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三八二年 動の十七日

長めです。すみません…。

 お昼過ぎ。今まで見たことないくらい疲れた顔で、ナリスがひとりで入ってきた。

「ナリス?」

 びっくりして声を上げた私に、ナリスは少し笑った。

「疲れたから、先に休ませてもらおうと思って」

「ちょっと座ってて」

 ダンとリックの分を合わせて三部屋を押さえてから、厨房に走る。

 ククルお手製のサワードリンクと水。それぞれ瓶に詰めて栓をする。

「待たせてごめんね。行こう」

 ぼんやり座ってたナリスに鍵を見せて、先に歩く。休むと言ってたから一番奥の部屋に案内した。

 鍵を開けて、渡して。二本の瓶も押しつける。

「ククルのサワードリンク。疲れたときにいいんだって。濃かったら薄めてね」

「…ありがとう」

「何かあったら呼んでね」

 お礼を言ってくれるナリスに、ごゆっくりと決まり文句を返してから。閉まる扉を見届けて、私は一階に戻った。

 いつも明るくて、よく笑って。

 そんなナリスしか知らないから、ちょっと…ううん、かなりびっくりした。

 早く元気になるといいな。



 ちょっと遅れて来たリックたちも、最後に来たジェットも、皆様子がおかしくて。ナリスは部屋から出てこないし、ホント何かあったのかな。

 そう思ってたら、食堂の営業が終わる頃に話すことがあるってジェットが来た。

 お父さんとお母さんに、あとは任せて行っておいでと言われて。

 今日皆の様子が変だったことと関係あるのかな。

 それくらいにしか考えてなかった私に、ジェットの話は辛すぎて。

 途中から涙が止まらなくなって、お兄ちゃんに宥められながら最後まで聞いた。

 ジェットも辛そうだったけど、話し終わったあとは少しだけすっきりしたような顔をしてて。

 ちょっとでも肩の荷が下りたならいいのにな、と思った。



 しばらくククルの様子を見てから戻るって言うお兄ちゃんを残して、今日はこっちに泊まるジェットと宿に戻ってきた。

 仕事は全部終わってて、家に帰っていいって言われたけど。まだそんな気になれなくて、ひとり厨房でお茶を飲んでた。

 頭の中でさっきのジェットの話がぐるぐるしてる。

 …ジェット、大丈夫かな?

