Case03.倒の魔女#10
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「舐めるな、か……この間もそんなことを言われた気がするな。人間ってのは、どうも自分を過大評価しがちらしい。僕としては正当な評価をしてるつもりなんだけどね」
その呆れた様子で、何が正当な評価だ。悪態をつきそうになるのを、日奈はグッと堪える。
(聞いた限りじゃアタシには倒せなそうだけど、戦い続けてれば誰か他の異能者が気付いてくれるはず。勝つことはできなそうだけど、負けることもなさそうだよね……)
背後の朱美が重傷を負っているのは、きっと油断していたか異能の相性が悪かったからだろう。
これは現実逃避ではない。倒の魔女の言葉を借りるなら、日奈なりの正当な評価というやつだ。朱美の強さは、日奈が追いかけ続けた背中だった。
それに、自分には怜がついている。一人で戦っていたら分からないことも、怜と一緒に何度も解き明かしてきた。今回も、必ずどこかに対処法がある。
誰に聞かなくても、今自分の目が輝いていると断言できた。倒の魔女が絶望で塗りつぶそうとする、希望の目をしていると。
「不快だなぁ。あんなに勝ち目がないって教えてあげたのに、なんでやる気なんだよ。僕はさ、できるだけ時間を無駄にしたくない主義なんだ。大人しくやられるか、次の人質になってくれないかな?」
「残念だけど、あなたの思い通りにはならないよ。アタシ、言うこと聞かないので有名だから」
「……それ、自覚あったんだ」
怜が零したため息に対して、倒の魔女は荒々しく呼吸をしていた。一体、何が気に障ったのか。一変したと察せられる逆上は、明らかに日奈に向けられていた。
「ガキが!! こっちが黙って聞いてれば調子に乗りやがって! もういいさ! 人質なんていらないから、お前を殺すことにするよ!」
「ようやく本性現したって感じ……?」
「気を付けて、次はあっちから仕掛けてくるはず」
「おっけー。相手の動き、ばっちり撮影しておいてね」
つま先を地面に打ちつけ、足元を強く踏ん張る。どこから攻撃されてもいいよう、万全の注意を払っていた。
だが、倒の魔女は怒りのままに飛びかかってくることはなかった。張り詰めた空気だけがもたらされ、緊張感は高まっていく。何も見逃すまいと注いだ視線が、一つの動作を捉えた。
倒の魔女が、自分に纏わりついた血を拭いだしたのだ。今さら、というツッコミはなしにしても、この行動になんの意味があるというのか。
戦うには視界が悪い。顔の周りがヌメッとして気持ちが悪い。それとも……
(ビビらせるだけビビらせて、油断を待ってるとか?)
搦め手が好きそうな倒の魔女であっても、そこまで回りくどいことはしないはずだ。というよりも、怒りに支配された魔女が冷静さを保っているはずがないと考えていた。
やがて、顔の肌色が見え始めた頃、手についた血を周囲に撒き散らした。その一部が、日奈にも飛来する。
なんの変哲もない、ただの血液。直感は、それが恐るるに足らないと判断した。
「……え?」
日奈が困惑した理由は簡単だった。害がない。そう思い込んでいた血液が、まるで弾丸のように太ももの側面を裂いたのだ。
思わず右足の力が抜け、片膝をつきそうになる。
「っつ……!」
「日奈、どうしたの?」
自分には見えない、視覚外の攻撃というわけではないらしい。それどころか、怜は攻撃を受けたことにすら気付いていないようだった。
「ははぁ、お前何も学んでないな。わざわざ僕が異能を説明してやったのに、なんの警戒もしないなんてさぁ!!」
もう一度、倒の魔女は血を飛散させる。その血は攻撃だ。そう理解した日奈は回避の準備をする。しかし、その必要はなかった。
先ほどと違い、軽く振るった程度では日奈のもとには届かない。血は二人の間に落ちる。そのはずだった。
「その勢いじゃこっちまでは届かないって? それが思い込みだって言ってるんだよ!」
倒の魔女がそう叫んだ瞬間、加速した血の群れが一気に日奈の全身を襲う。物理法則を無視した超加速が、ただの水分を殺傷力のある塊に昇華させていた。
血に殺傷力はないという先入観を捨てたところで、撃ち込まれる血を止めることはできない。なぜなら、今逆転させられている思い込みは、距離に関するものだからだ。
攻撃となったのは結果論であって、初撃とは成り立ちが違う。
「ぐっ……!」
血の雨が全身を掠り、服も肌も至る所が裂ける。この傷口には覚えがあった。後ろで倒れている、朱美のものと同じだ。おそらく、これが倒の魔女の常套手段なのだろう。
「はっ、手も足も出ないみたいだね。次のこれは、当たらずにいられるかな?」
挑発じみた声で、倒の魔女は三度血を撒き散らす。
(この血は攻撃。アタシに当てようと思いっ切り飛ばしてるから、加速する心配はない。とりあえず避ければ大丈夫そう? でも、避けたと思った時に異能を使われたら、避けたって思い込みが逆転して……)
頭で処理する情報が、かつてないほどに多くなっていた。いや、そうさせられていたという方が適切だ。向かってくる血から目を離さず思考する様は、傍から見れば無防備という他ない。考えることに意識を割きすぎた結果、目の前から倒の魔女が消えていることに気付いていなかった。
「日奈! 横から来てる!」
間一髪、怜のかけ声が日奈の意識を呼び戻す。
だが、復帰するのを待ってくれるほど、倒の魔女の性格はできていない。振り向いた日奈の脇腹目がけて、強烈な回し蹴りが繰り出される。
「がはっ……!」
細い体は、いとも容易く吹っ飛ばされてしまう。人気のない静寂の交差点に、墜下する鈍い音が鳴る。
倒の魔女の蹴りは、今までのどの魔女よりも重く鋭いものだった。そう、武術に優れていたあの鏡の魔女よりも。
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