Case03.倒の魔女#12
今、日奈に必要なのは時間を稼ぐことだった。怜へのお願いが順調に運んでいるのであれば、あとは耐え続けることで勝機が見える。
言うのは簡単だが、実際にそれを行うのが難しい。倒の魔女の異能がある限り、常に逆転を警戒して戦わなければならない。そして、その警戒に意識を奪われすぎると、不意を突かれた大きな攻撃をもらってしまう。おかげで日奈は、反撃する機会を見出せずにいた。
そんな中でも決死の抵抗を繰り返し、自分と倒の魔女から朱美の体を引き離すことには成功していた。
「おらっ!」
倒の魔女の右からの足払い。足首に狙いを据えたそれを、日奈は真上に跳躍することで回避する。低い攻撃は上方に避ければ当たらない。喧嘩に慣れていなくとも、誰でも分かる単純な計算式。しかし、導き出した答えは倒の魔女によって捻じ曲げられる。
「避けた、って思い込んだだろ?」
「ぐっ……!」
この言葉が合図だ。とはいえ、言わずとも異能を発動させることができるのは確認している。口に出すのは、相手を嘲るためだと理解していた。
空中にいる日奈の高さに合わせて脚が振るわれる。蹴り直しではない。回避を確信した蹴りが、回避が不可能な蹴りへと逆転したのだ。
対峙し、攻防の最中にいる日奈であっても、脚の軌道が変わった瞬間を補足できなかった。最初からその軌道を描いていたかのように、倒の魔女の脚が日奈の太ももにめり込む。
骨が軋む音がする。またしても日奈の体は宙を浮く。もう聞こえないはずの怜の声が、自分の名を呼んだ気がした。
「ぐふ……っ!」
体を受け止めたのは、固いコンクリートのマットレス。衝撃は吸収されず、思わず声が漏れてしまう。下敷きにした左腕にはもう力が入らなくなっていた。
幸い、右腕は上がる。それなら、”ひとりあそび”を撃つことはできる。問題は、戦いの中で撃つチャンスがないということだ。射程以前に考えることが多すぎて、あるはずの反撃の隙を見つけることができなかった。
感覚派を自称していた日奈だったが、こんな形で足を引っ張られるとは。今後は、もう少し考えて戦うことを覚えた方がいいのかもしれない。
(でも、そしたら怜の仕事がなくなっちゃうもんね)
そう、日奈は一人で戦っているわけではない。いつでも、どんな時でも怜がいた。まさか通信手段を封じられるとは思っていなかった。技術的なものであれば怜にも対抗できただろうが、今回は日奈の思い込みありきのものだ。またしても怜には寂しい思いをさせてしまった。
(ってか、アタシだって結構寂しいんだから)
体を起こしながら、少し感傷的になる。だが、そんな時間すら倒の魔女は与えてくれなかった。
「ほら、ぼーっとして死んでも、逆転してやらないからな!!」
振りかぶった拳が、日奈がいる地面をえぐる。間一髪だった。それはもう、避けられたかどうかすら分からないほどに。
さすがの”明日、さよなら”も、これは逆転できなかったようだ。自分にも確信が持てないことであれば、相手も異能を使うことができない。活路にはならなくとも、初めて倒の魔女の異能にできないことを知れた。
もし、ここから日奈が一人で倒の魔女に勝利するとしたら、この命がけの綱渡りを繰り返せばいいというわけだ。題して、チキチキ当たるか避けるか魔女の攻撃チキンレース。成功すれば、倒の魔女の持つ情報を手に入れることができ、副賞で勝利のおまけ付きだ。
(アハッ、ちょっと緊張感なさすぎかも……?)
けれど、センチな気持ちは取り払えた。戦闘中にこんな楽しい気持ちになったのは初めてだ。追い詰められたことで、感情のスイッチが壊れてしまったのかもしれない。でも、不思議と嫌な気はしなかった。
待ち人が来るまでの時間稼ぎ、やってやろうじゃないか。全身の血が沸騰するような感覚が、日奈に内からの活力を生み出していた。
「”ひとりあそび”!」
立ち上った土煙に照準を合わせる。当たらなくてもいい。消極的な戦いは終わりにすると、自分自身に証明したかった。
出血大サービスで爪二本分だ。これで残るは片手分の五本の爪。ピンチの方が燃えるというものだ。
「はっ、何度撃っても無駄――え……?」
と、倒の魔女が困惑した声を上げる。今までにない様子に日奈は疑問を抱く。
姿は見えない。だが、確実に何かが起きた。強く踏み出した一歩が、戦況に流れを生み出したのだ。
やがて、視界が晴れる。そこで日奈が見たのは、思いがけない光景だった。
「うっそ……」
「なんでお前が驚いてるんだよ……!」
苛立ちを隠そうともしない倒の魔女、その左肩に小さな穴が開いていた。ちょうど日奈が放った”ひとりあそび”が当たればできそうな、指先よりも小さな穴。そこから血を流しながら、倒の魔女は声を荒げる。
「お前! 僕を馬鹿にしてるのか!」
「ごめん、アタシはいきなりすぎて何がなんだか……」
「見えない敵に、当たるかも分からない攻撃するとか正気か!? クソッ、僕を狙ったわけじゃなかったのかよ……!」
苦虫を噛み潰したような顔を浮かべて、倒の魔女は歯ぎしりする。
お喋りな相手で助かったというべきか。日奈自身も理解していなかった謎が解けた。
さっきの攻撃に、当たるという確信はなかった。闇雲に撃った弾は、倒の魔女に当たらないはずだった。しかし、倒の魔女はそれを異能で逆転させた。つまり、自分に必ず弾が当たるように事象を書き換えてしまったのだ。
「あはー……なんかラッキーって感じ?」
相手をおちょくり、手の平の上で転がす。それが倒の魔女の戦闘スタイルであり、あくどい性格を満足させる振る舞いだった。そのはずがこうして自分のミスで傷を負い、相手に哀れみの視線を向けられている。倒の魔女にとって、到底我慢できる事態ではなかった。
「殺す! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!」
魔女の顔は四度まで。倒の魔女の逆鱗は、日奈の肌にひりつきをもたらすほどに強く燃えていた。
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