Case04.桜の魔女#2
蛇の魔女が話始めたのは、この土地が万葉と呼ばれる前、まだ千葉と呼ばれていた時代のことだった。
つまりは隕石が落ちてくるよりも過去、市原と智恵理も平和を享受していたあの頃だ。
「……実は私、魔女になる前は重病を患っていたの。二十四の時かしら、お医者様に治る見込みはないと言われて絶望したわ。ようやく目指していた作家への道が繋がりそうだったのに、神様はどうして試練を用意するかって当たり散らそうともしたわね。けれど、病気が進行していた私は、もう体を満足に動かすこともできなくなっていた」
蛇の魔女の素性を聞くのは、これが初めてだった。思えば、日奈は蛇の魔女自身について尋ねることはほとんどなかった。話題はいつも、自分の置かれている状況や桜の魔女についての話。三十分の時間制限があるとはいえ、振り返ってみると自分よがりな話し方をしていたのかもしれない。だから、この話はやけに新鮮味があった。
「夢を諦め、寝たきりの人生は死んだも同然だったわ。また昔みたいに自分の足と五感で感性を育てたい、天井だけを見つめる生活を飛び出したかった。その願いが聞き届けられたのかと思ったわ、血の魔女が私の前に現れた時は」
「血の魔女……その魔女が、蛇さんを魔女にしたんだよね?」
「ええ、そうよ。病室を訪れた彼は――」
「少し質問させてもらってもいいかな」
名乗り出たのは意外な人物。市原は、蛇の魔女にこう質問した。
「彼と言ったね。その男の容貌について、覚えている限り教えてくれないかな」
このやり取りから分かるのは、倒の魔女と同様に血の魔女も男性だということだ。
蛇の魔女を生み出したということは、血の魔女が原始の魔女であることは確かだ。市原は、血の魔女こそが、桜の魔女が殺そうとしている魔女だと考えているのだろう。
日奈にも、正体を突き止めたい魔女がいた。それは、倒の魔女にロケットを渡したという原始の魔女だ。あの加工された声と一人称だけでは、性別を特定することもできない。
ひょっとすると、そんな希望を抱いて蛇の魔女の回答を待った。
「そうね……申し訳ないけど、特徴のない男だったの。背は高かったわね、かなり。髪色は黒、でもゆったりした服を着ていたから、体格は分からないわ」
「年も分からないのかい?」
「若かったと思うわ。私よりも年下だったんじゃないかしら」
得られた情報は少ない。これだけで誰かと断定できるものではなかった。
「蛇さん、原始の魔女も年を取るの?」
「魔女も、寿命は人間と同じらしいわ。だからきっと、外見だけで言うなら今は五十代くらいかしらね」
容姿から判断する限り、蛇の魔女は二十代のままだ。これはおそらく、彼女の異能――死から使用者を遠ざける”蛇輪”の力なのだろう。原始の魔女ですら抗えない老いの影響を、蛇の魔女は一切受けていなかった。
「話を戻すわね。私の病室を訪れた血の魔女は、こう言ったの。『まだ生きたくないか?』って。私は答えたわ、自分の足で歩けないようなら、今すぐ死んでも構わないってね。ねぇ坊や、そしたら血の魔女はなんて言ったと思う?」
「坊やって俺のことだよな……」
突然指名された圭太は、嫌そうな顔を取り繕うともしない。作戦会議前の問答で、蛇の魔女からのおもちゃ扱いが決定したらしい。
(蛇さんの相手は大変だぞー……)
なんて他人事に考えながら、日奈は圭太を哀れんだ。
「話の流れからして、魔女になるよう勧められたんだろ。魔女になれば、病気程度跳ねのけられるって」
おちょくられていても、そこはしっかりと秀才っぷりを発揮する。圭太の答えに、蛇の魔女は満足そうに言った。
「大正解よ。二つ返事で受け入れた私に、血の魔女はロケットを取り出した。私を魔女にした、大事なロケットのことは今でも覚えている。真鍮の色合いが綺麗なロケットだったわ。そうして異能を手に入れた私は、改めて創作活動に勤しみ始めたの。あなたたちに捕まるまではね」
