Case03.倒の魔女#14
「言っておくけどさぁ、二人に増えたからって思い上がるなよ。すでにそっちの女は限界ギリギリだ。あとはお前さえ倒せば、僕の勝ちなんだよ」
戸惑いや怒りは影を潜め、倒の魔女はせせら笑う。彼が傲慢であることは間違ないが、その自信の裏付けは日奈の傷が物語っていた。
倒の魔女は、自分が勝利すると思い込んでいる。日奈にそれを逆転させる異能はなくとも、この戦いでそれをひっくり返してみせるという意気込みに満ちていた。
その鍵となるのが、圭太の存在だ。相手の底は見えていないが、対抗するだけの力を持っていると断言できた。
だからここからの主役は、圭太に譲ることにしよう。
「任せたよ、圭太」
戦闘が始まれば、朱美を回収する隙は必ず生まれる。もう一人で戦っているわけじゃない。手負いであっても、今できることをするべきだ。
「ああ。そっちも頼んだぞ」
「おっけー」
情報共有は済んでいるから、顔を見ずとも言いたいことは伝わる。共に戦うことは初めてでも、肩を並べた時間が心強さをもたらしていた。
圭太の深呼吸が聞こえる。鞘と刀身が擦れる音。もう準備は万端のようだ。
「――”凪”」
圭太の纏う空気がピンと張り詰める。それでいて鋭い印象を与えないのは、清廉さに溢れているからだ。色で言えば白、あるいは透明という表し方もあるかもしれない。
邪悪に染まった倒の魔女が漂わせるものとは対極に位置する、澄んだ水面のような闘気を放っていた。
刀身に映り込んだ日光のきらめきが、日奈の顔に反射する。開戦の狼煙が上がるまでの刹那は、とても静かに感じられた。
「行くぞ」
それだけ言うと、圭太は倒の魔女に向かって駆けた。それに続いて、日奈も朱美のもとへ走り出す。
圭太は柄を両手で握り込み、刃渡り七十センチはあるその刀を顔の横で構え、切っ先で相手を捉える。そのまま中段から上段へと移行し、倒の魔女に斬りかかる。
「っ……!」
その直前、危険を察知したのか倒の魔女が一歩身を引く。打たれ強さに自信があったはずの彼が、その時だけはなぜか回避を選択したのだ。だが、その程度では斬撃から逃れることはできない。袈裟斬りの軌跡が、倒の魔女から鮮血を迸らせる。
「がはっ……」
決して浅くはない傷。けれど、慌てて後ろに飛び退く様子からして、致命傷は免れたのだろう。
「はぁ……はぁ……なんでだよ……」
倒の魔女は、不規則に息を上げながら不平を口にする。
「なんで傷が塞がらないんだよ!!」
自分の導き出した答えが間違っていなかったと、日奈は内心でガッツポーズを決める。
圭太の異能”凪”は、文字通り心が起こす波を消し去ることができる。精神を極限まで研ぎ澄ませることで、身体の限界を超えた動きを可能にするのだ。
思考を介さず繰り出される攻撃に、思いが入り込む余地はない。つまり、倒の魔女が逆転させる思い込みそのものが、圭太の攻撃には存在しないということだ。
「ああ痛い、痛いよ、痛いなぁ」
にたりと顔を歪ませて、倒の魔女は血を手で掬い取った。それをどう使うつもりか、日奈は嫌というほど理解している。
それでも警告を発さなかったのは、圭太への過信ではなく、事実として問題がないと知っていたからだ。
加えて、圭太の異能が刺さったことで分かったことがある。それは、倒の魔女の異能は一人を対象にしか選べないということ。現に、日奈は圭太の勝ちを確信しているのにもかかわらず、それが逆転する兆しは見られない。わざわざ一人で来るよう指定したのも、自分が有利な一対一の状況を作り出すためだったのだろう。
再び刀を構え、攻撃の姿勢を見せる圭太に、倒の魔女は嬉々とした声色で血を撒いた。
「ほら! 僕からのプレゼントだ!」
飛距離も短く、血の攻撃は圭太にとっては初見のもの。どちらの思い込みを選んでも、攻撃が成立する展開だった。だが、それは圭太を相手にしていなければの話だ。
無言を貫く圭太の前に、散った血液は虚しく落ちる。加速することも攻撃に転じることもなく、ただ血を撒いた結果として、地面に赤い斑点が描かれた。
今の圭太には、その血がなんであるかを断ずる心の機微を持たない。これが攻撃であるかという問いは生まれず、脅威にはならなかったという答えだけが残っていた。
もちろん、その理由を倒の魔女が知るはずはない。倒の魔女が知ることができたのは、たった一つ。自分の異能が全く通じないという現実だけだった。
圭太は足に力を溜め、それを解放すると勢いよく倒の魔女に飛びかかる。後退しながらも、圭太に向かって血を飛ばし続ける倒の魔女の顔には、初めて恐怖が染みついていた。
「なんでなんだよ……ふざけるな! どうして思う通りにいかない!! 僕の異能は最強なんだ! お前ら人間くらい手の平の上で転がせるはずなのに!!」
語気を荒げて、倒の魔女は咆哮する。すでに、なりふり構っている余裕はなかった。倒の魔女は圭太を睨んだまま、血と共に路上の砂をも投げつける。
それを刀で払い距離を詰める圭太は、迫る速度を一切緩めることはない。進路の妨害とすら考えていないことは、倒の魔女の”明日、さよなら”が発動していないことから察せられる。
「朱美さん! 大丈夫?」
「うっ……うう……」
日奈はようやく朱美のもとへと到着する。返ってきたのは言葉にならない呻き。だが、それはまだ息があるということの証明だった。
安堵する日奈は、圭太と倒の魔女の戦いを見つめる。
相手の異能を前に手も足も出せず、ただ困惑することしかできない。倒の魔女がこれまで相手に強要してきたものが、彼に対して牙を剥いたのだ。
「お前さぁ、なんなんだよ! おい! 聞いてるのか!! 何もできない僕を笑ってるんだろ!?」
倒の魔女が何を問おうと、圭太は答えない。いや、答えることができないのだ。異能を使っている間、圭太は敵を打倒するだけの機械同然だった。こうして駆けている今も、次の太刀筋、その最適解を実行に移そうとしていた。
リズムを崩すように、圭太が一際強く踏み込み、一気に距離を縮める。倒の魔女、その体を刀の射程に捉える。
倒の魔女の左胸、心臓目がけて刃先が吸い込まれていった。
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