 そんなことを考えてたら、足音が近付いてきた。入口を見てると見慣れた顔が覗き込んだ。

「レム?」

「ナリス。どうしたの?」

「もう一度お茶をもらおうと思って」

 手に持つトレイを見せて笑うナリス。

 疲れ、取れたみたい。いつもの笑顔だった。

「すぐ淹れるね。座ってて」

 受け取ったトレイには、お茶セットとお皿。

 さすがククル、ちゃんと食事を渡してくれてたみたい。

「少し休めた?」

 お湯が沸くまで食器を洗いながら聞くと、おかげさまでと返ってくる。

「ドリンクが効いたみたいだね」

「ククル特製だからね」

 元気になってよかった。さすがククル。

 洗い終わって振り返ると、ナリスはじっと私を見て。

「…ジェットの話、聞いたんだね」

 目が赤いからバレてるんだろうけど、泣いてたかって聞いてこないところがナリスらしい。

「うん。色々びっくりしちゃった」

 お湯が沸いたからお茶を淹れる。トレイの準備をしてたら、ナリスに止められた。

「レムがいいなら少し付き合ってくれない?」

 私がひとりでお茶を飲んでたから、気を遣ってくれたのかな。

 私もひとりでぐるぐる考えてるより、話し相手がいてくれるほうが嬉しい。

 ナリスのお茶を注いで、自分のにも足して。遅いからお菓子はなしで―――と思ったけど、少しだけチョコレートを出して。

 隣に座って、お茶を飲む。

「…ジェット、すごいね」

「そうだね」

 独り言みたいな私の言葉に、ナリスは少し苦笑した。

「隠すの、上手すぎるけどね」

 返ってきた言葉には、ほんと色々混ざってて。

 そうだよね、と私も頷く。

 辛かったんだ。言えなかったんだ。言ってくれたらよかったのに。でも何もできない。

 そして何より。気付いてなかった。

 そう。あれだけのことを抱えてたジェットに、私は何も、気付いてなかった。

 多分、それを一番後悔してる。

 …今更、だけど。

 お兄ちゃんもククルもきっと同じように思ってるんだろう。

 また泣きそうになって、私は慌ててお茶を飲む。

「レム」

 間に合わなかった分は、ナリスがそっと拭ってくれた。

 優しいなぁ、と思ったら気が緩んで、次々溢れて止まらなくなる。

 泣きたいわけじゃないのに、自分じゃ止められない。ククルは助かるって言ってくれたけど、私は自分のこういうところが嫌い。

 ナリスは何も言わないで頭を撫でてくれた。

 ダンよりも、少し遠慮がちに。



「…ごめんね、ナリス」

 やっと涙が止まってそう謝ると、気にしてないよと首を振ってくれる。

「ジェットの前でも、私、何も言えなくて。…ククルとお兄ちゃんが全部言ってくれたけど…」

 お兄ちゃんの言葉を思い出したらおかしくなった。急に笑った私にナリスが不思議そうな顔してる。

 絶対ナリスのツボだろうなと思って話すと、やっぱり吹き出して笑った。

 ホント、ナリスって。ジェットのこういう話好きだよね?

 ケラケラ笑うナリスは、今日は宿に来たときの沈んだ感じは全くなくて。

 うん、やっぱりナリスがこうでないと、あのパーティーは上手くいかないんだろうな。

 ジェットとダンは、何ていうか、ふたりだけで完結してる感じで。

 ジェットは自分のことは言わないし、ダンはジェットのことを読み取るのは上手だけど、それを伝えるのは苦手だし。

 そんなふたりに踏み込めて、外に向かって伝えてくれる人ってそういない。

 今日一日、リックってばものすごく居心地悪そうだったもんね。

 思わず笑っちゃって、ナリスに首を傾げられる。

「ナリスがいないと、ホントどうしようもないパーティーなんだって思って」

「えっ?」

 ものすごくびっくりした顔をされた。

 ナリスってば、自覚ないんだ。

「あのふたりをまとめて面倒見れる人ってそういないよ? 今日、リック大変そうだったもん」

 ぱちぱちとまばたきをして。初めて言われたとでもいうような感じで。

 見返すナリスの唖然とした表情が、ちょっとかわいく見えた。

「…そう、なのかな?」

「そうそう。ナリスはね、本音を言わないジェットのことも、何にも言わないダンのことも、ちゃんとわかってるでしょ」

 ジェットとダンと、十年以上も一緒のナリス。今までたくさんふたりのことを見て、考えてきたからなんだろうな。

「だからふたりとも甘えていつまでも変わらないままで。きっと話さなくてもわかってもらえるって思ってるんじゃないかな」

 ホント、ふたりのほうが年上なのにね。

 ナリスはきょとんと私を見てて。首を傾げたら驚いたみたい。ちょっとびくっとしてた。



「…俺が入ったときって、レムは四歳だっけ?」

 お茶を飲んでたら急にそんなことを言われて。

 まじまじ見られてちょっと焦る。

「思い出さなくていいからっ」

 覚えてないけど色々恥ずかしいことしてそうだからやめてほしい。

 ナリスはちょっと笑って、そっか、と呟く。

「…俺もダンのことは言えないな」

「何が?」

 意味がわからず聞き返すと、微笑んで頭を撫でられる。

「レムも大きくなったんだなってこと」

 撫でてくれるナリスの手は、さっきよりも優しくて。

 何だかちょっと、恥ずかしかった。

 一話短めが聞いて呆れる長さになってすみません。

 基本『ライナス』はひとつの日付を複数に分けずにいけるかな、と思っています。

 時間的には本編『動の十七日④』と同時くらいですかね。ナリスがジェットと話をしたあとです。

 これでもかと卵液を染み込ませたフレンチトーストは、冷やしても美味しいですよね。

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冬野ほたる様 作
― 新着の感想 ―
[一言] 卵いっぱいに浸したフレンチトースト。 それだけでも美味しいですけど、 よくメープルシロップ漬けて食べます。 ホットケーキよりふんわりしてると感じるのは 単にホットケーキを上手に作れてないだ…
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