Case02.星の魔女#3
それから数時間後、圭太が日奈の家を訪ねた。持ち込んできたのは、キャリーケース一つと学校用のリュックのみ。あれやこれやともっと大荷物になるかと考えていたが、男子の荷物はそう多くないと早めに結論を出した。
「お邪魔します……」
「はーい、お邪魔ですよー」
かつて、「お邪魔します」がこんなにも正しく使われたことがあっただろうか。
圭太も、自分が邪魔になることは承知の上だろう。しかし、互いの安全のため、市原からの命令とあれば従う他ない。たとえ、この共同生活に嫌気が差した日奈が魔女を討伐するまでが筋書きだったとしても、ひとまず一人ずつで襲われている現状を変える方が先決なのだ。
休日の日奈を見て、圭太は最初にこんな感想を口にした。
「深山って、その首のやつ家でも着けてんだな」
「ああうん、もう体の一部みたいな感じだからさ。寝る時もお風呂の時も――って! 圭太のエッチ!」
「は、はぁ?! 聞いてもないこと言い出したのはそっちだろ!」
玄関での冤罪のほとぼりが冷めた後、圭太は間取りの説明を受ける。キッチン、風呂、トイレなど、生活するうえで必要なものがある場所は、これで把握することができたはずだ。
一周してリビングに戻ってきた日奈は、圭太に最低限のルールを伝えた。
「いい? 圭太の部屋はないから、ここで生活すること。布団は買ってきたから、それで寝てね」
「わざわざ買ったのか、悪いな」
「一応お客様なわけだし? それくらいはするけど……でも! 怜の部屋に勝手に入ったりしたらダメだからね!」
「アタシの部屋もだからね!」という念押しをされずとも、圭太はこの家で下手なことをするつもりはなかった。健全な男子高校生――例えば同級生たちであれば、これを千載一遇の好機と考えたかもしれない。
圭太がソファに腰を下ろすと、正面には沈黙したテレビが鎮座していた。そういえば、これに関してのルールはまだ話していなかったと日奈は思い至る。
「テレビは好きに使っていいよ。アタシはこっち派、だからさ」
日奈はスマホを取り出し、ひらひらと見せびらかす。
チャンネルを取り合わないで済むのはありがたい。そう感想を零した圭太は、リモコンを操作した。
「復興祭、皆さんはどのように過ごされましたか? 本日は、万葉の顔でもある吉野市長から、ヤエザクラに関する歴史について伺いたいと思います」
夕方のニュース番組、そのコーナーの一つを使って復興祭関連の特集が組まれていた。市内の山中にある大きな桜の木――ヤエザクラは、復興の証として大切に祀られている。歴史の教師曰く、ヤエザクラの美しさが、人々に活気をもたらしたのだとか。日奈も圭太も話には聞いていたが、当然実物を目にしたことはなかった。
レポーターからの振りを受けて、吉野がカメラに捉えられる。久しぶりというほど懐かしい顔ではないが、やはり血色の悪い姿に日奈は苦笑する。
「二十七年前のことになりますね……痛ましい事故でした。ちょうどヤエザクラがそびえるあの場所に、隕石が落ちたんです。隕石が落下し、絶望に追いやられた市民を奮い立たせたのは、猛々しく花を咲かせたヤエザクラでした。そして、それに呼応するように広がった桜並木。雄大でもありながら可憐なその花々は、心だけでなく土地にも活気をもたらしました」
吉野のコメントの後、ドキュメンタリー映像が流れる。
史実と共に、当時の様子をナレーションが再び語った。その空気に飲まれ、日奈と圭太は画面に釘づけになっていた。
ちょうどこの頃、精力的に復興活動に取り組んでいた吉野が、市民に担ぎ上げられ市長に就任したというのは余談だそうだ。
「へー、ヤエザクラってそんなすごいものだったんだ……」
唖然として呟いた日奈に、圭太が呆れた顔を浮かべる。
「嘘だろ。自分の地元のことくらい、もう少し勉強しておけって」
「いいじゃん、勉強しなくてもこうしてテレビで教えてくれるんだからさ!」
「さっきテレビ派じゃないって言ってただろ……」
都合の良いやつだ、と圭太は肩を竦める。口で日奈に勝つ未来はほとんど見えず、おまけにここは日奈の領土だ。圭太にとっては、相当に肩身の狭い共同生活となることだろう。
もしかしたら、先に音を上げるのは自分の方かもしれない。そう冗談めいたことを圭太が言った。
その矢先のことだった。
「ねぇ、イチャイチャしてないで、そろそろご飯にしない?」
声のする方を向いて、圭太は意表を突かれた。
ソファの肘掛部からひょこっと顔を出した怜と、圭太の視線が交錯したのだ。
「き、衣笠……!?」
圭太は驚きのあまり、ソファから勢いよく立ち上がる。
日奈との距離感に関しては、長い付き合いの中で学んでいる。だが、怜と中学時代から言葉を交わした機会はほとんどなかったのだ。
「どうも」
「あ、ああ、こちらこそ……しばらく厄介になる」
初々しい二人の様子に、日奈はひとしきり笑った後に宣言した。
「よし! せっかくだし、外に食べに行こっか!」
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