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ガン・アンド・ロジック  作者: 大豆の神
Case03.倒の魔女
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Case03.倒の魔女#11

 魔女としての身体能力に差があるのか、初の男性魔女ということで地力が違うのか。肋骨を派手に折った一撃は、肉弾戦における埋めることのできない力量差を示していた。

 かといって、”ひとりあそび(リストカット)”で反撃に出ても急所の攻撃はなかったことにされてしまう。日奈が与えられるのは、せいぜい掠り傷がいいところだった。


「ったー……。最近の相手、強すぎでしょ……」


 蹴られた部分を手で押さえ、日奈は仰向けのまま恨み言を呟く。

 万屋に入ってからというもの、手こずる魔女に出会う機会はほとんどなかった。怜の異能と自分の異能が合わされば無敵だと疑わなかった。

 それが近頃は、苦戦ばかりしている気がする。今までの戦果が日奈の評価を上げてきたが、今回はそれを裏目に出されているようだ。


 戦闘経験を重ねるほど、自分の攻撃が相手に与える影響を無意識のうちに考えてしまうものだ。悔しいが、これは倒の魔女が正しい。

 仮に足を撃ち抜けば、日奈は移動速度の低下を連想する。だが、この戦闘においては移動速度の上昇へと逆転してしまう。それも、倒の魔女に都合のいい場合のみだ。


 倒の魔女に対抗するには、戦闘中に思考の一切を排しなければならない。日奈の中には一人だけ、それができる人物に心当たりがあった。


「ネガティブになってるところ悪いけど、こっちからも悪いニュース」


「どうしたの?」


「付近の人たちが、この交差点を避けるみたいに道を選んでるの。歩行者だけじゃなくて車も。多分、というか絶対相手の異能のせい。このままじゃ……」


「受け身でいたら助けにきてくれる人はいないってことね」


 徹底していると称賛するべきなのだろうか。騒ぎになれば誰かが気付いてくれる、これも思い込みだったというわけだ。

 ”明日、さよなら(バイ・アス)”にそう認識されてしまった以上、今やこの空間は、どれだけ騒動が起きても誰にも感知されない場所になってしまった。


「怜、お願いがあるんだけど――」


 日奈は今までよりも声量を落とす。これを倒の魔女に聞かれるわけには、勘付かれるわけにはいかなかった。


(バレたら絶対異能に引っかかるな。だって、助けにきてくれるって信じちゃってるもん)


 この信頼を本人に知られれば、間違いなく赤面ものの恥ずかしさだ。それでも、その羞恥に目をつぶってでも助けを求めるべきだった。

 相手に悟られないのなら、いくらでも思い込んでやる。彼なら、倒の魔女に対抗できると。


 日奈は立ち上がると、改めて倒の魔女に向き直る。寸刻ぶりに見た倒の魔女は、眉を吊り上げ不満を露わにしていた。


「五十六秒だ」


「は?」


「五十六秒間、お前は僕を無視していた。何を喋ってたか知らないけど、よそにいる誰かよりも相対してる僕に集中するべきじゃないか? ああ、これは僕の意見というより一般的に考えての話だ。常識だよ、常識。お前に一番足りてないものだ。非礼の代償に、通信機を使っても連絡が取れないことにした」


「……ちょっと油断してたかも」


 倒の魔女の言葉通り、いくら通信機を操作しても怜の声を聞くことはできなかった。自分の声が相手に届いているのかすら、日奈には確かめる術がなかった。


「ちなみに、お前の油断は()()()()じゃくて()()()だ。ほら、僕の足元に何があるか見てみろよ」


 おもちゃを与えられた少年のように、倒の魔女の声が上擦る。それが印象ほど微笑ましい事態ではないことを、直近のやり取りで痛感している。そして、その感覚は正しかった。


「……! 朱美さん!」


 地面に横たわる朱美の体が、倒の魔女の足先で弄ばれていた。下に何があるかを隠せば、それはボールを突いているようにも映る。しかし、それはあくまで見えるという話。倒の魔女が虐めているのは、れっきとした人間で、命を繋ぐために一刻を争う重傷者なのだ。


「離してくれって頼んでも、聞くつもりはないよね……」


 できるだけ早く、その足をどけてもらいたい。これ以上の負荷は、肉体に限界をもたらすことになる。ただでさえ呪いの進行が著しいのだ。考えたくはないが、いつ死んでもおかしくない。


「三回」


「今度は何?」


「僕が魔女らしく怒りに身を任せかけた回数だよ。とはいっても、僕は優秀な魔女だから感情の制御には秀でてるつもりさ。お前の頭の悪さは不快だけど、滑稽すぎて見てると怒りが収まってくるしね」


「……褒め言葉として受け取っておくよ」


「仏の顔は三度まで、なんて言うけど魔女の顔は四度までだ」


「随分とお優しいことで」


 倒の魔女の言わんとしていることが、日奈には全く察しがつかなかった。回りくどい話し方にも原因はあるが、朱美が気がかりで話半分に聞いているというのが大きい。

 現に、こうして問答をしている間も、朱美は倒の魔女に足蹴にされている。


「回数はなんでもいいんだけどね、要はこれが最後のチャンスってわけさ。お前が僕の機嫌を損ねなければ、この女を治してやってもいい。こいつ、呪いでもうすぐ死ぬだろ? 今なら呪いの克服付きだ」


 その提案は、日奈にしかメリットがないようにも聞こえる。そこまでして自分を支配したいのか。それとも全てが嘘で、悩む姿を嘲笑うつもりなのだろうか。けれど、日奈は一考の余地があると思った。

 倒の魔女の言いなりになれば、自分を曲げさえすれば朱美を助けることができる。日奈の天秤は揺れ動いていた。


「……アタシが言うことを聞くとして、そっちが朱美さんを治せる保証はあるの?」


「治せる。それ以外は教えてやらない。お前は敵である僕を信じて、僕のご機嫌をうかがうことしかできないってこと」


 提案に乗りそうな素振りに、倒の魔女は満悦な様子だ。


 追加の情報は引き出せなかった。ここで日奈が頭を下げれば、朱美は治るかもしれない。尊敬する先輩が、再び目を覚ます可能性がある。

 だが、それでいいのだろうか。呪いまでもが完治した朱美が、それを喜んでくれるのだろうか。これまで桜に還っていった仲間は、もう戻ってこない。死を覚悟していたはずなのに、自分だけが特別に生かされたと知れば朱美は責める気がした。私情で助ける人間を選んだ日奈を、そしてそうしてもらう他なかった不甲斐ない自分自身を。


 自問自答は終わった。倒の魔女への回答は、心に決めた。

 助けたい人は自分の手で助ける。そのための力が、自分にはあるのだから。


「朱美さんを助けるのはアタシの仕事。残念だけど、交渉決裂ってことで」


「そうか、僕も残念だよ。ここで死ぬのは二人に変更だ」

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