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ガン・アンド・ロジック  作者: 大豆の神
Case03.倒の魔女
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Case03.倒の魔女#9

 現在、倒の魔女との距離は十分に取れている。これなら”ひとりあそび(リストカット)”が有利な、日奈の得意な距離感で戦うことができる。

 先手必勝は、日奈の辞書でも最初の数行に書かれていた。すでに人質は回収済み。ならば行動を起こさない理由がなかった。


「”ひとりあそび(リストカット)”!」


 その声と共に日奈の右手が銃を象り、指先が目標――倒の魔女に向けられる。

 発射された弾は、倒の魔女の額を穿とうと一直線に軌道を描く。何にも阻まれず、何も抵抗されることなく、それは眉間に吸い込まれていくように倒の魔女を撃ち抜いた。


 どさりと、大きな音を立てて倒の魔女は仰向けに崩れる。先ほどまでの余裕、傲慢さは沈黙へと変わり、物言わぬ屍となった。

 倒した……のだろうか。その疑いは、傷口が作り出した血の海が晴らそうとしていた。呆気なかった。拍子抜けだ。そう思わずにはいられないが、最小限の被害で抑えられたことを今は喜ぶことにした。


 日奈は再び朱美を抱きかかえ、倒の魔女の亡骸から遠ざかろうとする。

 早く連れ帰って、富士のもとで治療をしてもらおう。それから、みんなに話すのだ。朱美は元気だと。まだ心配する必要はないのだと。


 だが、その穏やかな計画が始まらないことを、怜の動揺した声が示していた。


「なんで、攻撃はちゃんと当たったはずなのに……」


「怜? どうした――」


「あっははは! 愚かだね、愚かったらないよ! 心が昂って、たった今までの怒りを忘れてしまいそうだ!」


 背後、変わらず天を仰ぎ倒れている倒の魔女が、悦に浸っていた。その声の張りは、一切の負傷を感じさせないほどだった。そもそも、眉間に弾を撃ち込んだのだ。絶命していないという事実だけで、相当に不可解だといえる。


「面白い攻撃だね。でもお前さぁ、絶対僕には勝てないよ。あとで酷い目に遭いたくなかったら、今のうちに命乞いをしておくことだね。それを受け入れるかは、僕次第なんだけど」


 倒の魔女はゆっくりと体を起こした。その動きは、油断しているとしか思えないほどに鈍く、遅い。直前の一発を受けてもなお、倒の魔女の自信は揺るいでいなかった。

 後ろ髪から滴る血液は、紛れもなく倒の魔女自身のものだ。後輩部を血に濡らした姿は、奇怪としか言いようがない。


「……どんなトリックを使ったか知らないけど、同じラッキーが何度も続くと思わない方がいいよ」


 朱美の体を地面に預け、日奈はハッタリを口にした。これは、本心半分威嚇半分だった。実際、倒の魔女がどうして無事でいるのか、どうすれば討伐できるかは全く分からない。けれど、生傷を与えたということは攻撃が確実に当たっているということだ。また長期戦になるかもしれないが、ここは一旦相手の異能を突き止めるところから始めるべきだろう。


「トリック? ラッキー? 違うな、僕を生かしてるのはお前だ。だからこそ、絶対に僕には勝てない。なんなら、もう一発撃たせてあげようか?」


 前髪を手で持ち上げ、倒の魔女は挑発するように口角を上げる。

 耳元から怜の忠告が聞こえてくる。その声は、いつになく固い響きをしていた。


「気を付けて、罠かもしれないから」


「けど、怜も情報欲しいでしょ。勝つためには、ここで動くしかないよ」


 そう言って、日奈は”ひとりあそび(リストカット)”を倒の魔女に撃つ。ただ、狙うのは頭部じゃない。この状況でも勝ちの目を拾おうと、日奈は敵の思い通りには行動しなかった。

 二発目の弾道は、一発目よりも低空――倒の魔女の左胸に狙いを定めて撃ち出されていた。


 頭がダメなら心臓。それが日奈の出した答えだった。


「ぐふっ……」


 またしても、あっさりと攻撃は倒の魔女に届く。防ごうという動きすら見せず、棒立ちのまま撃たれ、そして今度はうつ伏せに倒れた。

 空いた穴から、体内の血液が溢れ出す。先ほどと同様に体の下には血の海が作られ、倒の魔女は命を落としたかのように思われた。


「っくくく……残念だったね」


 その直後、倒の魔女が声を発した。これも一度目と変わらず、何事もなかったように笑って見せる。

 立ち上がった倒の魔女は全身が血に塗れ、その形貌はいよいよ異形のものになりつつあった。


 一連のやり取りは、日奈にとって悪い知らせを運んできた。度を越して打たれ強い敵と、攻撃回数が決まっている自分の異能。このまま雑に弾数を消費して、撃ち切った時に倒せている景色が想像できなかった。


「そのタフさは、ちょっと厄介かも……」


「いいねぇ、その顔が見たかった。一方的に攻撃しているはずなのに、それが一切通らず焦る顔だぁ。ようやく求めていたものが見れそうだよ。そんなお前にさらに悪いニュースだ! いや、もしかしたらお前が知りたがっていたことかもしれないなぁ」


 警戒を解けないでいる日奈を見て、倒の魔女はますます嬉しそうに目を細める。


「僕の異能、”明日、さよなら(バイ・アス)”は相手の思い込みを逆転させる。お前が僕の死を確信すれば、それは僕の生を保障することになるのさ。人間は信号をキャッチした時点で、反射的に思いを抱く生き物だ。頭で考えるよりも先に、無意識のうちにね。思い込み、先入観、偏見。こういうのはもう体に染みついちゃってるんだよ。だからお前が『こいつは死んでない!』って思考を矯正したところで、頭を、心臓を撃たれたら死ぬというイメージをなくすことはできないってわけ。つまり、お前が僕を殺せる確率はゼロなんだよ」


「丁寧な解説ありがと、って言った方がいいのかな?」


「礼には及ばないよ。僕はね、大好きなんだ。死なない僕を恐れるその顔も、異能を知れたのに勝ち目がないことを悟って絶望する顔も。異能を知って立ち向かうやつは傑作だね。突破口があると疑わないでさ、挑んでくるんだよ。その希望が宿ってた目から、だんだんと光がなくなっていくその過程を見てるとね、もうたまらなく気持ちがいいんだよ! そこで転がってる女も、その一人さ」


 倒の魔女の愉悦に染まった瞳が朱美に向けられた途端、無機質なものに変質する。そこからは、すでに興味を失っていることがうかがえた。


「さぁ、お前はどうする? 諦めるか? 泣いて命乞いをするか? それとも――」


「立ち向かうに決まってるじゃん。あんま舐めないでほしいんだけど」


 日奈は、朱美を倒の魔女の視線から守るように一歩踏み出す。不思議と怒りはなかった。大事な人を愚弄されて、感情任せにならなかったのは昔から考えれば成長だ。

 きっと、朱美がいるからなのだろう。憧れの先輩の前で、醜態を晒したくなかった。それに、こうして立ち向かう自分を見て朱美なら言ってくれるはずだ。「いい目だ」と。

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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