「それって、まだ桜の魔女が生まれる前のことなんだから、蛇さんは異能者じゃなかったんだよね? 異能を持ってなくても、魔女にはなれるってこと?」
そうなれば、魔女の被害は万葉だけには留まらない。誰でも魔女になる可能性がある世界と戦うには、異能者の数は間違いなく不足していた。
「基本的には、異能者のみという解釈でいいと思うわよ。だから私、倒の魔女の話を訂正するつもりはなかったわ。私は特例でしょうね、本当に死にたくなかったから」
魔女が持つ異能は、魔女になる際の欲望が反映されるという。
蛇の魔女の異能”蛇輪”は、どれだけ傷を負っても完全再生を可能にする力だ。故に殺すことはできず、死ぬこともできない。
市原は、その境遇に智恵理を重ねてしまったのだろう。二人の魔女の違いは、自分から望んだかどうか。結果的に、市原の同情はお門違いだったわけだ。
「血の魔女は、異能者が存在する前から魔女を作ろうとしてたってことだよな。一体、なんの目的があってそんなことを……」
「それが、血の魔女の性だからよ」
性、それは生まれ持った性質。本能とも言い換えられる。蛇の魔女は言った、血の魔女は自分の血を繁栄させたいのだと。
「魔女が、自分を象る欲を害された時に抑えきれない怒りに駆られるって話、日奈さんにはしたわよね」
「うん。聞いたし、実際に見たよ」
正直なところ、それが本当に彼らを象る欲なのかは分からない。ただ、異質な激情に燃える姿は目にしてきた。
「原始の魔女を象る欲はないの。あれをする、こうなるという原理があるだけ。血の魔女なら、自分の血を繁栄させたいという性。他にも、本人の思いにかかわらず、一つの運命に収束させてしまう魔女もいるそうね。まぁ、この話は全部、血の魔女からの受け売りなのだけど」
「一つの運命に収束……」
これまで沈黙を貫いてきた怜が、一言零す。何か気がかりでもあったのだろうか。
「原始の魔女の運命を決めるもの、とでもいいのかしら。ある性を持って生まれた以上、その頸木から逃れることはできないの」
自分の血を広めることに執心する血の魔女。しかし、誕生してから一人の眷属も作ることができていなかった。普通の人間には、魔女の力を受け入れるだけの頑強さはない。
だが、とうとう例外が現れてしまったのだ。
「私という特例が、良くない方に運んだのは事実でしょうね。人間によっては魔女にすることができると、血の魔女が勘違いするきっかけになってしまったから」
蛇の魔女を作って以降、血の魔女はさらに精力的に魔女作りを行うようになった。星の魔女が生まれたのは、ちょうどその時期だったらしい。二度目の特例に、血の魔女は大層喜んだそうだ。
その試行錯誤の過程を、蛇の魔女は静観していたという。
自分を救ってくれた血の魔女を咎めたくはなかったし、創作の役に立つと思ったとは本人の弁だ。
(絶対、二つ目が本命でしょ……)
万葉が千葉だった時代から、蛇の魔女は相変わらずの姿勢だ。日奈は内心で呆れてしまう。
「ずいぶんと回り道をしているようにも思えるが、その血の魔女とやらが桜の魔女とどう関わるのかな?」
市原が急かすように言う。
少し前、彼が話していた時の圭太みたいだ、と日奈は思った。もしかしたら、圭太は自分のことを棚に上げていると感じているかもしれない。
「せっかくこんなにお喋りできる機会があるんだから、もう少し話させてちょうだい。それに、お話には起承転結が大事でしょ?」
見えないはずの蛇の魔女が、笑っているような気がした。
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