三八三年 明の二十九日
とうとう出発の日!
といっても、昨日聞いて今日だから。ホント慌ただしいよね。
今日も朝から来てくれたソージュと、店の前でお兄ちゃんとククルにいってきますって言って。
アリーとふたり、丘を降りる。
「どんな気分?」
丘を降りて、町を抜けて。門の前で振り返った私に、優しい顔でアリーが聞いた。
「楽しみだよ。ありがとう、アリー」
「あら、お礼はまだ早いんじゃない?」
ふふっと笑うアリー。
全然早くないよ。だって、何度でも言うからね!
まずは久し振りのミルドレッド。山道を頑張ってくれた馬は一旦返してから、どうする、とアリーが聞いてくる。
「ゆっくりお喋りしながら行くなら馬車で。早くゴードンに着きたいなら馬で行くけど」
「早く着きたい!」
即答した私に、アリーは了解と笑ってくれた。途中の休憩で食べるのにパンとお菓子を買って。
また馬を借りて、ゴードンに向かう。
ライナスとミルドレッドの間は山道だけど、ここからは街道。距離は長いけど、道は楽。
前を行くアリーは、多分ちょっとゆっくりめに走ってくれてる。
休憩しながら、夕方前のまだ明るいうちにゴードンに着いた。
「宿を決めたら街を回りましょ」
「うん!」
アリーが宿を選んでくれて、荷物を置いて。まず街を回る。
ホントにミルドレッドより大きい。何見るって聞かれたけど、何を見たらいいのかわかんないや。
とりあえずお茶を飲みに行って。ケーキも美味しかったけど、やっぱ私はククルの作ってくれたのがいいな。
あとはアクセサリーを見たり、雑貨を見たり。
ゴードンは帰りにも寄るから、今は買わずにガマンだね。
薄暗くなったから宿に戻って。
「暗くなってから街に出ちゃ駄目よ?」
ゴードンはまだ治安のいい街だけど、やっぱり気を付けないと駄目だって。
でも宿の中ならまず大丈夫だろうって。何かあったら評判に関わるからね。
大きな宿が珍しくてキョロキョロしてたら、宿のお姉さんが声をかけてくれた。
正直に、宿屋の娘だから気になってって話すと、普通は入れない裏側も見せてくれた。
大きい宿は泊まる人も多いし、食事も出してるし、ホントにすることがたくさん。何人雇ってるのか聞いてびっくりしちゃった。
でも、やっぱり効率よくするために色々決められてて。三十人くらいしか泊まれないうちでも使えることがありそう。
こんなに教えてもらえて嬉しくって。
お礼を言ってたら、お姉さん、笑って。
「あなたはホントにこの仕事が好きなのね」
って。
いっぱい見学させてもらって。夕食を食べて。部屋に戻った。
せっかくだから色々話そうって言って。アリーと同室にしたんだよね。
「ごめんね、アリー。宿の見学なんて、アリーは興味なかったよね?」
付き合わせたことを謝ると、全然、と笑ってくれる。
「楽しかったわよ?」
ホント、アリーは優しいね。
「普段何も考えずに泊まるだけだけど。色々過ごしやすいように考えてくれてるのね」
そうなんだよね。
大きい宿だからこそできることと、できないこと。そのできないことを減らす為に、お姉さんたちは色々考えてて。
うちだって同じ。
小さな宿だからできることと、できないこと。
でもお客さんに寛いでほしいのは、どっちの宿だって一緒だもんね!
色々話して。好きな人いないのって聞かれたから、いるよっていったらびっくりされた。
アリーはナリスのことを知らないから。お兄さんみたいな人ってだけ話して。
って、こんな話するの恥ずかしいよ!!
「アリーは? いないの?」
アリー、絶対モテるよね。
話を逸らすのにそう聞くと、アリーはちょっと笑って。
「今はいないわ」
って言うけど。
ちょっと諦めたみたいな笑顔がアリーらしくなくて。
大丈夫って聞いたら、今度はちゃんと笑って頷いてくれた。
「昔の話」
アリー、私と三つしか違わないのに。昔の話って!!
私は話せるような昔の話なんかないよ??
でも、色々あったから。今のアリーはこんなに優しいのかな。
「ねぇアリー」
「なぁに?」
「ライナスに来てくれてありがとう。私、アリーと会えて嬉しいよ」
素直にそう言ったら。
アリーは嬉しそうに笑って、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
レム旅行編。各話少し長くなりそうです。
大きな宿にテンションの上がるレムと、アリーの恋の話。
ロイが責めた辞める兄弟子がアリーの想い人で。
それきり来なくなったことを、ロイは申し訳なく思っています。
というか。現在進行形でネタが積み重なりまくってるレム。三年後にはそのテの話題には困らなさそうです。
本編はカレアとフェイト。何だかんだと兄思いの妹弟です。