三八三年 明の二日
ギルドの人も交代でお休みの時期だから、今日はお客さんも来なかった。
ただ多分、昨日式典だって言ってたジェットとダンが、今日か明日に来るだろうってわかってたけど。
そう思ってたら、夕方に来たのは三人だった。
ただいまって言ってるジェットと、ダンと。そのうしろ、にっこり微笑んでるのは。
ナリス? 実家に帰るんじゃなかったの?
とにかくダンとナリスに鍵を渡す。
受け取りながら、中継でここに来たんだと教えてくれた。
ふたりは部屋に荷物を置きに行き、ジェットも店に戻った。
びっくりしたけど。年始は会えないと思ってたから嬉しいや。
お父さんが一緒に食べておいでっていってくれたから、降りてきたふたりといっしょに食堂に行った。
久し振りに皆で食べる夕食はとっても楽しかった。
片付けてから帰るお兄ちゃんを置いて、また三人で宿に戻って、部屋に戻るふたりを見送って。私も片付けをしてたら、やっぱりナリスが降りてきてくれた。
ふたりで厨房に行くのも何回目かな。
火を落としてあるから、まずはそれから、と思ったら。わざわざ入れなくていいって止められた。
お酒は勝手に出せないから、代わりにククルにもらったぶどうのシロップを薄めて出す。
「明日は朝から出るの?」
隣に座って、そう聞きながらナリスを見るのと、伸びてきた手が私を引き寄せるのはほとんど同時。
この前の乱暴さは全然ない、むしろちょっと恐る恐る触れるような、優しいキス。
一度離れて、次はもうちょっと深く。
まるでどこまで受け入れてもらえるのかを試すように、重ねる度に増していく。
この前のこと。やっぱりまだ、気にしてるのかな。
そう思ったけど。もう今はそれ以上考えられなくて。
「ちょっ、待っ……」
息をする合間じゃほとんど喋れない。
いつの間にか頭にも腰にも手を回されてて。身動きも取れなくなって、前みたいに手で塞いで止めることもできない。
「ナリ…ス……っ」
喘ぐようにやっと呼べた名前も、すぐキスに埋もれて。
どこまで受け入れるというか、受け入れるほかないというか。
込められた熱に。縋るように回された手に。
逃げられなくて。
洩れる吐息ごと奪われるみたいに。
優しいけど強引なキスは続いた。
やっとキスをやめてくれたナリスは、無言のまま私をぎゅっと抱き込んで、顔も見ずに頭を撫でてくれてる。
どうしたんだろう。
様子、おかしいよね。
「ねぇナリス?」
声をかけると、ちょっとびくっとして。
離れて、ようやく顔を見てくれた。
「どうしたの?」
「レム」
じっと私を見てたナリスが、ぽつりと私の名前を呟く。
「俺…」
「もう大丈夫なら、謝らなくていいよ」
好きな人に、ちょっと強引にキスされただけだもん。
謝られたら、キスしたことを謝られてるみたいだから嫌。
「レム…」
でも、何があったのかは教えてほしい。
何がそんなにナリスを追い詰めてるの?
そう伝えると、ナリスはじっと私を見て。
もう一度ぎゅっと抱きしめてくれた。
「…前にこの時期に、ちょっと色々あったのを思い出しちゃって」
「色々って?」
見上げて聞くけど、答えてくれなかった。
「そのときと今は違うって、頭ではわかってるんだけどね」
私を抱きしめる手に力が入る。
「……ホント、いつまでも情けないな」
苦々しい呟きは、ナリス本人に向けられたもので。
「ごめんね、レム。こんなところばっかり見せて」
「ううん」
安心させるように、私もナリスを抱きしめる。
大丈夫だよ。
優しいナリスも、ちょっと強引なナリスも、情けないって言ってるナリスも。
全部ナリスだから。
全部好きだよ。
作中の年も明けました。
書くうちに思わぬ方向へ。
予定していた会話が成立せず。
闇ナリスに阻まれました。
ちなみに宿の厨房は、受付左を奥に進み、右手に食堂を見ながらそのさらに奥突き当たり。宿の裏手に出られる裏口もありますが、普段使う裏口とはまた別で、施錠されています。食堂は受付右手の廊下側からも入れます。