Case04.桜の魔女#9
「市長が市議会に出席してることは、議事堂のカメラで確認してる。星の魔女の話は本当だったみたい」
道すがら、怜が得た情報を簡潔に伝える。
神山のシステムは一般では流通していない、門外不出の代物だ。ミスを起こさないためにも、できるだけ内部に干渉するべきだというのが、怜の意向だった。
現在、怜の操作するドローンがセキュリティを掻い潜り、一足先に制御室へと向かっている。計画では、このドローンでシステムの支配を手にする算段だ。
だが――
「お前たち! ここで何をしている!」
「見張り? この辺りにはいないはずじゃ……」
圭太は困惑を隠せないでいる。
そびえる神山が目に入った時分。日奈たちを呼び止めたのは、警備服を着た男だった。
事前の調査でも、外周に警備がいることは分かっていた。しかし、それはあくまで神山の際に配置されているはず。決して、神山周辺の巡回まではしていなかった。
「いやー、アタシたちは通りかかっただけで……」
「ふん、上手な嘘のつき方も学校で習っておくんだったな。お前、学生だろ? 平日の真昼間から大人連中と散歩か?」
男は、背後の市原や蛇の魔女に目を向けて、鼻を鳴らす。
平日でも、構わず任務に勤しんでいたことが仇となった。自分の風体とこの言い訳では、さすがに無理があった。第一印象を悪くしたと、日奈は歯噛みする。
その苦い表情を見て、警備の男は薄く笑う。
「警備の範囲を広げて正解だったみたいだな。市長の勘はよく当たるんだ」
(アタシたちが来るって、分かってたってこと? でも、それを知る方法は星の魔女しか――)
そこまで考えて、日奈は自分の浅はかさを思い知る。
これは罠だったのだ。血の魔女が異能者を魔女にして、その魔女を万屋が討伐する。これでは互いにいたちごっこで、目の上のたんこぶを排除することはできない。
であれば、どうするか。答えは簡単だ。何かを囮に誘い出して、一網打尽にすればいい。
吉野の不在という誘惑で決行日を指定したのも、反撃の準備を整えていたと考れば納得がいってしまう。
「……完全にハメられたってわけか」
「俺は運がいい。ここで功績を上げれば、昇給間違いなしだ」
「(どうする? ドローンは制御室に着いたから、命令すれば偽のアラートは出せるけど)」
隣の怜が、小声で言う。顔の角度は変えず、男を見据えたままだ。
仮にアラートを出したとして、今後の道中は警戒が高まった警備を相手しなければならなくなる。
日奈は、異能を持たない人間とあまり戦いたくはなかった。できるだけ穏便に、背後から気絶させるつもりでいた。
そのために、富士お手製の催眠鎮静剤も貰ってきた。ハンカチに染み込ませれば、イチコロだと豪語していたのを覚えている。
問題は、相手が眼前で対峙しているということ。現状では、富士の薬に頼ることもできない。
「(この人の通信機に、嘘の報告を伝えるってのは?)」
「(合成音声を作るのに、少し時間がかかる。今から全力でやるけど、間に合う保証はない)」
そのやり取りに、男が目を細める。何か聞かれてしまっただろうか。
「ん? 何ぶつくさ言ってんだ。今さら作戦会議か? 無駄な足掻きはやめとくんだな」
ここは怜の作業が終わるまで、時間を稼ぐしかないようだ。とはいえ、日奈たちにとっては最上級職の市原も、この場では一介の成人男性でしかない。権力で黙らせようとするには、相手が悪かった。
「無駄な足掻きとは、心外ね。いい? 物語の主人公っていうのは、足掻いてこそ最後に勝利を勝ち取るものよ」
ふと、蛇の魔女が口を開いた。
日奈には意外だった。ここでどう困難を乗り越えるのか。それを静観するものだとばかり思っていた。
(……いや、まだ助けるつもりかは分からないか)
「何言ってんだ、あんた? ここはお話の中じゃない、現実なんだ」
「そうね。じゃあ、これを見ても現実を受け入れられるかしら?」
そう言うや否や、蛇の魔女は己の手刀で左腕を切り落とす。前腕の半分がポトリと地面に落ち、断面からは血が溢れる。
「おい……おいおい……」
「ちょっと蛇さん! 何やってるの!?」
呆気に取られる男はさておき、慌てる日奈に蛇の魔女は肩を竦める。
「心配いらないって、日奈さんなら知っているでしょう?」
直後、赤黒い傷口から白い蛇が無数に発生し、複雑に絡み合い始める。蛇の集合体が元あった腕の形を形成すると、やがて蛇は最初からいなかったかのように肌に定着した。
ものの数分の出来事。切り落とされた腕は再生し、かつての機能を完全に取り戻していた。
「これが、”蛇輪”……」
「ちっ……」
初見の怜と、討伐作戦で戦った圭太とでは、反応に大きな差がある。特に圭太は、倒し切れなかった当時を思い出し、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
初見とはいえ、怜も異能を知る側だから耐性はある。しかし、警備の男はただの人間。異能のいの字も知らずに生きてきた。だから、蛇の魔女の奇行を解体ショーだと揶揄する余裕もない。
「何が……どうなってるんだよ……」
「あら、信じられないものを見た時に頬を摘まむっていうのは、本当だったのね。勉強になるわ。けれどごめんなさいね、あなたが言った通り、ここはお話の中じゃなくて現実なの」
「あ、ああ……うわあああああ!!」
蛇の魔女の意趣返しを最後に、男は発狂してその場を立ち去った。
敵ながら同情してしまいそうになるが、おかげでピンチは乗り越えられた。
「蛇さん、ありがと」
「お礼には早いわよ。見せてくれるんでしょう? この物語のラストを」
「蛇さんが助太刀に入ってくれるなんて、びっくりしたよ。絶対後ろでニヤニヤしてると思ってた」
「私のこと、一体なんだと思っているのかしら……。さっきも言ったけど、私は物語のラストが見たいの。食べたいのはメインディッシュだけ。前菜はもういらないわ」
それだけ言うと、蛇の魔女は先へと歩き出してしまう。
その立ち位置は、主人公の場所じゃないのか。そんなツッコミは心の中で済ませる。
敵が包囲網を敷いているのなら、おそらく想定よりも時間はない。足早に行動するのは、日奈も賛成だった。
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