Case04.桜の魔女#12
ユニーク600PV突破、ありがとうございます。
軽い咳払いを挟んだ市原は、星の魔女に尋ねる。
「ところで、ここに現れたということは、その案内とやらをしにきたのかな?」
「……はい。ご迷惑で、なければ……」
星の魔女が制御室を訪れた理由。それは、ヤエザクラまでの道案内をするためだった。
一度は裏切りを警戒したが、予知を見てしまうというイレギュラーがあってなお、星の魔女はこうして自分たちのもとへ来てくれた。今は、その行動を信じてもいいと思った。
防衛システムは、制御室にいる怜によって完全に沈黙している。あとは、いち早く目的地を目指すだけだ。
頼りない背中を追うことしばらく、星の魔女が足を止める。それを見て、連れ歩く全員の歩みも止まる。
「着きました……この先が、ヤエザクラになります」
ここから先は、別の世界だ。そう言わんばかりに、等間隔に木製の杭が打ち込まれている。木目は赤黒く染まっており、自然に発生したとは思えない色合いをしていた。ヤエザクラを囲んでいるであろうそれは、結界を思わせる佇まいだった。
何者をも桜の魔女に近づけたくはないという、血の魔女の執念を感じ取れる。
「この先に、桜の魔女が……」
「智恵理……」
その名前を呼ぶ市原の声は、一人の男として覚悟に満ちていた。
愛する人を弔うため、今日という日までこぎつけた。再会はもう目の前まで迫っている。あとは、その一歩を日奈たちと踏み出すだけだ。
「みんな、行こう」
その言葉を合図に、空気が張り詰める。適度な緊張感は、より良い能力を発揮させると聞いたことがある。
(それなら、今のアタシたちは最高最強ってことじゃん!)
「皆さん……どうかお気を付けて……」
頭を下げた星の魔女に背中を向け、日奈は拳を天高く突き上げた。
柱の向こうに足を踏み入れると、日奈たちの姿は光に包まれ、一瞬にして消えてしまう。それを見届けた星の魔女は、ぽつりと呟く。
「……これで、良かったんですよね……」
果たして、誰に向けられた問いなのか。それを知るのは、星の魔女以外にいなかった。
◇
「うわああああっ!!!!」
一方、日奈たちの旅路は上空へと移行していた。何が起こったかは分からない。分かることは、体と地面との距離をどんどんと縮めていること。代わりに、空からは遠ざかっていくばかりだ。
ヤエザクラを隔てる杭の先を跨いだ途端、全てを眩い光が覆った。気付けば、この通り空の上。これが日奈にできる状況説明だ。
目下にはヤエザクラが見える。つまり、転移させられたわけではない。けれど、さっきまでいた場所とは雰囲気が違う。本当に、あそこは結界だったのかもしれない。
罠? 異能? そんなことすらまともに思考できないほど、この空の旅(落下)に日奈は慌てていた。
「深山!」
冷静さを失いそうな日奈の名前を、慣れ親しんだ声が呼ぶ。
重力に抗って、声のする方へと体を回す。
「圭太……!」
「掴まれ!」
伸ばされた手。それを掴もうと、空気を掻く。水中と違い、その動きが推進力を生むことはない。だが、水中と同じく、じたばた動けば下に引きずり込まれる。
正面にいたはずの圭太も、見上げなければいけないほどの高さにいる。日奈は、圭太よりも早く地面に近づいていた。
「くそっ……!」
頭上で圭太の苦しげな呻きが聞こえる。直後、僅かな強引さと共に、日奈の体を温かさが包んだ。落下中に感じていた、流れに逆らうような冷気から何かが守ってくれているのだ。
日奈は身をよじり、その正体を探ろうとする。
「わっ、圭太!?」
「あんま見るなって……」
日奈は今、圭太の腕の中にいた。そのせいか、これまで経験したことがないほどに、二人の顔は接近しているのだ。指五本――手の平ほどしかない距離は、現状とは別の意味で日奈の心臓をうるさく鳴らしていた。
「これ、ちょっといいかも……」
「馬鹿なこと言うな! 俺たち落ちてるんだぞ!」
「あっ、そうだった! やばいじゃん! 社長と蛇さんは?」
「まだ見つかってない!」
確実に意思疎通をするため、二人は声を張り上げる。
会話する余裕は生まれたものの、ここは未だ空の上。蛇の魔女は”蛇輪”があるからいいとしても、市原がこの高さから墜下すれば即死だ。
仲間の安否も大事だが、このまま落ちれば日奈も圭太も間違いなく死んでしまう。
「探さないとっていっても、アタシたちもギリギリだよね!」
「少なくとも、俺は深山を守るので精一杯だ!」
吊り橋効果なんて信じていなかったが、これはもしかするともしかしてしまいそうだ。
しかし、日奈の隣は怜が予約済みだ。
(そしたら、もうアタシが真ん中になるしかないよね……)
満更でもない。そんな日奈の脳内が反映されたかのように、突然体がふわりと軽くなる。
「……なんだ?」
耳元でうるさかった風切り音も消え、圭太の戸惑いが鮮明に鼓膜に届く。
「わっ、どうしたの?」
自分を抱く圭太の体が、薄桃色の光を纏っていることに気付く。圭太だけじゃない、日奈の体も同じ色で光り輝いていた。
そして、落下の速度は緩慢になり、何かに呼ばれるように日奈たちの体は地上に運ばれた。
「っとと……なんでか無事、みたいだね」
「ああ……」
助かったのだが、どうにも腑に落ちない。一連の出来事、それからこの空間は、一体なんなのか。
ふと、日奈の視界に一枚の花弁が割り込む。それは風の影響を受け、不規則な軌道を辿る。その向こう、ヤエザクラの幹に日奈は人影を見つけた。
ワンピースのような、白いゆったりとした服を身に着け、椅子に腰掛ける女性。女性の前には、白い布がかかった小さなテーブルがある。机上のアイテムを見るに、茶会を楽しんでいるようだった。
「……あなたは誰?」
思わず、日奈は問いかける。
その答えは限りなく一つに近い。この場で、日奈が顔を知らない相手は一人しかいなかった。
それでも聞かなければならない。ここが、自分たちが歩んできたこれまでの終着点だと確信するために。
「ようこそ、子どもたち。私は桜の魔女、ここの主よ」
女性――桜の魔女は、臆することも警戒することもなく、ただ微笑みをたたえて言った。
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