Case02.星の魔女#8
「そろそろ、こっちから仕掛けないとヤバいかな……」
爪はすでに片手分使い終えている。五本残る爪も、威力次第ではすぐになくなってしまう。日奈の都合でいえば、求められるのは短期決戦だった。
とはいえ、闇雲に撃って当たる相手ならこんなに苦戦していない。相手の攻撃の合間を縫ってなんとか反撃できている程度で、致命傷は未だ与えられていなかった。
当てるなら一発、最大最高の火力で一気に仕留める。そのためには、確実で大きな隙を作り出す必要があった。
「仕方ないナ……できれば見せたくはなかったガ……」
ふと、星の魔女が声を発した。紡がれる言葉が与える違和感は、訛り――片言のせいだ。
それから全身に巻かれていた布を脱ぎ去った。黒いドレッドヘアが目を引く、褐色肌の女性が日奈の前に現れる。
おそらく日奈よりも年上の、外国人。それが容姿から得られる印象だ。
身に着けた衣服は、ノースリーブに半ズボンと季節外れではあった。ツルツルとした生地の質感からしてユニフォームといったところだろう。
「姿を晒したからニハ、お前をここで殺ス。これはその覚悟ダ」
「そっちも本気ってわけか。アタシたち、案外気が合うかもね」
「…………」
日奈の軽口に、星の魔女は反応を示さない。
つまり、ここからが第二ラウンド。そして、この戦いの勝者がどちらかは、未来を見られる星の魔女にも分かっていないようだ。
(分かりきった結末よりは、希望があっていいかもね)
先が見えないことに不安を覚えるくらいなら、バッドエンドが確定していないことに希望を持ちたい。日奈はそうやって生きてきた。
明日の朝日を拝むには、ここが正念場だ。最後には笑っているのは自分だと、日奈は信じていた。
「ふっ……!」
星の魔女は、今までの最高速、それを上回る速度で日奈に迫る。
「っつ……!」
繰り出された一閃。右のストレートが、日奈の頬に赤い線を引く。
予測できることと反応できることは、必ずしもイコールではない。分かっていても避けきれない。それほどまでに、星の魔女はギアを引き上げてきていた。
テンポが遅れた日奈を狩るように、頭を狙った回し蹴りが飛来する。回避は間に合わず、咄嗟に左腕で受け止める。
ミシミシと、骨の軋む音が鳴る。この調子で防戦一方なら、先に体が限界を迎えてしまう。どうにか攻めに転じたいのだが、押し寄せる手数に致命傷を避けるので精一杯だった。
一旦距離を取り形勢を仕切り直そうとしても、星の魔女からの追撃が止まらずままならない。
(怜の予測がなかったら、アタシ何回死んでるか分かんないな……)
追い詰められていく過程で、徐々に日奈の中に後ろ向きな感情が芽生え始める。
心持ちは、態度や振る舞いの積極性を左右する。戦いにおいて、それは動きの鈍りを意味していた。
「もらっタ!」
顔面ど真ん中。当たれば必死の一撃が日奈の眉間に襲いかかった。
「こんの……!」
土壇場で、日奈は後ろに身を投げる。受け身が取れなくても構わない。その後の追撃のことも考えていない。ただこの一撃を躱すため、俯いた自分に活を入れるために日奈は飛んだ。
結果、空を切った拳だったが、犠牲はあった。緩んだサングラスに衝撃が伝わり、破片を散らしてしまう。
「日奈……!」
怜からの焦りも伝播する。
正直、怜の援護をなしに日奈が星の魔女と戦う術はなかった。相手は先読みの先に達そうとしており、こちらは土俵に上がる手段を失った。開いた差は、戦闘開始前よりも大きかった。
「っだは……」
背中から着地し、体内の息が吐き出される。受け身も取れていないから、体中に痛みが広がる。惜しげもなく披露していた脚も、今や擦り傷だらけだ。
仰け反った体を起こして、敵を見る。残すはとどめだけだと、一歩一歩ゆっくりと歩を進めてくる。先ほどまでの猛攻が嘘のように、じわじわと恐怖を植えつけてくるようだった。
星の魔女は、日奈の体を跨ぐ。見下ろす瞳は、底冷えする深い夜を象徴していた。
首を一周するチョーカーに、星の魔女の手がかかる。魔女の腕力は、片手で日奈を浮かせる。
「手間をかけさせられたからナ、少しくらいいたぶってもいいだろウ」
日奈の頬を、軽く振られた拳が打ち抜く。
「ぐふっ……!」
「日奈! 佐野君を呼ばないと……!」
怜は保身を捨て、圭太に助けを求めることを選ぶ。だが、怜から通信を繋ぐことはできない。遠隔のカメラ越しに、日奈が暴力に屈する様子を見ることしかできなかった。
「誰か、誰か日奈を……!」
耳元で、怜の悲痛な叫びが聞こえる。心配をかけてしまった。彼女の待つ家には、もう帰れないかもしれない。
(それで……いいの……?)
命を投げようとする自分に問いかける。
……いいわけがない。でも、もう戦える力は――
何を言っている? 力ならある。魔女に対抗できる、自分と怜を結ぶ異能が。
虚ろな意識の中で本能が、生きようと、生に縋ろうという本能が、日奈の体を動かした。
銃を象った右手、その指先が狙いを定める。
「っ……!」
星の魔女が飛び退く。しかし、日奈が撃ったのは自分のチョーカーだった。首を覆う輪を焼き切り、脱出を試みたのだ。
解放された日奈は、鈍い音を立てて地面に落下する。
「っは……! げほっ、ごほっ……!」
窒息しかけた体が、反射で咳き込ませる。酸素が脳に行き渡ると、同時に鬱々とした感情は晴れていく。
自分は何を悲観していたのか。まだやれることはあるはず。そう己を奮い立たせた日奈に声がかかる。
「――いい目だ、日奈」
日奈は目を見開く。星の魔女の背後――そこにいたのは、日奈も長らく顔を見ていなかった相手。富士や市原が行方を追っていた人物。
「朱美、さん……?」
「久しぶりだな」
朱美は挨拶代わりにと、片眉を軽く上げる。
ツーサイドアップで纏めた黒髪に橙の瞳。真っ赤なライダースジャケットを身に着けた姿は、日奈の知る朱美と何も変わっていない。唯一違うのは、首から右頬にかけて這うような桜の模様。
「援軍カ? すでにそいつは敵じゃなイ。今さら一人増えたところデ――」
「悪いね。私、戦うつもりはないから」
「ナニ?」
「……え?」
「日奈まで驚くなって……やりづらいだろ」
朱美は困り顔でそう言うと、息を吸って表情を引き締めた。
「決着はついてるよ。あんたはもう、負けてるのさ」
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