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三八三年 明の三十二日

長いです!!

 朝、よくしてくれたお姉さんにお礼を言って。ライナスに向けて、出発する。

 今日もナリスは一緒に乗せてくれるって。ふたり乗り、話せるのは嬉しいけど、近すぎて恥ずかしい。

 あとはもう帰るだけ。あっという間だったけど、楽しかったよ。

「旅はどうだった?」

 帰りながら、ナリスが聞いてくれる。

「楽しかった。ナリスとも旅ができて嬉しいよ。ナリスが旅が好きなのも、ちょっとわかった気がするし」

 ナリスの身体がくっつくみたいに少し私に寄って。

「俺も」

 思ってたより近くでナリスの声がした。

「レムと来れて嬉しい」

 多分顔を寄せてるんだよね? 耳元に息がかかってびっくりする。

「そ、それにね。大きい宿見せてもらえたのも嬉しかった。うちでも真似できそうなことがあるなって思って」

 ここは無理だけど、こうしたら、とか。恥ずかしかったのをごまかすのに色々説明してたら、ナリスが笑った。

「レムはホントに『ライナスの宿』が好きなんだね」

『宿の仕事』じゃなくて『ライナスの宿』

 多分何気ないナリスの言葉に、私はようやく気付いた。

「うん」

 ライナスの宿は私の家。

 私の大事な、家だから。

 ゴードンの宿みたいに大きくなくても。ちょっと不便でも。

「大好きだよ」

 ほかの宿じゃなくて。私は『ライナスの宿』がいい。

『ライナスの宿』じゃないと、嫌なんだって。

 よくわかったよ。



 ジェットはミルドレッドで用事があるからって言って。私とナリスに先にライナスに帰るようにって。

「本っ当に。わかってるよな、ナリス」

「わかってる」

 ジェット、昨日からこればっかり。ナリスも苦笑してるよ。

 ここからは私もひとりで馬に乗ることにして。もうここまでくると、帰ってきたって感じだね。

 見知った道は順調で。何事もなく到着できた。

 馬を返して、門をくぐる前に。

「ナリス」

「何?」

「一緒に帰ってくれてありがとう」

 嬉しかったよ。

 そう言うと、ナリスはじっと私を見て、それから困ったように溜息をついた。

 私、何か変なこと言った?

 ナリスはおろおろする私の手をきゅっと握って、困った顔のまま私を見た。

「ジェットに止められてるから。あんまりかわいいこと言わないで」

 何のこと??

