Case03.倒の魔女#18
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しばらくして、日奈は通信機に触れる。
「今の話、聞いてた?」
「うん……」
倒の魔女を討伐したことで、逆転させる異能は効力を失った。感度は良好のようだ。だが、怜の返事はどこか歯切れが悪い。
「怜、大丈夫?」
「うん、平気」
「シュークリーム買って帰るからさ。もうちょっとだけ踏ん張ってね」
そう言うと、怜はいつもの淡々とした調子で「分かった」とだけ返した。
(今回もギリギリの戦いだったもんな……。それに、後半怜は一人っきりだったわけだし)
二人で一人。日奈と怜を表すのに、これ以上に適した言葉はなかった。怜も、そう思ってくれているはずだ。だからこそ、欠けた時にバランスが崩れてしまう。
肩を並べて共に戦えたら。そう考えたこともあった。けれど、怜の異能は後方支援専用。戦場に立つには不安が多かった。
「お待たせ」
地上階の入口付近に、圭太を見つける。黒いコートが多少砂に塗れている程度で、負傷らしい負傷はしていなかった。
対して日奈は、全身包帯やら何やらで見るからに怪我人という風貌となっていた。富士の治療とアドレナリンがなければ、今にも気絶しているところだ。
「話はできたのか? その、蛇の魔女と」
「うん、嘘はないってさ」
「そうか……」
圭太の顔が曇る。一度は奮起したとはいえ、これまでの自分たちの戦いを否定するような事実は堪えただろう。できれば嘘であってほしい、そう思いたくなるのも頷けた。
それは日奈も同じだ。人と魔女を天秤にかけた時、日奈は常に人の味方に立ってきたはずだった。しかし、実際は秤に乗せられた二つの根源は同じ、それどころか自分の不甲斐なさが魔女を生み出していたと知った。桜の魔女の討伐が自分の仕事だと考えていた日奈にとって、この事実は自責の念を生み出すものとなっていた。
それでも、止まってはいられない。今この瞬間手遅れでも、さらに手遅れになる前には食い止めることができる。魔女になる同胞をこれ以上増やさないためにも、止まるよりも加速することが求められた。
そのためには、聞きづらいことであっても聞かなければならない。もう迷っている時間もないのだから。
「んじゃ、行こっか」
先導する日奈に、首肯した圭太が続く。目的地は、この先の社長室だ。
ノック三回。来訪を知らせる。
「どうぞ」
天城の声が返ってくる。日奈は大きく息を吐いて、笑顔を被って扉を開けた。
「こんちはー! あ、もうそろこんばんはかな? ただいま戻りましたー」
「おかえり、日奈君。それと圭太君も」
「はい……」
圭太の調子は、訳ありだということが丸分かりだ。せっかくの日奈の明るさも、これでは水の泡だ。
不器用なのだと茶々を入れるつもりはない。あの事実に直面して、いつも通り振舞えている自分の方が異常なのだと、日奈もそれくらいは分かっていた。
だが、客観的に見れば温度差があることに変わりはない。その証拠に、市原と天城は次の言葉を選んでいるように見えた。
「社長、結構大事な話だからさ。今回は隠し事はなしにしない?」
「隠し事かい? 何か言いがかりをつけられているようだが、分かった。聞かれたことをはぐらかさないと約束しよう」
市原は、にこやかな笑みを崩さずに答える。いつもと同じ、日奈のイメージから一分のズレもない、人のいいおじさんの姿をしている。
やっぱり、心の内では何を考えているか掴めない。大人というのはこういうものなのかと、日奈は辟易する。
市原に恨みがあるわけではない。むしろ感謝している。孤児院の事件以降、行き場を失った日奈たちに衣食住を提供してくれた。万屋の仕事を通じて、お金だって貰っている。
けれど、必ず一枚壁を隔てていると感じてならないのだ。その読めない瞳の奥に、自分たちの知らない本性を携えて。
「言質は取ったからね。んじゃ、遠慮なく。――アタシたちの倒してきた魔女が人間だって、知ってたんでしょ?」
その場の空気が固くなる。隣の圭太も、こっちに動揺した視線を向けているのを感じる。目を閉じ、市原の傍らに控える天城もおそらく知っていたのだろう。
市原がそれを知っていたとしたら。少年少女に、同胞殺しを指示していたということになる。そしてこれは、これまで日奈が抱いていた疑問を解消することにも繋がる。
「答える前に、どうしてそう思ったのか聞かせてもらえるかい?」
「蛇の魔女だよ。いくら殺せないからって、魔女にあそこまでの生活させる必要なんてないよね? それに、蛇の魔女の話をする時の社長の目、敵だと思ってないみたいだった」
「……そうか。目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ」
それだけ感想を零すと、市原は机上に両肘を乗せる。組まれた両手は、決心の表れだろうか。
やがて、白状するように重い声音で口を開いた。
「正解だよ。私は、魔女の成り立ちを知っていた。蛇の魔女のかつてを知っているわけではないが、つい同情してしまったんだよ。魔女となった結果、死ねない苦しみと同居することになった彼女にね」
「それを知っててどうして……! 俺たちに、魔女狩りを……」
咄嗟に声を発した圭太だったが、それは尻すぼみに小さくなっていく。
「魔女に対抗できるのは異能者だけだ。私には戦いたくても、戦う力はない。その役割を君たちに押しつけたことは申し訳ないと思っている。その真実に辿り着けば力を手放すと考え、一切の情報を開示しなかった。すまない」
伏せられた目元から、罪の意識があることは伝わってきた。後ろめたいのなら、初めからやるべきではないというのが正直な感想だった。
だが、最初から人間を殺してくれと言われて、万屋に入る異能者がいるわけないというのも納得だ。誰もが魔女は人類の敵だと考え、異能を与えられた責務を全うしようしていた。その志が、人殺しにも同じように向けられるはずがない。市原の思惑は理解できる。だからといって、受け入れられるものではなかった。
「そもそもさ、社長はどうして魔女のことを知ってるの? アタシもみんなも、万屋に入るまでは魔女なんて知らなかったのに。アタシたちの異能も魔女のことも、呪いのことだって社長は全部知ってた。社長は、どこでそれを知ったの?」
異能者でもない一人の男が、万屋という魔女と戦う異能集団を組織した。疑問と矛盾に満ちた成立を、誰も聞こうとはしなかった。それは偏に、万屋が正義の組織だと信じていたからだ。
結成秘話など知らなくても、正しい行いをしているのだからそれでいいと。無知を恐れないという若さ故の考え方が、今日まで万屋の裏の顔を秘匿させ続けていたのだ。
「まさか、ここまで追いつめられるとはね。……約束もしてしまったし、私も腹を括ろう。昔話になるけどいいかな?」
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