Case03.倒の魔女#13
激昂と共に、倒の魔女は両手を組んで路面に振り下ろす。アスファルトがひしゃげ、再び土煙が舞う。
これが目くらましなのか、そう予想する暇もなく煙を払って拳が襲いかかってきた。
「やばっ……」
体を仰け反らせ、なんとか直撃を免れる。だが、同時に背筋に寒気が走った。なぜなら、攻撃を避けたと考えてしまったから。
異能で逆転される。であれば、拳の動きはどう変化するのか。怜がいれば答えが出そうな推測に、日奈は一人で挑む。
(逸らした顔に飛んできたら、もう絶対に避けられない……! この後、どう動いたら……)
攻防の一瞬の間であったにもかかわらず、研ぎ澄まされた感覚は時間が増幅されたかのような思考を実現していた。
初見殺しともいえる倒の魔女の異能に、日奈の体は適応し始めていた。しかし、それはあくまでゼロからの一歩を踏み出しただけにすぎない。その異能を熟知し、利用することに長けている性格の持ち主――使い手である倒の魔女の手管は、日奈の上をいっていた。
振り抜かれた倒の魔女の拳が緩み、握られていた砂が零れ落ちる。破壊された路上に散らばる砂、そんなものをどうして倒の魔女は持っていたのか。砂が攻撃に使えるというわけではないというのに。
(目潰しのつもり……?)
日奈が結論に至るよりも先に、倒の魔女は口を開いた。その直前の弧を描いた口元が、日奈に嫌な印象を抱かせていた。
「ここで警戒できないから、お前は死ぬんだよ! 戦いながら考えることが多くて、小さい脳がパンクしたのか? ほら、砂が無害ならさぁ!!」
「っ!」
倒の魔女は全てを明かさない。しかし、それだけで十分だった。そして、日奈は自分の油断を悔いた。
本来、攻撃手段にならない砂は、逆転することで攻撃力を伴った微粒の集まりへと変貌する。
重力に逆らうことのなかった砂が、突如意思を持ったかのように針路を確定する。もちろん、ターゲットは日奈だ。手中に収められていた砂嵐が、日奈を飲み込む。
「うっ……ぐっ……」
猛烈な勢い、鋭い感触が乙女の柔肌を切り裂き、貫く。血の攻撃を受けた時点で警戒しておくべきだった。原理は何も変わらない。脅威にならないと思わせたものを、異能で殺傷力を持たせる。
追撃はだけはなんとしても防ごうと、日奈は一旦大きく距離を取る。
一度見ていた手にかかってしまった。倒の魔女の言う通り、自分は馬鹿なのだろう。実際、怜がいなければ頭脳戦など放棄してしまいたいというのが、日奈の本音だ。行動が最優先の日奈にとって、怜はブレーキの役割を果たしてくれる存在だった。
「あ……」
そんな怜との絆の証。声が聞けない今、縋るものは他になかったチョーカー。それが千切れ、ひらりと舞う。
風に揺れ、不規則に漂う黒い細革が視界の端で静止する。時が止まったわけではない。空気の流れよりも強い力――すなわち人の力でその動きを止められたのだ。
手元から黒い袖口を辿り、その人物の正体を探る。全身を包むのは、日が高いこの時間には目立つ漆黒のコート。上着のみならず、ズボンや髪までも黒い少年の姿は、日奈に馴染み深いものであり、こうして体を張り続けて待った信頼できる仲間だった。
「待たせた、もう大丈夫だ」
「圭太!」
パッと日奈の声が明るくなる。一人でも踏ん張ろうと背筋を正していたし、気合いも入れていたつもりだ。それでも、孤独の心細さや勝機の見つからない戦いは、確実に日奈の心を疲弊させていた。
待ち望んだ助っ人がやっと来た。それだけで日奈の足元は、かなり力が抜けてしまいそうだった。けれど、そうならなかったのは刺々しい声が緊張を思い出させたからだ。
「……仲間? どうしてここが分かったんだ! 普通に歩いて来れる場所じゃないんだぞ!!」
「キレてるとこ悪いが、俺は衣笠のナビで来たから知らん」
圭太の歯に衣着せぬ物言いに、思わず苦笑してしまう。自分が言えたことではないが、もう少し緊張感を持ってほしかった。相手の性格からして、二人の相性は最悪といえる。
「通信機で話してた相手はこいつか……! 小癪なガキだ!」
「ふふふ、バレちゃったら仕方ないね」
(まぁ、正確には違うんだけど。他言するなって言ってたのに、通信機はオッケーで助かったよ)
怜と話した時は、自分を無視するなと怒りを露わにしていた。ひょっとすると、怒りに気を取られて考える余裕もなかったのかもしれない。
何はともあれ、倒の魔女が狼狽えているだけで気持ちがいいものだ。
ピエロと観客がついに逆転し、日奈は不敵な笑みを見せる。その場違いな態度に、圭太は戸惑いを隠し切れない。
「おい、敵の前で気抜くなって」
「それ圭太が言う!?」
「俺は衣笠にお前を探してくれって頼まれただけだ。藤見野に出かけたきり帰ってこないからって。……嫌な予感がしたから武装したけど、正解だったみたいだな」
倒の魔女が作り出したのは、あくまで外部から感知されない環境。物理的な壁がない以上、怜の案内があれば辿り着くことも容易だ。
外から来られないなら、中から引きずり込む。圭太には悪いが、探し人を連れ戻す前にここでミイラになってもらおう。
「こいつ、強いんだろ?」
隣に立った圭太が、静かに問う。日奈の負傷を見ての発言だろう。
日奈と同様に、圭太も豊富な戦闘経験を持っている。直感的な行動は経験ありきのものだ。だからこそ、そこには積み重ねがもたらす思い込み――先入観がある。それを弄ぶのが倒の魔女の異能”明日、さよなら”だった。
一見すると、圭太も日奈の二の舞を演じそうなものだが、日奈には確信があった。圭太の異能であれば、この戦いに終止符を打つことができると。
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