Case02.星の魔女#2
「ってことがあってさー、アタシは今大ピンチってわけ」
「ふふふ、いいじゃない共同生活。私は羨ましいわよ、一人は結構寂しいから」
久方ぶりの地下、話し相手の登場に蛇の魔女はご満悦だ。それなりに思い通りの生活をしているようにも見えるが、魔女という性質上同居人だけは用意されていない。そう考えると、自分の来訪に喜ぶのも納得できると日奈は思った。
自分だって、一人きりの生活は心細い。怜がいてくれるから今の生活にも楽しさを見出せている。もし怜がいなかったら、日奈は蛇の魔女のもとへ顔を出す機会が増えていたかもしれない。
それにしても、万屋は――というよりも市原はなぜ蛇の魔女にここまで施しを与えるのだろうか。罪を犯した人間であれば、待っているのは寂れた刑務所生活だ。それに比べて、蛇の魔女は自他共に認める悠々自適な生活を送っている。
たしかに彼女は、殺人などの大罪を犯したわけじゃない。せいぜい、創作の資料として人間を監禁していた程度だ。そして、殺すことができなかったからここに閉じ込めておくことしかできていない。
蛇の魔女が話題に上がった時、市原の目元は哀れみの情を映し出す。それが日奈には気がかりだった。
蛇の魔女は、市原を初対面だと言った。市原には、まだ勇気が出なくて聞けていない。
「いいわけないでしょ! 女の子なら歓迎だけど、相手は圭太だよ?」
「その一つ屋根の生活から芽生える何かだって、あるかもしれないわよ」
「うげっ、もしかして蛇さんって結構ロマンチストだったり?」
「違うわよ。私はただ、物語が好きなだけ」
そう言うと、蛇の魔女は振り返り背後に目を向ける。釣られた日奈の視界に入ったのは、ずらりと並んだ本棚だった。
読書とは縁のない日奈からすると、背表紙だけでは蛇の魔女の愛読書を知ることはできなかった。しかし、その数を見るだけで直前の『物語が好き』という言葉の説得力を感じていた。
「そんな色々知ってそうな蛇さんに質問! ってか、今日はこれが目的だったんだけど……」
言葉尻をすぼめながら、肩を落す日奈。
三十分という短い猶予しかない状況で、雑談で時間を浪費してしまった。こういう時くらいは、お喋り癖をどうにかしなければと戒める。
「今、アタシたちを襲おうとしてる魔女が何者か、蛇さんは知ってる?」
日奈からの問いに、蛇の魔女が下唇をなぞる。本心はどうであれ、日奈にはそれが真剣に思案してくれている証だと思えた。
「そうね……反撃しようとしたら、一切攻撃が当たらなかった。被害者はそう言っていたのよね?」
「そだね」
『動きを予測されてたようだ』と、襲われた異能者は一様にそう口にしたらしい。日奈には及ばなくとも、万屋に在籍する異能者は誰もが戦闘経験がある。その彼らが、こうも容易く重傷を負わされているのだ。何か裏があると考えるのが妥当だった。
「筋肉の動きから動作を予測した……いや、異能にすら対応してみせたって話だものね。それはもう、未来が見えていると言った方が適切かしら」
蛇の魔女は、日奈から聞いた話を統合して朧気だった敵の輪郭を描き出していく。
この手の頭脳作業は、本来であれば怜の役割なのだが、今回ばかりは魔女に造詣の深いであろう蛇の魔女を頼ることにした。
「未来が見える異能なんてあるの?」
「未来を見る異能は、星の魔女が持っていたわ。まぁ、彼女が生きているのかどうか、私は知らないけれど」
「蛇さんにも、分からないことはあるんだね」
「知らないことは知らないと言うわ。当てずっぽうの答えのせいで日奈さんに怪我されたら、私ちょっと悲しいもの」
その言葉に嘘がないのなら、自分は随分と蛇の魔女に買われていると思った。月に数回顔を出すだけでこの扱いなら、きっと蛇の魔女が人間だったら恋多き人生だったことだろうと勝手に夢想していた。
そして、アラームが鳴る。刻限がやってきたのだ。
「残念、もう少しお話できるかと思ったのに」
「しょっちゅう来るわけじゃないから、来る度に話題が溜まっちゃてるんだよねー……。そのせいで、いっつも時間ギリギリだよ……」
「時間、伸ばしてもらったら?」
首を横に振った。約束は約束、守って初めて信頼関係が築かれる。市原と約束した時間の制限も、蛇の魔女と交わした他言しないという約束も遵守している。
相手が魔女であっても、それが約束を違う理由にはならない。日奈はそう考えている。せっかく得た情報を万屋に周知できないのは心苦しいが、市原が黙認してくれる間はこの姿勢を貫き通すだろう。
「んじゃ、アタシは行くね」
「ええ、また。何か進展があったらいらっしゃい。魔女絡みのことでも、例の男の子とのことでもね」
「もう、揶揄わないでよ! 圭太はそういうんじゃないんだから!」
一連のやり取りを終えた日奈は、放課後の恋バナみたいだと場に似つかわしくない感想を抱いたのだった。
魔女と人間じゃなかったら、彼女とも友だちになれたのだろうか。地下を後にした日奈の頭には、そんな夢物語が広がっていた。
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