Case03.倒の魔女#8
「鏡の魔女……?」
当然、その名前は初耳だ。蛇の魔女から得た手がかりと遭遇後の戦い方を見て、相手が星の魔女だと決めつけていた。しかし、倒の魔女は『物真似人形』だと形容した。ということは、鏡の魔女の異能は自ずと絞られてくる。
「”形態模写”って言ったかな。あいつは、他人の異能を真似するしか能がない雑魚だよ。だから、優しい僕が無価値なあいつに模倣相手を指示してやったんだ。星の魔女にいちいち会いにいくのも面倒だったからね。けどあいつ、戦闘中の軽い未来視しかできなかったんだよ。……普通ならここで見放すんだけど、僕は寛大な心を持ってるから。あいつにぴったりの仕事を与えることにしたんだ」
「じゃあ、あなたが襲撃を命令した親玉ってことでいいのかな?」
魔女は群れることを覚えている。そして、それを統べる黒幕が眼前に立っている。日奈にとって、これ以上ないチャンスといえた。
ここで倒の魔女を討伐すれば、組織としての統率が揺らぐと期待ができる。加えて、これまでの魔女よりも内情に詳しそうだ。蛇の魔女と同じ、もしかするとそれ以上の秘密を知っているかもしれない。
今日という日が、桜の魔女に対する大きな一歩になることは間違いなかった。
「通り魔女事件、気に入っただろ? 僕もこんなに成果が出るとは思わなかったよ」
「おかげさまで、こっちは大打撃だよ」
返す言葉に、倒の魔女の眉間に皺が寄る。この短時間で分かったことは、相手の喜怒哀楽が表に出やすいということ。まだどんな異能を持っているかは分からないが、単調な攻撃を振るい続けるのであれば、怜とタッグを組んでいるこちらに分があるはずだ。
問答を繰り返す間にも、日奈の脳は全力で回転していた。千載一遇の機会、逃さない手はない。
「それ、皮肉のつもりかい? なら言わせてもらうけどね、皮肉は相手が理解できなくて初めて成り立つと思うんだよ。お前みたいに雑な皮肉を言って、傷付く相手がいると考えないのか? 敬意を払えないうえに気も遣えないとか、お前人と話すのやめた方がいいよ。不快だ、不快」
倒の魔女は足を鳴らしながら、鋭い目で日奈を見据える。それだけで、いかに不満を抱えているか伝わってくる。だが、日奈は僅かばかりの申し訳なさも感じていなかった。この場において誰が悪いかは、多数決を取らずとも分かっている。
「こいつ、なんかムカつくんだけど。まだ話さなきゃダメ?」
珍しく、怜の声にも棘が混じっている。
「聞きたいことは山ほどあるから。それに、まだ人質の場所も分からないし。もう少しの辛抱だよ、頑張って」
倒の魔女は単身で現れた。ということは、人質は別の場所に監禁しているはず。それを聞かずに倒すわけにはいかないのだ。
励ましの言葉をかけると、怜は渋々了承した。
「……分かった」
「あのさぁ」
怜との会議に、不機嫌丸出しの声が割り込んでくる。声の主は、もちろん倒の魔女だ。声に乗せられた暴力性が一気に増していた。
「目の前にいる僕を放置して、他のやつとペチャクチャお喋りか? おかしいよねおかしいよなぁ。もう礼を失してるとかの次元じゃないよ。さすがに、僕も堪忍袋の緒が切れそうだ! いや、もう切れてるかもしれないな。このままこいつを殺してしまいそうなくらいには!」
「っ……朱美さん!!」
突如、日奈と倒の魔女の間に朱美が倒れ込む。彼女を象徴する赤いライダースーツは至る所が破れ、全身がかまいたちに遭ったかのように擦り切れていた。素人目に見ても、一刻も早く治療をするべきだと理解することができた。
日奈は慌てて朱美に駆け寄る。けれど、いくら揺さぶっても目を覚まさない。息があることだけが、唯一幸いといえる情報だった。
「嘘……ずっと見てたはずなのに……」
怜にも困惑が色濃く滲む。
今までどこにいたのか。この一瞬でどうやって出現したのか。それに対する回答を持っているのは、怒りに息を荒げる倒の魔女以外にはいないのだろう。
「はっ、こうも思い通りに出せるとはね。お前、単純すぎるよ。どうせ、僕が手ぶらだから人質は監禁してるとか思ってたんだろ?」
その推測に間違いはない。というよりも、そう考えない人間の方が少ないだろう。常識的に考えれば、人質を担いでくる誘拐犯の方が異常なのだから。
「愚かだね、愚かだよ。縛られてるね、頭が固い。これじゃ僕の勝ちは揺るがないね。いいよ、そのボロ雑巾持って帰っても」
この卑劣な魔女が、果たして朱美を介抱している最中に妨害しないという保証はあるのだろうか。疑いが晴れなくても従うしかない。それだけが日奈に残された選択肢なのだ。
朱美の腕を肩に回し、おぶる形で持ち上げる。それから後ずさるように一歩、一歩と倒の魔女と距離を取っていく。その間、一度たりとも倒の魔女から目を離すことはなかった。
その様子を蟻でも見るかのごとく無機質な瞳で見つめるだけで、倒の魔女は特に手を出してくることはなかった。
「僕の温情に感謝してもらおうか。本音を言えば、今からでも人質を取り返すのは簡単だ。それをしないのは、お前に僕という存在がいかに崇高なのかを理解させるためだよ。ほら、頭を下げて感謝の一つでも述べてみたらどうだい?」
倒の魔女は鼻を鳴らして、地面に目を向ける。ただ頭を下げるだけではなく、どういう姿勢かまで暗に指定しているようだった。
しかし、倒の魔女は分かっていなかった。日奈が大内の頭を悩ませ、市原を苦笑させる問題児だということを。若さに手足が生えた、生意気な女子高生であることを。
「嫌に決まってるっしょ? アタシは取られた人質を取り戻しただけ。お礼を言うことなんてないし!」
毅然と倒の魔女の圧に屈することなく、日奈は宣言する。
倒の魔女を形成する欲が何か分からなくても構わない。日奈は己の心に従って、敵の思い通りにはならないと断固示したのだ。
「このガキ……! 絶対に殺してやる!! 覚悟しろ!!」
激情に支配された倒の魔女の瞳が、狂気を孕んで見開かれた。
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