Case03.倒の魔女#16
日奈の啖呵に圭太は目を見開く。歩んできた道のりは、屍の山だったかもしれない。過去を振り返れば、自分たちは多くの同胞を手にかけてきたのかもしれない。けれど、日奈の瞳は未来だけを見ていた。
「悲しいすれ違いのことは、終わってから考えて! ここでアタシたちが止まったら、それこそ今まで死んだ人たちが報われないよ! 全部アタシのせいにしていいし、アタシを恨んでもいい。だから圭太、今だけは立ち上がって!」
初めて桜に還った仲間を見た時、日奈は悲しみに暮れた。そして誓った、二度と同じ思いをする人を生まないと。しかし、それからも何人もの仲間が桜に還ってしまった。桜の魔女を討伐すれば、この悲しみを断つことができる。
呪いが発現した時に悟った。もう自分には時間がないのだと。だから、蛇の魔女に秘密を打ち明け、桜の魔女の背中を追い求めた。まだその背中は見えないけれど、確実に近づいていると信じて歩んでいる。
怜と約束した。絶対にいなくなったりしないと。全てが終わった時に、怜の隣にいたいと願った。そのためには、呪いの元凶を打ち砕かなければならない。
「……深山」
震える膝を殴りつけ、圭太は刀を拾う。
「前に言っただろ。一人で背負い込むな。罪は、俺たちに平等にある。お前が全部を抱え込む必要はないんだ。桜の魔女を倒したいのは、お前だけじゃない」
言葉が紡がれるにつれて、圭太の表情から暗い色は消えていく。代わりに浮かべた微笑は、背伸びのない年相応の笑みだった。
「でも、助かった。おかげで目が覚めたよ、ありがとう」
それから顔を引き締め、倒の魔女を見据える。
緩慢した空気に、再び緊張感が走る。そんな中でも、圭太の異能に対抗する術を持たないというのに、倒の魔女は軽薄な振る舞いを崩さなかった。
「桜の魔女を倒す? 大きく出たな。ますますお前たちを魔女にしたくなってきたよ! 魔女になれば、桜の魔女だけじゃない、あいつのことだって――」
『あいつ』。そんな気になる単語が出たにもかかわらず、日奈が追及しなかったのは理由があった。
それは単純明快。この戦場に割って入ってきたものがいたからだ。
乱入者といっても姿は見せていない。肉声では再現不能なほどに低くノイズ混じりの声は、倒の魔女の手元――キンギョソウが彫られたロケットから聞こえてきた。
「ついに尻尾を出したな。といっても、私は最初から君を信用してはいなかったが。裏切り者にロケットを持つ資格はない」
「何言ってんだ、馬鹿かお前! これは僕が授かったものだ! いくらお前でも、これを取り上げることなんてできるわけないだろ!」
「それは、私が君に持たせたものだ。反旗を翻そうと魔女を作る行為は、私としても都合が良かったからな」
「この……舐めやがって……!」
ロケット向かって怒りを剥き出しにする様は、外野である日奈と圭太にとって滑稽に映る。
人間を道化だと嘲笑っていた倒の魔女もまた、何者かに踊らされていた哀れなピエロだったのだ。
「まぁいい、今さらバレたって関係ないさ。僕に接触しなければロケットは取り返せないだろ! 目の前に現れた時に殺してやる!!」
「思い込みが愚かだというのは、君の持論だっただろうに。そのロケットは私が渡したもの、破壊なんてどこからでもできるんだよ」
すると、倒の魔女の持っていた銀のロケットが赤黒く色を変え始める。血の色、そう形容したくなるのは今回の戦闘で何度も目にしたからだろうか。
やがて変色したロケットはひび割れ、倒の魔女の手元で砕け散った。それを見つめる倒の魔女の震える唇は、何かを言おうとしていたようにも思えた。
「魔女狩りの子どもたち、桜の魔女を狙うなら私も容赦はしない。大人しく身を引くことを勧める」
呆気に取られた日奈たちに、謎の声が向けられる。物腰は丁寧に感じても、その言葉に込められたのは警告に他ならないと日奈は直感した。
「待って! あなたは誰なの!」
慌てて口に出した問いは、すでに壊れたロケットには届かない。水を打ったような静けさが、倒の魔女の呟きをくっきりと聞かせた。
「嘘だ……僕は……選ばれた、魔女……」
カタカタと歯を鳴らしながら、倒の魔女は膝から崩れ落ちる。両手で顔を覆う姿に、もう元の面影はない。うわごとのように同じことを繰り返すだけで、もう何を聞いても答えは返ってこないと察した。
日奈は”ひとりあそび”を倒の魔女に構える。彼もまた、呪いに抗った異能者の一人だった。
(アタシがもっと早く桜の魔女を倒してたら、この人も魔女にならずにすんだのかな……)
意気が埋没してしまいそうな思考を、頭を振って取り除く。
さっき息巻いたばかりだというのに、もう後ろ向きな考えが過ってしまう。今はそこに足を取られるわけにはいかない。報告するべきことは山ほどあるのだ。それから話し合って、今度の作戦を練らないといけない。きっとしばらくは、忙しくなるだろう。
意を決して、倒の魔女の額に指先を突きつける。その右腕を、ふいに圭太が掴んだ。
「……どうしたの?」
「俺がやる」
「え?」
「そういう役を買って出るな。俺も背負うって言ったはずだぞ。これは……その証明みたいなものだ」
そう言って、圭太は少し乱暴に日奈を倒の魔女から遠ざける。そして、深く息を吸って「”凪”」と唱えた。
命を絶つことに心を揺らさない。彼の異能は、この瞬間に最も適したものだった。
もう、日奈が待ったをかけることはない。今度こそ、圭太の刀は倒の魔女の左胸を貫いた。
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