Case04.桜の魔女#6
日奈が星の魔女と相見えていた頃、怜はとある場所を訪れていた。
日奈との通信を切って、彼女が家に帰る前に、怜にはやらねばならないことがあった。
「はぁっ、はぁっ……!」
時間はあまり残されていないだろう。だから怜は、地面を蹴り、目的地までの道のりを駆けた。
真っ白な空間は沈黙し、今や侵入者を知らせる声を失っている。
怜の異能”孤独な論理”にかかれば、機械頼りの警備を突破するなど容易かった。
例えばそう、現在進行形で怜が不法侵入をしている万屋の地下であっても、結果は同じだった。
パスワードの入力も、物理的な鍵の挿入も必要ない。指先で命令すれば、システムは即座に首を垂れた。
白い壁のその奥、透明な仕切りで隔離されたそこで、怜は目的の人物――魔女に呼びかけた。
「はぁっ、話があるの……」
「あら? その声はもしかして、カメラのハッキングをした子かしら。はじめまして、私に何か用?」
音声で聞いていた時と変わらない、どこか余裕に満ちた態度。下手に信用すれば、足元を掬われそうな恐ろしさがあった。
「原始の魔女について知ってるんでしょ? 教えてほしいの、私がどうするべきか」
怜は、単刀直入に用件を伝える。はぐらかして時間をかけてはいられなかった。できれば、日奈が帰る前には家に戻っていたい。
「知っているって言っても、私の知識は血の魔女から得た物だから。あなたが思っているみたいに、なんでも答えられるって感じじゃないのよね」
「……でも、これが魔女のロケットかどうかは分かるんじゃない?」
すると、飄々と思われていた蛇の魔女の表情に、想定外の色が滲んだ。隠し切れない興味と、拭い去れない緊張のようなものだ。
怜は、ポケットから小さなペンダントを取り出す。それは以前、日奈にも発見されたもの。その時は、咄嗟に母の形見だと言い訳したことを覚えている。
日奈に触られるわけにはいかなかった。これが魔女の、原始の魔女の証であることは、生まれたての怜も遺伝子で理解していたから。
できれば目にも触れさせたくはなかった。それでも、どこかに隠したり、捨てたり燃やしたりすることはできず、肌身離さず持っていたのだ。
自分自身に関する、唯一といってもいい手がかりが、このロケットだった。
「あなたを一目見た時、肌を刺すような感覚があった。久しぶりに思い出したわ。自分より上位の存在――原始の魔女と対峙していた時の感覚をね」
回りくどい言い振りだが、要は怜が原始の魔女であるとを認めたということだ。
「私が人間じゃないってことは、生まれた時から分かってた。でも、バレなきゃ問題ない。擬態してれば上手くやれると思ってた」
これは、怜にとっての懺悔のようなものだった。これまで自分を信じてくれた日奈へ、自分が殺してきた多くの人への。
自分はもっと早く一人になるべきだったのだ。誰かと交流することもなく、ただひっそりと生活するのがお似合いだ。
「あなたの性は、そんなに大きなものだったの?」
「私と一緒にいる人間は、近いうちに必ず死ぬ。ううん、私が独りになるように人が死んでいくの。だって私は、孤の魔女だから」
「……そう」
「原始の魔女の話をしてる時に、あなた言ったでしょ? 『本人の思いにかかわらず、一つの運命に収束させてしまう魔女もいる』って。それでようやく確信できた。私の性が、周りの人を殺してきたんだって」
孤独という運命に収束するため、孤の魔女は人を殺してきた。もちろん、怜が手を下したわけではない。それでも、誰かと共にいる温かさを知れば、それはすぐに亡骸の冷たさへと変わってしまった。
孤児院での事故もそうだ。あの時、怜は直感してしまった。この集団死は、自分が撒いたウイルスであると。
異能のおかげか無事だった日奈を置いて、怜はどこかに消えてしまおうと思った。けれど、日奈はそれを許さなかった。
「『アタシの家族は、もう怜しかいないから。だから絶対に離れたりしないで』。日奈はそう言ってくれた。当時は私もまだ動揺してて、覚悟を決めたはずなのに、日奈の優しさに縋ってしまった。そしたら――」
「呪いが発現したってことね」
継いだ蛇の魔女の言葉に、怜は頷く。
原始の魔女の性には抗えない。その重みを、怜はよく知っている。自分の欲に働きかけるものなら、どれだけの衝動に駆られているか。あの作戦会議の場で、おそらく自分だけが血の魔女に同情していたのだと思う。
「このまま自分が日奈さんと一緒にいれば、きっと次の戦闘で彼女は死んでしまう。あなたはそう言いたいわけね?」
「そうならないためにサポートしようと、私も神山に同行することにした。けど、分かってる。そうやって近くにいることが、日奈の命を危険に晒してるんだって」
近頃の魔女との戦闘で、日奈が窮地に陥っていたのはその兆候だと感じていた。このまま日奈が魔女と戦闘を続ければ、近い将来命を落としてしまうと。
その矢先に、桜の魔女と血の魔女の話だ。怜からすれば、運命の悪戯という他ない。
「私が言うのもなんだけどね、あなたは日奈さんのことを信じていないの?」
「そんなことは……! 私はただ、日奈が心配で……」
「本当に信じているなら、分かるはずよ。日奈さんは、あなたの性を知ったとしても離れることを選ばない。それにあの子なら、原始の魔女の性の一つや二つ、平気で克服しそうじゃない?」
蛇の魔女が言っているのは、希望的観測に過ぎない。それどころか、怜にだけ都合が良く、耳障りだけがいい言葉だ。
だけど、それなのに。日奈ならもしかしたら、そう思わせてくれるだけの光が彼女にはあると、怜は期待してしまった。
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