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ガン・アンド・ロジック  作者: 大豆の神
Case02.星の魔女
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Case02.星の魔女#6

 僅かな振動と軽快な旋律。ポケットから取り出したスマホは、画面に二十二時を表示していた。

 駅前にはまだ人の影が幾多あり、この人の目が日奈たちの無事を保障してくれる天然の防壁となっていた。


 吐いた息が、夜の街に溶けていく。お返しとばかりに吹く風が、日奈の首を冷たく撫でた。


「んじゃ、いっちょやりますか!」


 身震いする体に発破をかけるように、日奈は手を合わせる。その指先の全てが、この作戦で輝こうと長いネイルを据えている。


 赤のダウンは奇抜な選択に思えるが、自分の出血や返り血が目立たないという色気のない理由だ。オーバーサイズのダウンに隠れたミニスカートからは、白い脚が覗いている。

 どれだけ寒くても脚を出しているのは、オシャレというよりも戦いやすさを重視した結果だった。世の中には、生死を分けるわけでもないというのにミニスカートを履き続ける人種がいるとかいないとか。そんな人々の我慢強さに、日奈は敬意を表したかった。


「圭太も準備はいい?」


「いつでもいいぞ」


 圭太は、変わらず黒一色の装いをしている。隣にいるはずなのに、闇夜と混ざって消えてしまいそうだ。

 なんとなく不安になって、圭太のコートの裾を掴んでしまった。


「寒いのか? 悪いけど、俺のコートは貸せないからな。腰の剣を見られたら、俺が捕まる」


「……そんなんじゃないし。ってか、ダウンの上からじゃコート着れないじゃん」


「なら、今度はちゃんとズボンを履くことだ」


「余計なお世話だっつーの!」


 そう悪態をついて、圭太の尻を平手で打つ。日奈の行動がピンとこなかったのか、圭太は困惑した表情をするだけだった。


「魔女に会ったらちゃんと連絡すること。分かった?」


「子ども扱いするな。お前こそ、一人で倒しきろうとするなよ?」


「うぐ……分かってるってば!」


 駅に背を向け、互いに別の方向へ歩き出す。

 しばらく歩いたところで、日奈は通信機の電源を入れる。こっちは怜とも圭太とも繋がる、日奈仕様の端末だ。


「あー、あー、聞こえてますかー?」


「こっちは問題なし」


 即座に怜からの応答がある。怜との通信に関しては、いつも通りなので問題はない。日奈が確認したかったのは、圭太の方だった。しかし、圭太からの返答はない。


「けーいーたー? きーこーえーてーるー? おーい、けい――」


「き、聞こえてるから、そんなに呼ぶなって……!」


 日奈の催促に腹を立てているようだが、それよりも焦っている風にも取れる口調が引っかかる。

 謂れのない怒りだったら文句を言ってやろうと、日奈は不平を口にした。


「えー? でも、最初に聞いた時に返事してくれなかったし」


「あれは……その、独り言みたいで恥ずかしかったというか……」


「アハハッ、何それ! 超ウケるんだけど!」


 答えは予想の斜め上、圭太の羞恥心を刺激する結果となり、日奈は思わず吹き出す。

 通信技術の発達により、無線イヤホンで通話をする人も増えた。思えば、自分も当初は彼らを奇異の目で見ていたような気がする。やはり慣れは恐ろしいものだと、日奈は実感した。


「……緊急時以外、俺は反応しないからな」


「はいはーい」


 右耳には通信相手の声、左耳には靴裏とアスファルトが擦れる音がそれぞれ届く。夜が更けるにつれて、街も息を潜めていくようだった。周囲が寝静まれば寝静まるほど、魔女の毒牙が這い寄ってきていると錯覚し、否が応でも神経が張り詰めていった。


 もし、襲撃が二人以上だったら。もし、敵を前に手も足も出なかったら。もし、襲われた圭太が先に倒れてしまったら。最悪への道筋はいくつもある。それでも、足を止めることはできない。いや、止まるわけにはいかないのだ。桜の魔女を倒すまでは。


 日奈はチョーカーの金具に触れる。冷えた指先は、まだ金属よりは温かった。


 助けたい人たちがいる。期待をしてくれている人たちがいる。守りたい世界がある。それから――


「アタシの帰りを待ってる人がいるからね」


「うん、待ってるよ」


 怜は静かに一言だけ返す。それだけで十分だった。

 その直後、通信先の怜が息を呑んだ。


「日奈、後ろ!」


「え? うし――」


 怜からの返答は必要なかった。背後、何かが迫っていると日奈は直感した。振り向きざまに、上体を反らすことでなんとか回避する。

 風を纏った一撃が日奈の髪を掠め、金の糸を薄闇に散らす。怜の警告があと少し遅かったら、それは確実に日奈の頭部を捉えていただろう。


「っぶなー……噂通りの闇討ちだね。けど……」


 距離を取った日奈は、これまでの襲撃との違いを感じていた。初撃の段階で、敵は自分の命を奪おうとしていた。打撲でも捻挫でも骨折でもなく、再起不能に。二度と立ち上がれなくするための容赦ない攻撃。そしてそれが、対峙する魔女の拳から放たれたものだと認識した。


 放つといっても、光線を出したり衝撃波を出したりするわけではない。ただ純粋に、握られた拳そのものが明確な殺意と共に日奈を襲ったのだ。


 魔女は奇襲後も日奈の前に体を晒していた。砂漠を放浪するような、全身を真っ黒な布で巻いた出で立ち。顔の前で腕を構え、肩幅に開いた足元で小刻みにステップを踏む様は、何らかの武術に精通していることを示していた。

 事前に聞いていた話では、こうして自分の姿を見せることはなかったはずだ。今夜は目撃されても構わないらしい。おそらく、その目撃者を消すことこそが目的ということなのだろう。


『日奈君と圭太君は、うちの中でも特に大事な戦力だ』


 市原の言葉が過る。目を付けられたのだろうか。

 圭太からの連絡はない。先の発言からして、まだ急を要しているわけではないはずだ。


 魔女から目を離さないよう注意を払いながら、耳元の端末を操作する。


「圭太? そっちは順調?」


 努めて明るく、なんともない風の声で圭太に問う。


「順調も何も……ただ歩いてるだけだ。そっちも進展はなしか?」


「……うん。まだ魔女のまの字もお目にかかってないよ」


「そうか。接敵したら言えよ。今回はお前だけじゃない、俺たちの任務なんだ」


「……分かってるって」


 やり取りを終え、通信を切る。零したため息は、安堵と緊張と半分ずつといったところだった。

 あの感じなら、圭太はこっちには来ない。そして、彼が現在も襲われていないということは、相手は一人。あとは、目の前の相手にどれだけ食いつけるか。


「日奈、佐野君呼ばなくていいの?」


「いいのいいの」


 寒さのせいか、体が震えている気がする。でも、嫌な感じじゃない。だからこれはきっと――


(武者震いってやつだよね)

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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