Case04.桜の魔女#4
話を終え、一行は解散することに。日奈と圭太も、それぞれに帰路についた。
すでに暗くなった夜の町に、日奈はひとりごちる。
「いやー、それにしてもすっごい一日だったなー」
そう、驚くべきことに全ての真相が今日という日に凝縮していたのだ。
倒の魔女との戦闘を経て、蛇の魔女との情報共有、市原を追及し、桜の魔女討伐の作戦会議をして。今までの人生の中で、最も濃密な一日だったと断言できる。
けれど、この戦いに決着をつけることができれば、これからの未来にも目を向けられる。もしかすると、まだ見ぬ波乱万丈――今日を超えるような衝撃的な日がやってくるかもしれない。
それに思いを馳せるためには、まずは目の前の敵を倒さなければならない。桜の魔女と血の魔女を。
ふと、独り言への返事とは違う形で、怜が口を開いた。
「日奈、私も神山に行ってもいい?」
「え!? どういう心境の変化? ってか、怜は家じゃないと異能使えなくない?」
「……別に、端末があればできるけど。そうじゃなくて、もう一人にされるのが嫌なの。ただでさえ最近戦った魔女は強くて、日奈のことが心配だったのに、次戦うのは桜の魔女でしょ。日奈と連絡が取れなくて、どれだけ不安になったか分かってる?」
鏡の魔女も倒の魔女も、仲間の助けがあってどうにか勝てた相手だった。それがなければ、こうして怜と話ができていたかも分からない。
自分が窮地に陥る度、怜が不安に駆られていたとしたら。そう考えると、この申し出も突然のものではないように感じた。
それに、もっともらしい理由をつけるのではなく、一人にされたくないとはっきり言葉にしてくれた。日奈にはそれが嬉しかった。
「うん、分かった。素直な怜に免じて、アタシが特別に許可します。でも、怜が戦場にいると、アタシ弱くなっちゃうかもな。もし怜が狙われたりしたら、きっとアタシ飛び出しちゃうだろうし」
「安全なところに隠れてるから、私のことは心配しないでほしい。……って言っても、日奈には迷惑をかけちゃうと思うけど」
提案を快諾されると思っていなかったのか、怜は少ししおらしい。心のどこかで迷いがあるのだろう。それを吹き飛ばそうと、日奈は鼓舞するように言葉を選ぶ。
「いいのいいの! 迷惑ならアタシだってかけてるんだしさ! かけあってなんぼみたいな!」
「……うん」
そう短く言葉を返すと、怜は用があると通信を切った。日奈としては、家に帰るその瞬間までこうして話していたかった。しかし、用があると言われてしまえば強くは出られない。
ひょっとすると、神山のセキュリティへの対策を練っているのかもしれない。今回の怜の仕事は、日奈のバックアップという本来の役割からは逸れている。かかる負荷も大きくなることが予想できる。
(怜の声が聞こえないだけで、なんか寂しいな……)
あったものがなくなったことと、夜の静けさが混じって、ぽっかりと胸に空いたような気分だ。怜の気持ちを、思いがけず経験する形となった。
怜と違うのは、この孤独の時間に相手が命の危機に瀕してはいないということ。今、怜が何者かと戦っていて、命を危険に晒しているとしたら、日奈は居ても立っても居られなかったはずだ。
「こんばんは」
そんな風に感傷に溺れていたところに、声がかかる。話しかけてきたのは、日奈の正面に立ちはだかった女性。真っ黒な服に全身を包んだその女性に、日奈は見覚えがあった。
今から少し前、復興祭のまさに当日の記憶に彼女の姿が浮かぶ。
「えーっと、市長の奥さん?」
日奈の第一声に、女性は驚いたように目を丸くする。「覚えていてくれたんですね」という発言からも、女性の驚嘆が伝わってくる。
「でも……ちょっと違います。私は、彼の妻ではありません……。ただの、付添い人です……」
「付添い人……」
聞き馴染みのない単語に、日奈は困惑する。そもそも、吉野の付添い人である彼女が自分になんの用があるというのか。
これは自意識過剰なんかではない。目の前の女性は、間違いなく日奈に接触するために現れた。そうでなければ、日奈の進路を塞ぐ立ち位置を選ぶはずがない。
「……あなたに、お願いがあるんです。少し……お時間よろしいでしょうか?」
胡桃色の瞳に見つめられ、日奈は断ろうという気を失ってしまった。このおどおどした喋り方もそうだが、なんだかこの女性は庇護欲を煽ってくるのだ。そうやって下手に出られると、ノーとは言いづらい。
(まぁ、怜も忙しいみたいだし、ちょっとくらい帰るの遅くなっても大丈夫だよね)
自分の中で納得のいく理由を用意し、日奈は女性と連れ立った。
「うわー、おしゃれだ……」
「気に入っていただけて……何よりです」
到着したのは、木目の外観が目を引くカフェ。内装を覗けるガラス張りの入り口からは、夕日色の明かりが仄かに漏れている。
日奈の人生において、この手のカフェは経験がなかった。甘い物が飲みたくなったらチェーン店を利用していたし、飲食店といえば専らポンドCを選んでいた。
外見からして、女性は日奈よりも年上。天城と同じくらいの、三十代といったところだろうか。
(大人の女性の行きつけって、こういうところなのかな……)
蛇の魔女とは違う、新たな憧れの女性を前にして、日奈の精神は緊張を感じ始めていた。
しかし、その緊張はすぐに強まることとなった。
席に着いた女性は、日奈の予想外の方向から話を切り出してきた。
「申し遅れました……。私は星の魔女、そちらで捕らえられている……蛇の魔女の顔馴染み、です」
「星の、魔女」
いきなりの告白に、日奈の頭は追いつけていなかった。
ただ、言われたことを繰り返すだけ。だが、そのオウム返しが耳に届いた時、日奈は衝撃のあまり立ち上がってしまう。
「なんでここに!?」
日没後の静寂を、店内の閑静な雰囲気を楽しもうとしていた他の客が、日奈に鋭い視線を向ける。肩身の狭さを感じた日奈は、身を縮ませて、声を潜めて対面する女性――星の魔女に問う。
「どういうつもり? あなたは、アタシたちの敵なんじゃないの?」
「敵……たしかに、その表し方が適切かもしれませんね……。でも、だからこそ……こうして内密にお願いに、きたんです……」
これが罠なら、星の魔女は相当の策士だ。あるいは、血の魔女からの指示で動いているのかもしれない。
そう疑るべきはずなのに、たどたどしい物言いと気弱そうな態度は、確実に日奈の警戒心を解いていた。
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