Case03.倒の魔女#1
雲竜朱美には、目的がなかった。何かを成し遂げたい、ああなりたい、こうなりたいという殊勝な精神は、いつしか芽生えなくなっていた。
桜の呪いが急速に広がって以降、いつ尽きるかも分からない命を携えて、ふらりふらりと放浪している。
それでも、万屋への最低限の帰属意識の表れか、先々で出会う魔女は頼まれずとも討伐してきた。幸い、朱美の異能――”悪戯”は初見殺しに近い能力をしている。
攻撃を先置きしておき、それを任意のタイミングで実体化させる。相手からすれば、たった今まで何もなかった場所で致命傷を負わされるのだから、呆気に取られるだろう。
昔は剣を使っていた。見た目重視の武器選びだったが、右半身が呪いに侵され利き手で剣を振るうことは難しくなった。それからは、銃を使用している。後輩の異能から着想を得たのだが、これが思いの外相性が良かった。外傷を作り出さないことで、不可視の一撃にさらに磨きがかかる。さらに、引き金であれば左手でも簡単に引けるのも都合が良い。
「ごちそうさま」
器のスープを残さず飲み干し、朱美は屋台ラーメンを後にする。
秋も終わりに向かっているからか、夜はもう体の芯が冷えてくる。温かい食事でも取らなければ、外をほっつき歩くのも楽じゃなかった。
散策の途中、人ごみで派手な髪色をした少女たちとすれ違う。制服を着ているから、おそらく高校生だろう。下校時間にしては遅すぎる。容姿からの先入観にはなるが、夜遊びといったところだろうか。
(ったく、はしゃぎすぎだっての)
すれ違ってからしばらくしても、朱美の耳に届くほどの大声で彼女たちは談笑していた。これなら自分の後輩――日奈の方が品行方正だと、夜空にため息を零す。
久しぶりに会った日奈は、絶体絶命だった。全身ボロボロで、あと少し合流が遅ければ死んでいたかもしれない。そんな状況でも、日奈の眼差しは諦めることなく、真っ直ぐと敵に向けられていた。
成長を感じた。しかし同時に寂しくもあった。自分の後ろをついてくるだけだった彼女が、一人で敵に立ち向かう姿を見て、もう自分がいなくてもいいのだと思ったから。
(あんなの見せられたら、嫌でも感傷的になるよな)
まるで卒業式で生徒を見送る教師のような。あるいは、発表会に臨む子どもを見守る親の気持ちで、朱美は日奈のことを考えていた。
「うっ、さむ……」
身震いする風が、首元を通り抜けた。
ラーメンの効力ももう終わりを迎えようとしていた。次なる温もりを求めて、朱美はコンビニに足を運んだ。
「ふぅ……」
公園のベンチに腰掛け、ココアを流し込む。温かい飲み物は、早く飲まないと逆に体を冷やすことになる。
そうして飲料を消費している朱美のもとに、足音が向かってくる。人数は一人分、ガラの悪そうな擦った足取りは、自分の存在を隠そうという気が感じられなかった。
「十一月二十七日、午後九時三十三分。通りかかった市内の公園で、赤い上着の女と出会う。へぇ、星の魔女の予言は今回も命中かぁ」
「なんの用だ?」
声高でネチネチとした喋りの男に、朱美は鋭い視線を送る。
目の前の男は、確実に「魔女」という単語を口にした。それを放っておくほど、朱美も呑気ではない。
おまけに、直前の発言内容が気にかかる。男が口にしたのは、今日の日付と現在時刻。公園の時計は、まさしく九時三十三分を指していた。
「お前を殺しにきたんだ。あ、いや違うか。殺しちゃったんじゃ先にはいけないから、半殺しにしないと」
「ずいぶんと舐められてるみたいだな」
「舐めてる? 違うな、これは正当な評価だよ。僕が丹精込めて作ってきた魔女を殺して周るなんて結構やると思うよ。けどさ――」
男が言葉を切ると、周囲の空気が一段階冷えた感覚がする。
「ムカつくんだよね、そういうことされると」
「私としちゃ、魔女を作ってるとかいう虚言の方がよっぽどムカつくけどな」
「うるさいなぁ。口答えはしない方がいいって、学校で教わらなかったのか?」
「生憎と、絶賛休学中なものでね」
朱美の返答に、男は腕を組み首を振った。
「はぁ、いよいよ呪いが脳まで届いちゃったのかな。可哀そうだね、ああ可哀そうだ」
そう言いながらも、男はおかしさを耐えきれずにくつくつと笑い声を漏らす。
呪いの広がりを今さら悔いたりはしないが、この男の口振りはどうも癪に障る。
そもそも、この男――魔女の目的はなんだろうか。
朱美は以前にも、呪いを知っている魔女と遭遇したことがあった。朱美の頬に伝う桜の模様を見て、なぜか魔女に哀れまれたこともあった。この魔女も呪いのことを知っている。ここは一つ、桜の魔女に関する探りを入れてみても良さそうだ。
「可哀そうな私に、桜の魔女について何か教えてくれよ。私だって好きでこうなってるわけじゃないんだ」
「ダメだよ、ダメだダメ。何かをお願いする時はさぁ、それに相応しい態度ってものがあるでしょ? それもせずに、一方的に僕から情報を奪おうってのかい? 君は口も悪ければ態度も悪い。でも、悪い君に対して僕は寛大だからね。今からでも頼み方を改めるなら、用件を聞かないでもないよ」
つくづく腹の立つ相手だった。この場において、自分の方が立場が上だと疑いもしない。
魔女を倒していることを知っているのであれば、朱美が魔女に対抗できる力を持っていることも知っているはず。にもかかわらず、この高圧的な態度。自分の異能に相当な自信があるということだろうか。
仮に自分が重傷を負わされたとして、生きて戻ることができれば万屋の面々に情報を共有できるかもしれない。
朱美にはもう、プライドと呼べるものはほとんどない。だから、この寛大な魔女様とやらに頭を下げることに、一切の抵抗はなかった。
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