Case03.倒の魔女#4
日奈が家に帰ると、テーブルの上にはいくつかの書類が積まれていた。
「怜ー、これどうしたの?」
「やふんれらほひのふりんほ、はのふんあおってきへ――」
「おっけー怜、アタシは待てる女だから、喋るのは食べ終わってからでいいよ」
今日も今日とて甘味に舌鼓を打つ怜は、アイスではなくケーキを食べている。これは、この間の呪いの一件ですっかり憔悴してしまった怜に、日奈が購入したものだった。
寒さも本気を見せ始め、アイスを食べる気にはならないという話を聞いて、日持ちするパウンドケーキを選んだ。日奈からすれば、外が寒いからこそ部屋を暖かくして、冷たいアイスを頬張りたいものだが、怜にその手の感性は通じなかった。
お返しということで、怜からはチョーカーを貰った。これまで着けていたものと同じ、黒い革のチョーカー。馴染み深いものかつ、怜からの贈り物という補正がかかり、今ではこれしか出番がない。
もう隠す必要がないとはいえ、これはもう日奈を象徴するものになっている。いつでも怜と共にいる。その感覚が、前よりも強くなった気がした。
「休んでた時のプリント、佐野君が持ってきてくれたの」
「圭太が? わざわざ?」
「うん、なんか提出日が近いみたいで。先生に渡すように言われた……って佐野君は言ってた」
今日は土曜日。休日にわざわざ家まで来てもらって悪いが、日奈はちょうど外出中だった。ということは、怜が応対したということだろうか。平気で居留守を使いそうだという偏見を、一度改めなければならないようだ。
「私が出たのがそんなに意外? そういえば、佐野君もちょっとびっくりした顔をしてたような……」
圭太がなぜ驚いたのかは、日奈の知るところではない。けれど、あの短期間の共同生活で圭太からの印象がそうなってしまったのなら、日奈も怜に同情せざるを得なかった。
「まぁ、怜が家にいてくれて助かったよ! もし誰も反応がなかったら、学校で文句を言われるのはアタシだっただろうし」
「家にいるのか日奈に連絡したけど、返事がなかったって佐野君が怒ってた」
「え……あー! 本当だ! うわ、最悪だ……」
スマホを点灯させると、画面には一件の通知が。時間的には、日奈が万屋にいる頃のことだった。
天文学的確率で怜が来者に応じたというのに、次の学校で圭太に苦言を呈されるとことが確定してしまった。
「……日奈が返信しなかったせいで、私も佐野君と連絡先交換することになったんだけど」
「え、本当!?」
呆れ顔を浮かべる怜に、日奈は目を輝かせて詰め寄る。
「何その顔……私は別に日奈以外と連絡取らな――」
「いいじゃんいいじゃん! これを機にさ、圭太とも話してみたらいいよ! うん! アタシもそう思う!」
「私はまだ何も言ってないんだけど……」
これは日奈にとって朗報だった。思わぬきっかけで、怜の交友関係が広がるかもしれない。しかも、異性の相手とだ。もしすると、そういうことがあったりなかったりするのだろうか。棚から出てきた牡丹餅に、日奈は興奮を抑えられなかった。
怜が知ればうんざりされてしまいそうな思考を携えて、日奈は怜の両肩を掴んだ。
「圭太はね、ああ見えて初心だから! いや、見たまんまか。とりあえず、あんまグイグイいくと引かれちゃうと思うから、じっくりコツコツ攻めること! あとあと、学校にはライバルがいるから、大胆な行動は避けること! 前に抜け駆けでデートに誘った子なんか、体育館裏で酷い目に遭ったって聞いたし!」
圭太に好意を寄せる少女たちの暴走っぷりは、魔女よりも厄介といえる。魔女であれば討伐することができるが、これに関しては相手が人間だ。手を出すことはできないし、排除することもできない。むしろそれをしてしまえば、糾弾されるのは自分の方だ。
「だ、だから私はそんなつもりじゃ……。そんなことより、早く提出物仕上げてほしいんだけど」
怜は逃げるように、テーブルに向かって日奈を押しやる。怜の恋物語は、まだ始まったばかり。焦る必要はない、今日のところはこれくらいで撤退するとしよう。
「さーて、何を書くのかな……」
日奈がまとめて書類を掴むと、その中から封筒がするりと落ちる。赤い、禍々しさも孕んだ外観は、頭が無意識に警鐘を鳴らしてしまう。
「これも圭太が持ってきたの?」
「いや、知らない。受け取ったのはプリントだけのはず」
では、この封筒は誰から誰へ宛てた手紙なのか。確認しないことには、これ以上の進展は見込めなかった。
日奈は封筒を手に取り、中から便箋を取り出す。それも真っ赤だということはなく、一般的に使われる白いものだ。書かれている内容は、相手に読ませようという気がないようにも思えた。
「……何これ」
紙面に書かれた文字は、全てが歪な形状をしていた。というよりも、これが文字なのかすら日奈には推し量れない。読みづらさしかなく、送り主がどうしてこの書式で手紙を書いたのか、日奈には理解ができなかった。
「鏡文字かな」
手紙を見た怜が、怪訝そうに口にした。
この家に届いたということは、日奈か怜どちらかに向けられたもののはずだ。しかし、日奈はおろか怜にも心当たりはないようだった。
「怜、何か知ってるの?」
「左右だけを反転させた文字を、鏡文字って呼ぶ。それ以外のことは、私も知らない」
「反転って……これどうやって読めばいいのかな」
首を傾げた日奈に、怜が手鏡を渡す。日奈が愛用しているメイク用の相棒だ。
「それで文字を写してみて。読めると思うから」
怜の言葉に半信半疑ながら従う。書かれた文字の上に鏡をかざし、その鏡面を下から覗き込む。すると、眩暈のしそうな文字列があっという間によく知る文面に変化した。
「えーっと、拝啓魔女狩り様――」
読み上げた内容に背筋が凍る。これは日奈に宛てられたものだ。そして、ここが日奈の住む家だと知られている証拠にもなる。つまり、今すぐに奇襲を受けてもおかしくない状況だということだ。
日奈は辺りを見渡して、警戒心を強くする。怜も即座に端末を操作し、臨戦態勢を整えていた。
だが、いつまで経っても静寂以外が訪れることはない。しんとした室内に、固唾を飲む音だけが響いた。
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