表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/176

三八三年 明の三十三日

もちろん長いです。

 結局、あんまり眠れなくて。

 朝、少し早めに身支度を終えて。

 昨日のことを改めて考える。

 ナリスは私を好きだと思ってくれてるから、ソージュと私が抱き合ってると思って不安になったんだよね。

 それはわかるし。昨日されたことを怒るつもりもないよ。

 年始にナリスが言ってたこと。

 前に色々あって。

 今は違うってわかってるって。

 つまり、前に恋人だった人と、何かあったってことだよね。

 何があったのかなんて、聞くつもりはないけど。

 多分ナリスが別れるときや私がほかの人と仲良くしてるのを不安がるのは、そのせいなんじゃないかって。

 私にだって、もうわかるから。

 だから怒ってないよ。

 不安だって。心配だって。そう思ったら言ってくれたらいいよ。

 そしたら、私はナリスが大好きだから大丈夫だよって答えるから。

 私の気持ちを信じてほしいって、そう言うから。

 今日ナリスは謝ってくれるんだろうけど。

 怒ってるんじゃなくて。

 わかってほしいんだって。

 どうしたら伝わるのかな。



 宿に行くと、ロビーの長椅子にナリスが座ってた。

 待っててくれたんだね。

 私を見て立ち上がったナリスは、少しぎこちなく笑って。

「…おはよう」

「おはよう、ナリス」

 昨日のこと気にしてるよねって、当たり前だよね。

 だから何か言おうとしたナリスの手を取って、驚いてる間に引っ張って。

「お茶、淹れるよ」

 そう言って止めて、厨房に行く。

 引かれるままおとなしくついてきたナリスに、火を入れるから待ってて、と手を放そうとすると、逆に握られて首を振られた。

「昨日はごめん」

 ぽつりとナリスが口火を切る。

「幼馴染って知ってたけど。帰りにレムの口から何度も名前聞くなって思って。宿にいたから驚いて、すごく仲良さそうで。…嫉妬した」

 視線を落として、ナリスは続ける。

「夕方、下に降りたらちょうどあいつが抱きついたところで。レムがあいつの背中に手を回したのを見て、それ以上見てられなくて」

 ぎゅっと、私の手を握りしめて。

「…部屋に戻ってから、俺のものなのにって。そう思って苛ついて」

 辛そうに、そう言ってから。

「あとはもう、ただの八つ当たり…」

 ナリスはうなだれて、もう一度ごめんと呟いた。

 それきり黙り込んで。でも手だけは縋るように握り込まれてて。

 いつもみたいに抱きしめてこないのは、私が怒ってると思ってるから?

 それでもこの手が放せないのは、不安だから?

 私の気持ちを伝えたら、それも教えてくれるかな。

「ナリス」

 名前を呼ぶと、少しだけ握る力が強くなった。

「話してくれてありがとう。私の話も聞いてくれる?」

 無言のまま、ナリスが頷く。

「昨日のことは怒ってないよ」

 ばっと顔を上げたナリスの、期待よりも諦めが勝った眼差しに。ゆうべどれだけ悩ませたかに気付いた。

 あのあと戻ればよかった。

 ナリスが気にすること、わかってたのに。

「一方的に言うだけで逃げちゃってごめんね。私も落ち着きたかったの」

 申し訳なくなってそう言うと、ふるふると首を振られる。

「レムは悪くないよ…」

「そんな顔、させたいわけじゃなかったの」

 ナリスの頬に手を伸ばすと、逃げずに触れさせてくれたけど。

「…不安だった?」

 その問いには、答えてくれなかった。

 私を責めることになるって、思ってるのかもしれない。

 でもナリス。

 それじゃわかんないよ。

「私はナリスが好きだよ」

 そう言って、キスをする。

「だから、不安なら教えてほしい。私にできることがあれば言ってほしい。足りないなら、何度だって好きって言うよ」

 ナリスが呆然と私を見てる。

 驚いてる? それともゆうべはあんな思いさせたのにって呆れてる?

 勝手なことばっかり言ってるって、怒ってる?

 答えてくれないとわかんないよ。

「ねぇナリス? どうしたら私の気持ち、わかってもらえる?」

 握る手からも、力が抜けてて。

 頬から手を離して。手を引き抜いて。

 見上げたナリスの顔は、何だかちょっと泣きそうに見えるけど。

 私の気持ち、ちゃんと伝わってる?

 ナリスのこと大好きだから話してほしいんだって、わかってくれる?

