三八二年 雨の十六日
信じられなかった。
アルドさんが宿に駆け込んできて、お父さんが血相を変えて飛び出していった。
何かの間違いだってずっとずっと祈ってたけど、ダメだった。
帰ってきたお父さんは本当に辛そうで。
「今日は住人以外は門で止めてもらう。客は来ないから、ククルを」
俺が行く、とお兄ちゃんが雨避けも被らず出ていった。
ククルと帰ってきたお兄ちゃんは、隣に行っただけなのにびしょ濡れで。…ひとりで泣いてたのかな。
私は涙が止まらなくて。ククルが泣いてないのに、ひとりでずっと泣いてた。
その夜はククルに泊まってもらった。
誰もいなくなった店に、ククルをひとりで帰したくなかった。
「…泊まってくれてありがとう」
「私のほうこそ。泊めてくれてありがとう、レム」
そう言って笑うククル。一度店に帰ってから目が赤い。私ばっかり泣くからククルは泣けないのかな。
「…ごめんね。私泣いてばっかりで」
謝ると、ククルはちょっとびっくりしたように私を見て。それから首を振ってくれた。
「レムがそうやって素直に泣いたり笑ったりしてくれるから、私も助かってる」
「助かるの?」
「うん。私は思ってても動けないときがあるから。レムを見てるとね、今は悲しくていいんだとか、嬉しくていいんだとか、そう思うの」
それって助かってるっていうのかな…?
そう思ったけど、ククルが笑ってるから言わないでおく。
まだ、いつもの笑顔じゃないけどね。
そうやって話してると、扉が叩かれて。
出ると、お兄ちゃん。
「どうせまだ寝ないだろうから。お前、冷やさないと明日腫れるぞ?」
そう言ってトレイを渡される。
ポットとカップ。空のお皿。濡らしたタオルが二枚。
私と、部屋の中のククルを見て。
「でもまぁ、程々にな。おやすみ」
「ありがと。おやすみ」
「おやすみなさい」
お兄ちゃんは少し笑って、手が塞がってる私の代わりに扉を閉めてくれた。
ククルとの間にトレイを置く。
お皿が空なのは、部屋にお菓子が置いてあるって知ってるからかな。
「テオはさすがね」
そう言うククルにタオルを一枚渡して。
まぁ、私というよりククルを心配して来てくれたんだろうけど、ね。
ふたりで目元を冷やして。
お茶を飲んで。少しだけお菓子も食べて。
何も話さなかったけど、それでよかった。
ククルも少し落ち着いたみたい。
うん。ホントだね。
お兄ちゃん、さすが。
一話目があまりに短いもので。詰めて上げます。
テオ、レムには色々バレてますが、ちゃんとお兄ちゃんしてますよ。
基本兄妹仲はいいみたいです。