三八三年 祝の十六日
朝、食事に向かうカートが私の前に立ち止まった。
「…今日で訓練終わりなんだ」
知ってるよ、と頷くと。
「追加訓練終わったあと。話、聞いてほしい」
私を見る目は、ものすごく真剣で。
「うん。わかった」
頷くと、少しだけ笑ってありがとうって言ってくれた。
走って出ていくカートを見送って。
私にできるのは、ちゃんとカートの話を聞いて、自分の気持ちを伝えること。
わかってるよ。
今回もククルはたくさんお菓子を焼いてくれたから、皆が店で食べてる間、私たちも宿でお茶をする。
ソージュもいるし厨房ではちょっと狭いから、久し振りに食堂を開けた。
六つあるテーブルをひとつだけ使う。四人だけだとがらんとしてちょっと寂しいね。
お茶を淹れてきて、お菓子を並べて。
「次はククルに休んでもらっていいか?」
お父さんの言葉にもちろんと頷く。
ククルも休みなしだもんね。たまにはゆっくりしてもらわないと。
「ソージュも。訓練中だけと思っていたんだが。増えてしまってすまないな」
「俺で役に立てるなら。いつでも言ってください」
ソージュは笑ってそう言ってくれる。
ホント、優しいよね。
本業のほうはどうだとお父さんに聞かれて、今は受けてる仕事がないから勉強中だって答えたソージュ。
ネウロスさんの細工をお手本に、真似してみてるんだって。
ここでの仕事が終わって夜にやってるって。真面目で勉強熱心で。ソージュは変わらないね。
「俺のいない間、兄さんたちと父さんもお手本にしてるんだ」
ありがとうって、改めて言われるけど。
私はお店に行っただけ。
ネウロスさんは、ソージュの頑張りを認めてくれたんだよ。
夕方になって。カートたちは食事に行って。
前を通るとき、カートは私を見て。ちょっと緊張した顔してた。
私だって緊張してるよ…。
ロイが追加訓練に行ってから、食事に行きかけたナリスが心配して戻ってきてくれた。
「大丈夫?」
「うん。平気」
絶対にカートのほうが緊張してるだろうから。
聞くだけの私がこんなんじゃ駄目だよね。
「ありがとう。ちゃんと話してくるよ」
ナリスは黙って頷いて、優しく頭を撫でてくれた。
追加訓練から帰ってきたカート。私の前に来て、ちょっとぎこちなく笑って。
「俺の話、聞いてください」
頷くと、一緒に来てと言われて。ふたりで宿を出る。
少し暗くなってきてるけど、顔が見えない程じゃない。宿から離れて立ち止まって、カートが振り返った。
「レム」
私の名を呼ぶ、真剣な声。
「…初めてレムを見たときから、かわいいなって思ってて。前にここにいる間に、レムが優しいことや、しっかり自分の考えを持ってることを知って、だんだん本気で…」
一度言葉を切ったカートが、まっすぐに私を見つめてる。
「俺、レムが好きなんだ」
本当に真剣に、カートは私に告げてくれたから。
私も真剣に、私の気持ちを伝えなきゃいけない。
「…ごめんね、カート。私にも、好きな人がいるの」
ぎゅっと自分の手を握りしめて、そう言った私に。
カートは全然驚いた様子もなく、少し寂しそうに笑った。
「ナリスさん?」
カートの口から出た名前に、私はホントに驚いて。
カート、何で知ってるの??
多分顔に出てたんだろう、やっぱり、とカートが呟く。
「ずっとレムを見てたから。レムが誰を見てるかくらいわかるよ」
そう言って、視線を落として。溜息をついてから。
「ありがとう、レム。約束通り、話を聞いてくれて」
次に顔を上げたカートは笑ってて。私は慌てて首を振る。
「私のほうこそ、好きになってくれてありがとう。応えられなくて、本当にごめんね…」
「残念だけど。こればっかりは仕方ないよ」
多分私に気を遣わせない為に、カートは軽くそう言って。
「次ここに来たときは。友達として仲良くしてくれる?」
優しいその笑顔に、私は必死に涙を堪える。
カートが笑ってくれてるんだから、ここで私が泣いちゃ駄目。
「もちろんだよ!」
いっぱい頷いてそう返すと、ありがとうって言ってくれた。
先に帰ってて、って言われて。私はカートを残して宿に戻った。
私が受付にいたらカートが戻りにくいかなって思ったし。涙を堪えるのも限界だし。受付に戻らず厨房に向かう。
厨房への細い廊下。その先で、ナリスが待っててくれてた。
姿を見た瞬間、涙が溢れて。泣きながら飛び込んだ私を、ナリスは受け止めてくれた。
「こっちに来ると思ったんだ」
私をぎゅっと抱きしめて、ナリスが言った。
泣いてる理由は聞かずに私を厨房へ連れていって座らせて。
お茶淹れるよって頭を撫でて。
前にカップを置かれる頃には、私の涙も止まってたけど。
ナリスは優しい顔のまま、隣に座ってくれた。
ふたりとも黙ったまま、お茶を半分くらい飲んで。
「…ずっと私のこと気遣ってくれたよ」
ぽつりと私が言うと、ナリスは何も言わずに私の肩を抱き寄せた。
「ありがとうとごめんねとでいっぱいになっちゃった」
こてんとナリスの肩にもたれかかって。しばらくそのまま、ふたりで寄り添ってた。
「ありがとうナリス。もう大丈夫」
そう言うと、ナリスが私の肩を放してくれた。
見返すと微笑んで、そっとキスして。
「明日、ちょっと残って時間をもらって。アレックさんに話そうと思ってる」
ぎゅっと私を抱きしめる。
「いい?」
「ありがとう。私も一緒に話すね」
ナリスを抱きしめ返して。
「私はナリスのことが大好きなのって」
強くなった腕の力に、喜んでくれてるのかなって思いながら。
ナリスの胸に顔をうずめて、精一杯抱きしめた。
カート回です。予告はしてたものの、訓練中なのであまりアプローチもできずでしたね。なかなか会いに来れない彼らが自分を意識してもらうのは、やはり大変なのかなと思います。
本編はアリー無双とラウルの決意。ロイも真面目にがんばってます。
ちなみにこれ以後、アリーはダンに出会う度に手合わせを申し出るようになりますが、断られ続けます。