三八二年 祈の十一日
長いです…。
ジェットとナリスとウィルが来た。
急ぎの話があるんだって言って、お父さんに手紙を渡して。ナリスと、ちょっと遅れてきたウィルが荷物を置きに行ってる間にさっと目を通したお父さんは、私とお母さんにも読むようにって渡してくれた。
ライナスでギルドの訓練をしたいって書いてある。
ゼクスさんたちの名前と、ロイヴェインって、ヴェインさんのこと?
あとで詳しく話すって言って、ジェットとウィルはお父さんと一緒に店に行った。
受付にひとり残ってたら、ナリスが降りてきて。私を見て、嬉しそうに笑う。
「久し振りだね」
「うん、久し振り」
前に会ったのは実の月の初めだった。
しばらく会わないうちにやっぱり勘違いだって気付いた…なんてことはないみたい。
私を見てくる顔が、どう見てもお兄さんの顔じゃないもん。
「ジェットが行くって言うから、無理矢理ついてきたんだ」
私の前まで来て、金の瞳を細めるナリス。
「少しでも早く、会いたくて」
囁くように呟きながら、髪を撫でられる。
「やっと会えて嬉しい」
そう言って微笑んでくれるけど。
ナリス、私に言ったよね?
私が人のことよく見てわかってるって。
でも、全然そんなことないんだよ?
ジェットのことも、ククルのことも。全然わかってなかったんだよ?
「…レム?」
怪訝そうに私を見るナリスに、何でもないと首を振る。
きっとナリスだってそのうち気付くよ。
私は全然そんな子じゃないってことに。
お父さんたちが戻ってきて、詳しい話をしてくれた。
ククルがいいならもちろん私は反対しない。
少しでも賑やかで。少しでもククルが喜んでくれればいい。
お父さんたち、明日町の皆にも話しに行くんだって。ジェットもいるし、皆賛成してくれると思う。
皆が来たのがもう暗くなり始めてからだったから、夜まであっという間。
片付けをしてたら、ナリスが降りてきた。
「どうかしたの?」
そう聞くと、ナリスはちょっと迷ってから。
「…レムのことが気になって」
「私?」
聞き返すと、そう、と頷かれる。
「何か気になってることがあるんじゃない?」
心配そうにそう聞かれて、私はホントにびっくりした。
だって私何も言ってない。普通にしてたよ?
驚いてるのを肯定と取ったのか、ナリスはちょっと表情を和らげて、お茶淹れてもいいかな、と言ってくれた。
ふたりで厨房に行って。淹れるから座っててって言われて。
お茶を淹れるその背中を見ながら考える。
そっか、私、ナリスに言わないと。
私はナリスが思ってるような子じゃないんだよって。
ナリスが私の前にお茶を置いて、隣に座る。
「何かあった?」
優しい声が、今はちょっと辛い。
「…私ね。前のジェットのことも、ククルのことも、全然わかってなかったの」
ナリスは黙って私を見てる。
「ククルがそんなに傷付いてるの、全然気付いてなかった」
それなのに、そんなククルの目の前で、私ばっかり泣いて。
そう思うのに、今だってまた、涙が出てくる。
「私、全然知らなかった。気付いてなかった。ククル、隣にいるのに。傍にいるのに、私―――」
不意に包まれた温かさに、言葉が途切れる。
ぎゅっと、ナリスが私を抱きしめてた。
「泣いてていいよ」
ナリスの胸の辺り、顔をうずめるように引き込まれて。
「落ち着くまでこうしてるから」
ナリスはそれだけしか言わなかった。
あとは黙ったまま、優しく頭を撫でてくれる。
そんなことされたら、むしろすぐには止まらなくなって。
座ったまま、寄り添うように身を預けて。
涙が止まるまで、そのまま抱きしめてもらってた。
「…ごめんね、ナリス」
ようやく落ち着いて。私はナリスから離れる。
服、濡れただろうなと。申し訳なく思ってると、優しく頬を拭われる。
「好きな子の前でくらい格好つけさせて」
そう言って微笑まれるけど。
「…私、ナリスが思ってるような子じゃないよ」
ちゃんと言っておかないと。勘違いさせたままじゃナリスに悪い。
「人のこと、全然わかってないよ。だからククルのことも、ジェットのことも…」
言ってて悲しくなってうつむいた私に。
「レム」
変わらない、甘い声。
顔を上げるとナリスは優しく笑って私の頬に手を添える。
ゆっくり顔が近付いて。反対の頬に温かいものが触れる。
「俺はね、人のことがわかるからじゃなくて。わかろうとしてるレムのことが好きなんだよ?」
そのまま耳元で囁かれて。
もう一度、頬に触れるのは。
―――ナリスっ?
思わず身を引いた私を。ナリスは瞳を細めて見つめてて。
待って? 今、キス、したよね?
途端に顔が熱くなる。
間違いなく真っ赤になってる私に、ナリスはごめんと呟いた。
「かわいかったから、つい」
ついって!!
何も言えずにいると、するりと手を取られて握られる。
「でも、言ったことは本当だから」
そう言って、とろけるように微笑んで見つめられた。
落ち込んでたの、どこかに行っちゃうくらいの衝撃で。
お願い、ちょっと待って。
恥ずかしくて見てられないよ!
あのあと。もう大丈夫だからって言って。
仕事も終わらせて部屋に帰ってきた。
あのときはキスされたことに驚いてばかりだったけど。
ナリスに言われた、あの言葉。
わかるからじゃなくて、わかろうとしてる私が好きなんだって。
それが、ものすごく嬉しかった。
わかろうとするだけでもいいんだって。
わからなくてもいいんだって。
そう言われたみたいで、ものすごく、嬉しかった。
…そっか、認めてもらえるのって、こんなに嬉しいんだ。
前にナリスが言ってたの。こういうことだったんだね。
そう考えてから、ふと思う。
ナリスはあれから私のことを意識したって言ってたけど。
私は?
この前一緒に過ごしたときに。ナリスのこと、色々知った。
ナリスはやっぱり優しくて。パーティーのことを大切に思ってて。ギルド員の仕事も天職だと思ってて。旅が好きで。旅の話をするときは、ちょっとはしゃいでるみたいに楽しそうで。
私のことも、周りのことも。いっぱい気にしてくれてて。
いっぱい、見てくれてて。
―――ナリスの言葉は嬉しかった。
こんなに優しい人が。
私のこと、そんなふうに思ってくれてるんだって。
私のこと、そんなふうに認めてくれてるんだって。
ホントに嬉しかった。
熱っぽい瞳で見られるのは恥ずかしいけど嫌じゃなくて。
頭を撫でられるのはちょっと気持ちよくて。
抱きしめられたのは、泣いてたせいもあるのかな、何だかすごく安心できて。
キスされたのも。びっくりしたけど、嫌じゃなかった。
………ちょっと待って?
それって、私?
間違いなく、そうだよね?
顔が熱い。見るまでもなく、顔が赤くなってる。
どうしよう?
明日、ナリスの顔見れないよ!!
レム陥落しました。
ナリス、押しが強いです。