Case02.星の魔女#11
駅が近づいてくると、一帯が夜にもかかわらず煌々と光を放っていた。あそこだけは、一日を通してずっと明かりに包まれている。
終電はもうない。帰る術を失った人の姿も、辺りにはちらほら見える。
その中の一つに、圭太を捉える。腕を組んだ立ち姿だけでも、彼の立腹っぷりが伝わってきていた。だからこそ、日奈は明るく軽快な足取りで圭太のもとへ向かう。
「お待たせー! またアタシの方が遅かったね!」
「この際、遅刻はどうでもいい。そんなことより――」
追及を覚悟していた日奈だったが、圭太からそれ以上の言葉が紡がれることはなかった。代わりに、圭太は震える瞳で見つめてくる。だが、視線が交錯することはなく、彼の目線は日奈の首元に注がれていた。
「それ……どうしたんだよ……」
「なーに? 急に怖い雰囲気出しちゃって。アタシの顔になんか付いてる?」
「顔じゃない……お前、いつから……」
圭太が何に怯えているのか、日奈には全く察しがついていなかった。出会ってすぐにこの有り様だ、分からないのも無理はない。
というよりも、失念していたのだろう。激しい戦いの最中の、命からがらの行動を。朱美との再会や怜と話せたことの安堵、圭太のことを放っておいたことへの焦りなど、日奈にはそれを気に留めるほどの余裕がなかった。
日奈のトレードマーク。彼女が無意識に触れていたアイテム。周囲の目から秘密を隠し続けていた――首元のチョーカーを日奈は着けていなかったのだ。
「もう、はっきり言ってよ。そんなんじゃ、いつまでも分かんないって」
「くっ……! 首のその桜……呪いだろ?」
「……! あ、そっか……」
ようやく日奈は、自分の首元が無防備になっていることに思い至る。いつもならチョーカーの下に潜んでいる、小さな桜の模様。分かっていれば隠したはずだ。これまでも、そうしてずっと隠してきたのだから。
誰かは勘づいていたかもしれない。鋭い天城の眼なら、共に過ごしてきた怜なら、あるいは富士なら。健康診断で、チョーカーを外したことは一度もなかった。今思えば、何かありますと宣言しているようなものだった。
露骨ともいえるほど、これまで人目に晒すことを避けていたはずなのに。秘密がバレる時というのは、こうもあっさりしたものなのだろうか。
日奈は震える息を吐く。これは間違いなく寒さのせいじゃない。無論、武者震いでも。
動揺だ。緊張だ。恐怖だ。秘密が人目に触れたことが、少しずつ日奈の動悸を激しくしていた。
「まぁ? 全然体は動くし、全然平気っていうか……。全然心配はいらないって感じで……」
だんだんと顔が俯いていくのが分かる。もしかすると、そうして首を曲げることで呪いが見られるのを防ごうとしていたのかもしれない。
この期に及んで醜い足掻きだと、自嘲してしまう。
「いつからだ」
「え……?」
「呪いが出たのはいつだって聞いてるんだ」
顔を上げて、日奈は驚いた。ついさっきまで揺れていた圭太の瞳が、今は真っ直ぐに自分――その瞳を見据えている。
黙っていたことを咎めるわけでも、目の前の事実に悲観するわけでもない。虹彩に宿った強い光が、日奈の背中を押してくれるようだった。
「えっと……一年前くらい、かな? 最初はもっと小さかったんだけど……」
「たしかに、その進行なら体に広がるのはまだ先かもな」
日奈が安心した表情を浮かべる前に、圭太は「けどな」と流れを断つ。
「進行速度が一定とは限らないし、突然呪いが活性化するかもしれない。桜の魔女を討伐していない以上、どんな問題が起きるかは分からないんだ。そのことを、お前は分かってるのか?」
日奈は、自分の考えがいかに浅はかだったかを思い知る。隠せなくなるほど呪いが広がってから、体に不調が出てから打ち明ければいいと思っていた。だが、圭太の言う通り、変則的な事象が発生する可能性もあった。対処法が周知されている病気とは違う、相手は人知を超越した魔女の呪いなのだ。取り返しがつかなくなってからでは遅い。
「ごめん……」
「謝るな。謝るくらいなら、これからどうするか考えろ」
「……うん」
「桜の魔女を倒したいのは深山だけじゃない。俺だってそうなんだ。お前を死なせないって目的もできたことだしな」
「うん……」
圭太の言葉に、日奈は短く返答することしかできない。
そんな日奈に圭太は一歩近づき、ダウンのチャックを掴む。一番上まで引き上げられ襟が立ち、首元を温かさが包み込む。
「とりあえずはこれで帰れ」
「ありがと……」
「あれの代えはあるのか?」
圭太は自分の首を指す。
「うん。……もしかして圭太、チョーカーって名前知らなかったの?」
「は、はぁ?! そんなこと、今関係ないだろ!」
「アハハッ、格好つかなすぎでしょ!」
日奈が弾けた笑いを見せ、圭太は乱暴に頭を掻く。
いつもと同じように。そう、秘密を抱えなくても関係は変わらないのだ。それこそが信頼と呼ばれ、人と人を繋ぐ強い思いだった。
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