 ナリスは笑って私の手を放して、行こうか、と言った。

 町を抜けて、丘を登る。

 ミルドレッドとも、ゴードンとも、セレスティアとも違う、小さな町。

 でもやっぱり、私はここが大好き。

 登りきった丘の上。まずは食堂に。

 久し振りの扉を、大きく開けて。

「お兄ちゃん、ククル、ただいま!」



 お土産を渡すのはあとにして、うちに帰る。

 宿に入るとすぐに、受付にいたソージュが迎えてくれた。

「レム! おかえり」

「ただいま、ソージュ。ありがとうね」

 ソージュがナリスに会釈して。

「ナリスさんと帰ってきたの?」

 少し不思議そうな顔をしてる。当たり前か、アリーが送るって話だったもんね。

「うん。ジェットも来てるよ。あ、部屋はナリスの分だけよろしくね」

「わかった」

「ナリス、私もお父さんたちに顔見せてから、荷物置いてくるね」

 振り返ってそう言うと、ナリスは頷いてくれたけど。

 何だろう? ちょっと気になったんだけど。

 とりあえず、お父さんとお母さんにただいまって言わないとね。

 そのまま奥に行って、お父さんとお母さんに帰ってきたよって言って。

 部屋に荷物を置きついでに着替えて。

 ソージュ、お兄ちゃんたちが行くときからずっと来てくれてるし、早く代わらないとね。

「ごめんね、ソージュ。代わるから引き継ぎ済んだらあがって」

 宿に戻ってそう言うけど、ソージュは笑って首を振る。

「夕方までいるよ。帰ってきたばっかりなんだし、レムももう少し休んできたら?」

 ソージュ、ホントに優しいよね。

「大丈夫! あ、先にナリスにお茶出してきていい?」

 多分ナリスは食堂に行かないだろうしね。

 頷いてくれたソージュにお礼を言って。厨房でお茶を入れて、ナリスの部屋に持っていく。

「お茶持ってきたよ。ゆっくり休んでてね」

 開けてくれたナリスにお茶を渡すと、ありがとうって言ってくれた。

「レムはすぐ仕事?」

 着替えたからかな、そう聞かれる。

「うん。ソージュずっと来てくれてるし、早く引き継いであがってもらおうと思って」

「疲れてない?」

 じっと私を見る金の瞳が。なんだかちょっと、縋るようで。

「ナリスがずっと乗せてきてくれたから大丈夫だよ。行ってくるね」

 私も一緒にお茶して楽しかったねって話したいけど、今はできないや。

 ナリスは何か言いだそうにしてたけど。ちょっと笑って、無理しないでって言ってくれた。



 受付に戻って、ソージュにいなかった間のことを聞いて。

 大変なことはなかったって聞いて安心した。お父さんもお母さんも、ソージュがいてくれて助かったって言ってるしね。

「訓練が始まる前に実際に働けてよかった。でもやっぱりレムがいないと、ちゃんとやれてるか不安になるよ」

 まだまだだな、と笑うソージュ。

 でもきっと、そんなことないんだと思うよ?

「ごめんね、私の代わりまで…」

 お兄ちゃんとククルはウィルの為だったけど、私はただ遊びに行っただけ。

 私が浮かれてる間、ずっと代わりに働いてくれてたソージュにはホントに申し訳ない。

 ちょっとしょんぼりした私に、何言ってるんだよって、ソージュは言ってくれた。

「レムが楽しかったならそれでいいよ」

 私を見て、微笑むソージュ。

 ホントにソージュは優しいよね。

 それから引き継ぎも済んで、ジェットはまだだけど宿には泊まらないから。もうソージュにあがってもらうことにした。

「お土産あるからちょっと待ってて」

 部屋に置いてあるネウロスさんの箱と、家族で食べれるように買っておいたお菓子とを持ってくる。

 皆で食べてね、とお菓子を渡してから。

「これはソージュに」

 丁寧に包まれた、ネウロスさんの箱を渡す。

「アリーに木工細工のお店を紹介してもらって。ネウロスさんって職人さんに、ソージュにもらった櫛を見てもらったの」

「え?」

 受け取りかけたソージュの手が止まって、驚いた顔で私を見る。

「歯の一本一本まで丁寧で、気持ちの籠もった仕事をしてるねって。まだ拙いところはあっても、ソージュの年ならたいしたものだって。ほめてもらえたよ」

「…レム」

 呆然とするソージュに。箱を渡す。

「ネウロスさんがね、ソージュにって作ってくれたの。同じ職人に、こんなに丁寧な仕事をする若者がいて嬉しいって。未来のすばらしい職人への投資だって。若き職人によろしくって。そう言ってくれたよ」

