Case03.倒の魔女#7
翌日、万葉市内中央区に位置する、藤見通りに日奈は足を運んでいた。
繁華街と言えば聞こえがいいが、夜は歓楽街の側面が色濃くなる。しかし、現在時刻は十二時五十五分。年齢層を問わず人々が忙しくなく移動している。
そんな彼らが必ず利用する場所。それが今回の目的地である交差点だった。事実として『最も』かは定かではないが、日奈の認識で『栄えた交差点』ということは疑いようがなかった。
頭上の空を見上げる。そこには、怜の目となるドローンが一機飛翔していた。怪しい動きをする影を見つければ、すぐさま日奈へと報告がくる。
「日奈、不安?」
「そりゃそうでしょ。めっちゃ緊張してるって」
本当に、こんな人通りの多い場所で倒の魔女は姿を見せるのだろうか。相手は人質を取っている。それならば、もっと人目のつかない場所に呼び出すこともできたはず。やはり、無関係の人を巻き込んでこちらの動きを鈍らせる作戦なのだろうか。
とはいえ人の目は多い。騒ぎが起きれば万屋が異変に気付くかもしれない。つまり――
「周りに人がいれば大丈夫だと思った?」
ふと、背後から声がかかる。嘲笑うような、見下げるような、相手を軽んじた声色が人柄を知らしめていた。
そして、日奈は息を呑んだ。いないのだ、人が。直前まであんなにもごった返していた交差点は、今や誰一人姿がない。まるで消えてしまったかのように。
「これって、あなたの仕業?」
背中の声に、今度は日奈から問いかける。
振り返り対面したのは、日奈と同じく髪を金に染めた、日奈より背の高い男だった。パーカーとジャージという装いは、一見すると怜に近しいものを感じる。
注意深く男を観察していると、その胡桃色の眼が細められる。
「非常識だね。出会って早々、そうやって相手をジロジロ見てくるなんてさ。失礼だろ? 失礼だと思わないのかい? 最近の学生は礼儀がなってない、ってやつなのかな。なんかそう言うと、僕がそこらの年寄り連中と同じみたいで寒気がしてくる。これは恥だよ、恥。初対面で恥をかかせるなんて、お前の親は相当育児に向いてなかったんだね」
早口でまくし立てるように、つらつらと述べられた男の言葉は、日奈の頭に全くといっていいほど入ってこない。そもそも、この男は話を聞かせる気があるのか。そう疑うほどに一方的で、独善的で、エゴ丸出しの語り口だった。
それでも親に関して――親代わりの人たちへの放言には眉をひそめた。
「それを言うなら、いきなり人の親についてどうこう言うのも失礼なんじゃない? アタシ一応、孤児院育ちなんだけど。そのへんのデリカシーはない感じ?」
売り言葉に買い言葉。それが今の状況に相応しかった。目の前の男が何者かは分からないが、ナンパであれば下から数えて一番目だ。
「ああ言えばこう言うじゃ、言葉を覚えた猿と一緒だよ。せっかく話せるなら、もっと相手を敬う気持ちを大事にするべきだと思うけどな」
話は平行線を辿った。というよりも、男は一切聞く耳を持たなかった。自分が指摘されたことを無視して、さらに日奈への追及を強めた。
彼が鏡に立ったら、死ぬまで互いを叱責していそうなものだ。嫌気が差した日奈は、話の核心に切り出した。
「お兄さん、何者? さっきの人たち、フラッシュモブとか言うつもりじゃないよね」
「っくく、ははっ! ここまできてまだ僕の正体が分からないのか! 馬鹿な予感はしていたけど、想像以上の馬鹿だねお前は!」
男は愉快そうに笑い声を上げる。
「日奈、こっちから見ても通行人は一瞬で消えてた。この男、普通じゃないよ」
通信機から声がする。無線だというのに、怜は声を潜めていた。無自覚にそうしてしまうくらいには、男への警戒心が高いということだろう。
「ああよく笑った。道化のお礼に、僕から名乗ってあげるよ。僕は倒の魔女、お前に手紙を送った張本人だ」
「……へぇ」
日奈の背中を嫌な汗が伝う。正直予想外だった。これまで出会った魔女は、どれも女性の姿をしていた。飾の魔女という例外はいても、元から男性というのはこれが初めてだ。
「参考までに聞くけど、男に変装してるとかじゃないよね」
その問いに、倒の魔女は心底うんざりした様子だった。自分がいかに呆れているかを、身振りと声音で主張してくる。
「飾の魔女みたいな雑魚と一緒にしないでほしいな。……はぁ、これだから思い込みに縛られてる人間は愚かだ。魔女に男がいないと思ったのかい? 漢字に女が入ってるから? 絵本の世界を真に受けた? いるんだよ、男の魔女だって。っていうか、男の異能者がいるのに、その考えに至らなかった意味が分からないな」
「異能者と魔女が、何か関係あるの?」
「そういえば、昨日星の魔女が言ってたな。金髪の女に、異能者と魔女の関係について聞かれるって。っはは、今回も大当たりってわけか」
男の発言を、日奈は無視するわけにはいかなかった。星の魔女が、昨日倒の魔女と接触していた? そんなはずはない。なぜなら、日奈が星の魔女を討伐したのは、今から約二週間前のことだ。死体は処理されていたし、息絶えたところをこの目で見ている。同じ名前を冠する魔女が、二人以上いるということだろうか。
「……星の魔女、アタシが倒したはずだけど」
相手をうかがうように、日奈はゆっくりと尋ねる。
倒の魔女には聞きたいことが多くある。そして、運が良いことに彼はお喋りな魔女のようだ。できるだけ聞きだして、今後に活かしたい。
日奈の目論見の緊張感に反して、倒の魔女は満悦と言わんばかりに声高になる。
ニタニタと下衆な笑いを浮かべながら、けれど視線は極端に冷めていた。嘲笑と軽蔑が同居した表情は、人がなせる顔とは思えないほどに歪んでいた。
「あれぇ、気付けなかったんだ。本当、びっくりするくらい馬鹿だなお前。あれは物真似人形だよ。鏡の魔女、それがあいつの名前さ」
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