここを訪れますって。だから私、てっきりあなたたちのことなのかなって。先に着いた二人にも、同じことを言ったもの」
それを確認しようと、日奈は市原に目線で問いかける。市原は、静かに首肯した。蛇の魔女も目を閉じ、それに同意していた。
「その魔女って、男性? それとも女性?」
男性であれば、血の魔女。女性であれば、星の魔女で確定だ。
桜の魔女は、間を置かずに答える。
「女性だよ。真っ黒な服を着た、可愛らしい魔女さん」
その話を聞いて、血の魔女が日奈たちの襲撃を察した可能性もある。そうなると、市議会に出席していることには疑問が残るのだが。
とはいえ、血の魔女が今日のことを知る機会はあったということだ。けれど、これについて星の魔女を責めようという気は起きなかった。
彼女は懺悔したかったのだろう。自分の行いが生み出した桜の魔女、それを打倒しようとする存在を自分で招いた。身勝手にも思えるその後始末を、星の魔女はヤエザクラを通して告白したのだ。
「そっか。……もう、異能を与えたりはしてないんだよね?」
「異能?」
この反応が、新たに異能者が生まれていないことを決定づけた。桜の魔女は、血の魔女への憎悪を忘れてしまった。つまり、それは復讐の終わりを意味している。
「あんたは使えないのか? 異能……その、魔女の力を」
「私の力は、昔に切り分けられちゃったみたいなの。今できるのは、この領域を維持することだけ。戦う力なんて、これっぽっちもないんだから」
桜の魔女は、両手を顔の高さまで上げる。それはまるで、降参のポーズを取っているように見えた。
異能者を生み出す過程で、桜の魔女は自身の異能を擦り減らしていった。
例えば、力と一緒に記憶も分配していたとしたら。目の前の桜の魔女が、記憶を失っている理由も説明できそうだ。
(まぁ、その肝心の記憶を、アタシたちは全く思い出せないんだけど)
となれば、この推論は間違いなのだろう。それよりも、考えるべきはここからいかにしてヤエザクラを破壊するかだ。
智恵理の生命活動を終わらせるためには、同化しているヤエザクラごと打ち壊す必要がある。
文字通り、”ひとりあそび”でも骨の――爪の折れる作業だ。
(試したことないけど、十本全部使えば壊せるよね。でも、血の魔女と戦う用にも残しておきたいし……)
「ちえ――……桜の魔女。私たちは、君を、ヤエザクラを消し去るために来た。何も知らない君には酷な話だろうが、君がいる限り苦しみ続ける人がいる。それを救う方法は、我々にとってこれしかないんだ」
日奈が逡巡している間、市原が淡々と話し始める。抑揚を抑えなければ、感情が表に出てしまう。そんな葛藤が、声の震えから感じられた。
桜の魔女は、視線をふっとヤエザクラに向ける。その眼差しが慈愛に満ちていたのを、日奈は見逃さなかった。
そして歩み寄り、桜の魔女はヤエザクラの幹に手を触れる。
「……彼女のことかな。私、ずっと不思議だったの。私がどうしてここに一人きりなのか、彼女がどうして桜と混ざり合ってるのか。記憶がない私には、何も分からない。それでも、私にとって彼女が特別な誰かだってことだけは分かってたんだ。――そっか……彼女は私で、私は彼女なんだね」
「思い出したの?」
「ううん、全然。けど、やっと謎が解けた気がするの。私と智恵理がそっくりな理由も、私がここを離れられない理由も、それなら納得できるでしょ?」
桜の魔女の行動範囲は、元からヤエザクラの近くに限られている。しかし、残された力が少ない今、もうこの領域でしか活動できないのかもしれない。それが桜の魔女の世界で、彼女の全てということだ。
日奈は、桜の魔女の領域を見渡す。青空の下、桃色の花弁が舞う幻想的な光景だ。だが、人が一生を終えるには、ここはあまりにも狭すぎる。それはもちろん、魔女であっても同じだ。桜の魔女は、これまでここに囚われてきた。血の魔女の謀略によって、彼の欲望を満たすために。
血の魔女を倒すという決心が、桜の魔女を、ヤエザクラを打ち砕く決心を鈍らせる。ずっと求めていた呪いの根源なのに、これが自分の使命だと思っていたはずなのに。桜の魔女の心に触れて、日奈は躊躇いを取り除けなかった。
「アタシがやらないと……でも、そしたら桜の魔女は……」
「やっと自由になれるんだよね。ひょっとしたら、私はずっとあなたを待ってたのかも。私の孤独を終わらせてくれる、そんな救世主を」
二の足を踏む日奈の背中を押したのは、他ならぬ桜の魔女だった。
救世主なんて、大層なものじゃない。自分もきっと魔女と同じなのだと、日奈は思った。誰かを救うために、誰かを排除しなければならない。正義を証明するということは、他の正義を打倒することだと知った。
それでも成し遂げなければならないのは、それを待ってくれている人たちがいるから。自分勝手な欲望を叶えるのではなく、人々の望みを、願いを叶えるため。そのために、日奈はここに立っている。
(これから倒そうとしてる相手に勇気づけられるとか、本当笑っちゃうよね)
日奈の口角が持ち上がる。それは、虚勢でも作り笑いでもない。ヒーローが浮かべる、自信に満ちた笑みだった。
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