 ソージュはしばらく私を見て。それから自分の持つ包みを見て。

「…開けていい?」

 そう、小さく呟いた。

 ロビーの長椅子に並んで座る。膝の上でゆっくり包みを開けたソージュが、蓋を見て息を呑んだ。

「その蓋は、お弟子さんのお手本に作ったものなんだって」

 私の声も聞こえてないみたいに、ソージュは模様ひとつひとつを確かめるように見てから、ためらいがちに手に取った。

 横に彫られた模様を全部見てから、もう一度膝に置く。

 透かし彫りの向こうに、私が見せてもらったときにはなかった白いものが見えた。

 ソージュが蓋を開けると、白い封筒が入っていた。宛名は若き職人へ。差出人はネウロスさん。

 手紙を手に取ったソージュは、開けようとして、やめた。

「…家で読んでいい? もう、いっぱいいっぱいで」

 ちょっと声が震えてる。

「うん。ゆっくり読んで」

 こくんと頷いたソージュは、丁寧に丁寧に箱を包み直してから隣に置いた。

「レム」

 名前を呼ばれたその直後。

 何、と返す間もなく、ソージュに抱きしめられた。

 びっくりしすぎて声の出ない私を、ソージュは強く抱きしめて。

「…ありがとう……」

 絞り出すようにそう言ったっきり黙り込んだソージュ。

 自分の作ったものを認めてもらえて。

 職人としての将来を期待してもらえて。

 嬉しいに決まってるよね。

「よかったね、ソージュ」

 小さくそう言って。

 ククルがジェットによくするように、宥めるように背中を叩いた。



 しばらくして、ソージュが慌てて私を離した。

 見る間にソージュの顔が真っ赤になっていく。

「ご、ごめんレム」

「いいよ。嬉しかったんでしょ」

 真っ赤な顔のまま、ありがとうとごめんねを繰り返しながらソージュは帰っていった。

 あんなに謝らなくてもいいのにね。

 そのうちジェットも来て。何もなかったか、だって。

 何もなかったよって言うと、それならいいけどって。

 急に心配性になったよね?

 もう夕方だから、ナリスと食事にしようと思ったんだって。

 そういえばナリス、一度も出てこなかったけど。やっぱり疲れてたのかな。

 ジェットと一緒に降りてきたナリスは、やっぱりちょっと様子が変で。

 大丈夫かなって思って見てたら、何か言いたそうにしてたけど。

「食事してくるね」

 それだけ言って、行っちゃった。



 食事から戻ってきたナリスに、手が空いたらお茶を持ってきてって頼まれた。

 多分、部屋に来てってことなんだろうな。

 そう思って。時間ができたところでお茶を淹れて持っていく。

「入って」

 トレイを受け取ってくれたナリスがそう呟くけど。

 何だろう、やっぱり変だよ?

 テーブルにトレイを置いたナリスが振り返るのと、私のうしろで扉が閉まるのはほとんど同時。

 じっと私を見るナリスの瞳に、いつもの熱はなくて。どうしたんだろうって思って見てる間に近付いてきて。

「ナリス? どうかし―――」

 最後まで言う前に、腕を引っ張られてキスされた。

 いつもの優しさも、熱っぽさも全然ない、強引なキス。

 少しだけ怖くなってうしろに下がっても、その分詰められてすぐに扉に背中がつく。

 腕も痛いくらい掴まれたままで。

 頭も押さえられて動けない。

 どうしたのナリス??

 何でこんなことするの??

 息が苦しくなって、ちょっと強めにナリスの胸を叩く。

 やっと、唇を離してくれたけど。

「あいつは何?」

 まだ至近距離、目の前のナリスが低く呟く。

「…あ、いつって、だ―――」

 荒い息を整えながら、最後まで聞く前に。また唇を塞がれる。

 苦しくなってナリスを叩いて。

 キスはやめてくれるけど、離してはもらえないまま。

「家具屋の。何で宿に」

「……ソー」

 また!!!

 私がひとこと言うたびにキスで塞がれて、話が全然進まない。

「ほかの男の名前呼ばないで」

 ナリスが聞いたんじゃない!!

 そう思っても。息があがってて言えないし。

 何度も何度もキスされながら、どうにか訓練中の手伝いに来てもらうことになったと伝えて。

「それで」

 まだ冷たいナリスの声。

 私の言葉を遮る為の、激しくて強引なだけのキス。

 ねぇナリス? どうしちゃったの?

