Case02.星の魔女#12
日奈が帰っても、家の中は暗いままだった。怜のことだ、もう寝てしまったということはないだろう。
廊下を進み電気をつけると、ソファに腰掛けた怜の背中を見つけた。
「ただいまー。どうしたの? こんな暗いところで待ってるなんて。あ、もしかしてサプライズのつもりだった?」
その背中に軽い調子で声をかけるが、怜の反応はない。仕方がないので、回り込んで正面から声をかけ直すことにした。
「怜ー? 帰ってきた――」
「本当だったんだ……」
対面した怜は、日奈の声を遮って言う。信じたくはなかった、というような絶望を乗せた声色に、日奈は戸惑うことしかできない。そして怜から向けられる視線は、少し前の圭太と同じ、日奈の体の一部位に注がれていた。
「ん? アタシ、本当に帰ってきたよ」
首を傾げながらそう言うと、怜の目は見開かれた。
「そうじゃない!」
突然出された大きな声に、日奈の戸惑いはさらに増す。一体、怜は何をそこまで怒っているのか。いや、そもそも彼女が怒っているのかすら、日奈には分かりかねていた。
圭太とのやり取りも然り、今日の日奈は特に察しが悪かった。
「私、全部聞いてたの。日奈と佐野君の会話も」
「あー……」
日奈は自分の不注意を呪った。通信機を着けていれば、その時の会話は怜に筒抜けだというのに。とはいっても、日奈が外したところで圭太の方から情報は手に入ってしまっただろうが。
つまり、怜には桜の呪いに侵されていると、すでに知られているということだ。打ち明ける覚悟がいらずに済んだとするのは、いささか前向きがすぎるかもしれない。それでも、これから市原たちに説明することを考えると、怜のステップを飛び越えたのは悪くない結果に思えた。
どうして黙っていたのと、糾弾されるのだろうか。本当に体は平気かと、追究されるのだろうか。
けれど、日奈の推測はどれも正解には程遠かった。
「私のせいなんだ……」
「え、何言ってるの?」
「……日奈がそんな目に遭ったのは、私のせいなんだよ」
意味が分からない。日奈の心情はその一点のみだった。それじゃあまるで、怜が桜の魔女だと言っているみたいなものだ。仮にそうだとして、日奈には怜を討つ自信はなかった。唐突に覚悟を求められ、固唾を飲む。
「怜、アタシすこーし馬鹿だからさ? もうちょっと分かりやすく言ってくれないかな?」
おちゃらけた日奈の発言に、「日奈の馬鹿は、少しじゃなくて結構」なんてツッコミを入れる余裕すら、今の怜にはないようだった。
「……きっと、私といるから日奈にも死が近づいてる。日奈は、日奈だけは大丈夫だと思ってたのに……」
ますます理解から遠のいてしまった。しかし、その中に日奈は気になる言い振りを発見する。
「『日奈にも』ってことは、他にもいるの? その……怜が自分のせいだって思ってる人が」
「日奈も孤児院の事件は知ってるはずだよ」
「それって……」
日奈の脳裏に蘇ったのは、当時中学生だった孤児院時代の記憶。
両親と死別し、引き取られた先の孤児院で日奈は怜と出会った。二人は唯一の同年代ということで、急速に仲を深める。事件があったのは、入所から二年経った冬のことだった。
その日は珍しく雪が降っていた。孤児院内は大盛り上がり、昼食を取った後に雪遊びをする予定が組まれていた。
献立のトマト鍋は、配膳係の怜が全員分の盛りつけを担当した。それから、全児童で食卓を囲むはずだったのだが――
「あの時、私と日奈は先に雪で遊ぼうって抜け出したでしょ」
「うん、そうだったね……」
大人に世話を焼かせる問題児っぷりは、その時から遺憾なく発揮されていた。昼食を食べずに、二人はグラウンドの雪景色に飛び出したのだ。
滅多にお目にかかれない積雪に興奮した二人は、すっかり時間を忘れて遊び耽っていた。一方の院内で、何が起きているかにすら気付かないほどに。
二人が異常を悟ったのは、孤児院に向かってくる数台の救急車――そのサイレンの大きさがきっかけだった。この場所で何かあったのかと、院内に戻って唖然とした。当然、その時の光景は日奈の頭に鮮明に浮かぶ。
死屍累々としか形容できない、誰一人無事な者がいない食堂。辛うじて電話口に辿り着いたのであろう職員も、受話器を戻すことなく事切れていた。
到着した救急車に乗せられた後、その異常な出来事を警察で事情聴取されることとなった。だが、二人は何も知らない。雪で遊んでいたら、自分たち以外が死んでしまっていたのだから。
少しして、二人のもとに伝えられた顛末は集団食中毒。運良くトマト鍋に口をつけなかった日奈と怜だけが、こうして生き残ることができたのだという。
「私がいたからみんなが……私がいなければあんなことには……」
怜の自責は、日奈の予想を上回っていた。たしかに、あの日の当番は怜一人だった。自分が毒入り鍋を分配し、当の自分は遊び呆けて生き残ってしまったのだ。罪の意識に苛まれるのも無理はないのかもしれない。おまけに、今回の日奈の呪いだ。どんどんと自分の身の回りから人が消えていく現実に、怜の心は悲鳴を上げてしまったのだろう。
「大丈夫だよ」
日奈は強く、怜の体を抱き締める。締めすぎて痛いと言われても構わない。なんなら言ってくれという気概で、怜を抱擁した。腕にかける力こそが、彼女を安心させるエネルギーになると信じて。
「アタシは死なない。絶対に怜の隣からいなくなったりしない。呪いなんて、気合いで跳ねのけてやるからさ」
「嘘……これは気合いでなんとかなる話じゃ……」
「じゃあ誓いは? アタシは必ず桜の魔女を倒す。それで、必ず怜とずっと一緒にいる。それからみんなを助けて、高校も卒業して、大学に行って……ひょっとしたら幸せな家庭を築いたり? とにかく! その全部を必ずやってみせるから。怜にも、アタシをサポートし続けてほしいの。ダメかな?」
腕の中の体が、震えていた。不規則なリズムで、しゃくり上げるような呼吸に合わせて。首元に、自分のものじゃない温かい感触が伝う。
痛くしすぎてしまっただろうか。日奈が腕の力を緩めると、今度は怜の方が体に回す力を強めた。
「離れないで……! あとちょっと、もう少しこうさせて……」
「分かった。アタシは離れないし、いつまでだってこうしてていいからね」
そうして一晩中、怜が寝息を立て始めるまで二人の抱擁は続いた。
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