「どうしたら、ナリスの気持ちを教えてもらえる?」

 急に込み上げた涙を、今日は止められなかった。



「レムっ」

 絞り出すような声で名を呼ばれて。

 次の瞬間、強く抱きしめられていた。

「ごめん…本当にごめん」

 あぁ、やっぱり。

 ごめんねナリス。私が泣くと謝るしかなくなっちゃうよね。

「全部言わせてごめん。不安にさせてごめん。俺…」

 苦しいくらいに腕に力が入ってる。

 耳元の切羽詰まった呟きに、謝らないでって言いたいのに。

 涙が溢れて、声が出せない。

「俺、レムの気持ちを疑うつもりはなかったんだ…」

 違うんだよ、ナリス。

 疑われてるなんて思ってないよ。

 不安だったんだよって。

 教えてほしかっただけなのに。



「…ばか」

 ようやく出た声で、呟く。

「ばか。ホントばか」

 抱きしめてた手が、少し緩んだ。

「…うん。ごめん」

「違う。謝らないで」

「レム…」

 困ったように呟くナリスを押して、ちょっと離れて。

「ばか。全然わかってない」

「レム??」

「不安なら教えてほしいんだって! そう言ってるのに」

「え?」

 ナリスから、きょとんとした声が返ってきた。

「…気持ちって、そっち…?」

「え? え??」

 今度は私がうろたえる。

「そっちって、どっち?」

 しばらくふたりで顔を見合わせて。

 ナリスが表情を和らげて、涙を拭ってくれた。

「…お茶、淹れようか」



 ふたりで竈に火を入れて、お茶を淹れながら。

 お互いどう思ってたのかを話していく。

 私は『気持ち』を不安な感情として話してて。

 ナリスは『気持ち』を好きという感情として受け止めて。

 あぁもう、言葉って難しい。

「不安なら教えてほしいって、レムはちゃんと言ってくれてたのに。勘違いしてごめん」

「私こそごめんね、私の言い方が曖昧だったせいなのに。ナリスのこと怒って」

 ナリスのこと、ばかって言っちゃったよ。

 しゅんとしてそう言うと、ナリスはちょっと笑って。

「さっきは怒ってたんだ?」

「お、怒ってたっていうか…」

 すっと手が伸びてきて。

「かわいかった」

 引き寄せられて、キスされる。

 短いキスだったけど、昨日とは全然違う、優しいキス。

 そのままぽすんと抱きしめられて。ナリスは私の頭を撫でながら。

「…不安だったよ」

 やっと、答えてくれた。

「この世の終わりだと思えるくらいには、ね」

 それは大袈裟すぎないかな、と思うけど。

「ごめんね」

 謝ると、ぎゅっとされる。

「自業自得だと思ってるよ」

 少し声が沈んだけど、どんな顔をしてるのかは見えなくて。

「また昔に振り回されて。レムに八つ当たりしたんだから」

 込められる力が強くなる。

「今日は時間がないけど。次来たとき、ちゃんと話すから」

「話さなくてもいいよ」

 辛いことだったなら、思い出したくないだろうし。

「昔に何があったって。私は今目の前のナリスが好きなんだから」

 気にしてないよ。変わらないよ。

 そう伝えたかっただけなんだけど。

 ナリスは私を離して顔を見てから、もう一度抱きしめて。

「レムさえいいなら聞いてほしい。…ちょっと情けない話だけどね」

「ナリスのことだから、そのときだって真剣だったんでしょ。情けなくなんかないよ」

 詳しいことは知らないけど、ナリスが不誠実なことをするはずがないもん。

 きっとそのときも一生懸命で。

 だから、こんなに引きずってる。

「それくらい、聞かなくったってわかるよ」

 そう言ったら、ナリスの手に力が入って、これ以上くっつけないくらい、ぎゅうっと抱きしめられる。

 ちょっと苦しいし。首元に触れてる唇と髪がくすぐったいけど。

 多分甘えてくれてるんだろうから。いいよ。

 しばらくそのまま、ぎゅっとされてたあと。

 ふっと息を吐いて、ナリスが腕を緩めてくれた。

「…ありがとう、レム」

 小さな呟きに顔を上げる。

 目が合うと、ナリスは金の瞳を幸せそうに細めて。

「愛してるよ」

 呟きを残して、唇が触れた。



 ちょっと遅くなっちゃったから、そこから慌てていつもの準備をして。

 ジェットも挨拶に来てくれて。朝食を食べたらそのまま出発するふたりに、気を付けてねって伝えて見送った。

 祝に入ったら訓練があるから、そのときまた会えるよね。

 楽しみにして待ってるよって、思ってたら。

「レム」

 しばらくしてからナリスが戻ってきて、にっこり笑った。

 慌てて受付から出て駆け寄る。

「ナリス? どうし―――」

 言い切る前に引き寄せられて。

 やっぱり昨日とはちがう、熱の籠もったキスのあと。

「行ってくるね」

 ナリスは微笑んで、私に言った。

 何とか落ち着いたふたり。

 レムも頑張りました。

 寝不足&浮かれ気味のナリスが落馬しなければいいのですが。

 レム旅行編はこれでおしまい。

 本当に長くなってばかりですみません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バナー
本編バナー
冬野ほたる様 作
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