 苦しいってナリスのこと叩くのも、もう嫌だし。

 怖いし。悲しいし。苦しいし。

 立ってるのも辛くなってきたし。

 そんなことを考えてたら。

 私のこと追い詰めてるナリスのほうが、よっぽど追い詰められた瞳をして。

「何でそいつと抱き合ってたの?」

 苦しそうに、そう言った。



 ―――ナリスには、そんなふうに見えたんだね。



 まだ、泣かない。

「…離して」

 ナリスの胸を精一杯押して。

「離っっ」

 またキスされるけど。

 離してってば!!

 ばしばし叩いてたら、ナリスが私の肩を掴んで距離を取った。

「レム!」

「説明させる気がないなら聞かないでっ」

 私の言葉に、ナリスが怯んだその一瞬。

 ナリスの両頬を手ではさんで、今度は私がナリスにキスをする。

 いつも私からキスしても、恥ずかしくてすぐに離れるけど。

 もちろん今だって恥ずかしいけど!

 わかって、ほしいから。

 がんばるよ。



 我に返ったナリスが私の肩にまた手を置いて、引きはがされた。

 間違いなく真っ赤になってる私を見下ろして。

 多分同じくらい真っ赤なナリスは。

 肩から手を下ろして何か言いたそうに口をぱくぱくさせたあと、手で顔を覆って溜息をついた。

「……レム…」

「…抱きしめられたのは本当だけど、ナリスの思ってるようなことでじゃないよ」

 ほかの職人の細工を見たがってたソージュにお土産を買おうと思ってアリーに紹介してもらったこと。

 誕生日にもらった櫛を見てもらったこと。

 ほめてもらえて、応援してもらえたこと。

 それを話して。

「ソージュはそれが嬉しかっただけだよ。私は宥めようと思って背中を叩いてただけ」

 私にとっては、それが事実だから。

 私を見ないままのナリスに、続ける。

「誤解させるようなことをしてごめんね。でも、私が好きなのはナリスだよ。ちゃんと伝えてきたつもりだけど、伝わってなかった?」

 がばっとナリスが顔を上げた。

「違っっ」

「気持ちの証明はできないから。あとどうすれば私の気持ちを信じてもらえるのかな」

「違う、レム、そうじゃなくて…」

「私は。ナリスが好きなんだよ」

 もうちょっと。

 まだ、泣きたくない。

「レム、俺は…」

「…ごめんね、戻らなきゃ。おやすみ、ナリス」

「レムっ?」

 ナリスが動揺してるうちに。部屋を出て、扉を閉める。

 下まで降りてそのまま厨房に駆け込んだところで、涙が零れた。

 ぼろぼろ泣きながらお茶を淹れて。

 顔を洗ってお茶を飲んで。

 もう一度顔を洗って。片付けて。

 ごめんね、ナリス。まだ悲しそうな顔だったのに、途中で逃げて。

 今ナリスの前では泣きたくなかったの。

 だってナリス、私が泣いたら謝るだけで終わっちゃうでしょ?

 何も本音を言ってくれないでしょ?

 私、ナリスが好きだよ。

 だからナリスの本音も聞かせてほしいよ。

 明日の朝ならお互い落ち着いてるだろうから。

 話しに行くね。

 急に心配性になったジェットはさておき。

 感激するソージュ。きっと父親とお兄さんたちも興味津々で箱を眺めることでしょう。

 一方の暴走するナリス。やってることはロイと同じですが、こちらは恋人同士という肩書がありますからね。

 そこそこ動ける男でしょうに。レムに追いつけませんでした。

 本編は少し動きを見せるジェット。

 まずはアレックを虫除け代わりにしてみました。

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冬野ほたる様 作
― 新着の感想 ―
[一言] ナリスは 負の感情に対する耐性はあっても 愛の感情に対する耐性は極端に弱いですよね。 それでも、内側からくる欲情は 負の感情に属するのか、 抑えられる方だけど、 外部から刺激を受けると、 一…
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