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ナリス・アサレイ/帰省

長くなりました。帰省編、前半です。

 明の二日。約束通りレムとふたり、旅路に就く。

「一緒に行ってくれてありがとう」

「ううん。私も行きたいから」

 少し緊張した面持ちで、それでも笑ってくれるレム。

 ずっと前から約束してた、エンドールの俺の実家への帰省。

 行きと帰り、途中のリーグストに一泊ずつと、実家に一泊の三泊四日。

 結婚の承諾は得てるけど、まだ成人前のレムとふたりの旅。よくアレックさんが許してくれたよな。

 でもおかげで、レムとゆっくり話せる時間ができる。

 許可が出てからずっと考えてきたこと。それを今日、俺はレムに話そうと思ってる。



 ライナスから半日強、まずはリーグストに向かった。

 荷物があるから今日は単騎。早すぎないよう気をつけないと。

 こまめに休憩を入れながら馬を走らせ、リーグストに着いたのは夕方だった。

 宿を決めて、荷を置いて。とりあえずレムの部屋へと行く。

「な、何?」

 ちょっと慌てた様子のレム。

「疲れてないなら少し街を見に行かないかなって思って」

 怪訝に思いながらそう聞くと、ものすごく嬉しそうに頷いてくれた。

 リーグストはシューゼ地区への中継街だから、ゴードンくらいの大きさで。ちょっと全部は見て回れないから、どこに行きたいかレムに聞いた。

「生地屋さんと、お土産が見たい」

 予想通りの答えにちょっと笑うとレムにむくれられる。そんなところもかわいいけど。

 謝りながら手を出すと、ためらわずに取ってくれた。

 年始だからか、人出は少ない。ふたりで店を見て。レムがいるから食事は外で食べるよりも宿で済ませたほうがいいと思って、暗くなる頃に戻った。

「楽しかった!」

 ライナスを出るときは少しこわばっていた笑顔も、今はすっかりいつも通り。街歩きは楽しんでもらえたみたいだ。

「明日もそんなに早く出なくてもいいから、少し見てから行く?」

「ううん。早く会いたいからいい」

 俺の家族に早く会いたいと、迷いなく言ってくれたことが嬉しくて。

「ありがとう」

 思わず口から出た礼に、当たり前だよとレムも笑う。

 食事を終えてから、レムを部屋に送って。

「…お茶もらってくるから。話したいことがあるんだ」

 明らかにびくりとしてから、レムは俺を見て頷いた。

 やっぱり少し様子がおかしいレム。何か話そうとしてるって気取られてたのかもしれないな。

 お茶をもらって、もう一度レムの部屋に行く。

 どうぞって、何故か緊張した様子のレムが部屋に入れてくれた。



 お茶を置いて、向かい合って座って。

「一緒に来てくれてありがとう」

 まずは礼を言う俺に、レムはふるふると首を振る。

「約束通り一緒に来れて嬉しいよ」

 微笑むレムは本当に嬉しそうで。それだけでもう俺まで嬉しい。

 顔を見合わせて笑ってから、ふっとレムが笑みを消した。

「……話って?」

 やっぱり少し様子がおかしいレム。

 どうしたのか聞きたかったけど、先に俺のほうから話すことにする。

「…俺とレムが結婚するには、仕事と住むところの問題があるよね?」

 ギルド員だから中央に住まないといけない俺と、ライナスの宿にいたいレムと。

 互いの仕事を両立することはできない。

 頷くレム。テーブルを越しに、不安そうなその顔に手を伸ばす。

「俺が辞める」

「ナリス!」

 声を上げるレムに、落ち着いてと微笑みかける。

「聞いて。辞めるけど、縁を切るわけじゃない」

 不安そうなレム。その頬に手を添えたまま自分の考えをゆっくり話していく。

「ロイとかゼクスさんみたいに。必要なときだけ呼んでもらうことができたらって、そう思ってるんだ」

 どこかきょとんと俺を見るレム。

「呼ぶ…?」

「うん。手が足りないとか、そういうときに。仕事ごとに雇ってもらえたら、ずっと中央に住まなくてもいいんじゃないかって」

 ゼクスさんたちを見てて思いついた。

 もちろん収入は減るけど、宿を手伝うこともできる。それにライナスではこれからも訓練があるから、それだけでも雇ってもらえればレムとふたりで生活はできると思う。

「…レムが賛成してくれるなら、ギャレットさんに話してみる」

 それに、俺と同じ理由で仕事を辞めたり相手に辞めてもらったり、結婚を諦めたりするギルド員も少なからずいる。俺の提案が通れば、そういった人たちも戻ってこれたり縁を戻せたりするかもしれない。

「…どう、思う…?」

 ライナスにいたいレムが動くことはできないから、レムと一緒になる為にはやっぱり俺が動かなきゃいけない。

 俺としては、レムと一緒になれるならすっぱりギルドを辞めたとしても後悔はしないって言い切れる。でも、レムは絶対気に病むから。

 全部諦めるんじゃなくて。レムにそれならと受け入れてもらえるように。

 俺なりに必死に考えた。

 レムはじっと俺を見て。少し瞳が潤んだと思ったら、頬に添えたままの手にレムの手が重なった。

「…ナリスはそれでいいの…?」

 きゅっと手を握られる。

「いいと思ったから提案してる」

 きっぱり言い切ったら、レムの瞳から涙が零れた。

 間にあるテーブルが邪魔になって。頬の手はそのまま、椅子を立ってレムの隣へ行くと、レムも立ち上がってくれた。

「…結局ナリスに…」

「俺がライナスにいたいんだ。レムと一緒にいたいんだって、言ってあるよね」

 顔を近付けて。額を合わせる。

「…賛成、してくれる?」

 呟くと、レムが目を閉じて。伝う涙はそのままで、そっとキスをしてくれた。

「……ありがとう、ナリス…」

 いいってこと、だよな…。

 少し離れて見上げるレム。空いてる左手で頬の涙を拭って。

 俺からも、キスをした。



 椅子に戻って、冷めたお茶を飲みながらレムが落ち着くのを待つ。

 同じようにお茶を飲んでたレムが上目遣いで俺を見て、恥ずかしそうにふっと笑う。

 かわいい。

「レム」

 早く言うことを言っておかないとと思って、俺はカップを置いてレムを見つめた。

「…ギルドの了承が取れたら、すぐでもいい?」

「…すぐって?」

 自分もカップを置いてから、きょとんと俺を見返すレムに。

「結婚」

 短く告げると、途端に真っ赤になった。

 それを見て、俺も急に緊張してくる。

 どんなに早くてもあと一年あるけど、その一年をどうにか耐えるから。

「…レムさえいいなら、誕生日に」

 だから、レムが成人したその日に。

「……いい?」

 赤い顔のまま俺を見てたレムが、こくりと頷く。

「いいよ」

 思わず立ち上がって、派手な音を立てたカップに我に返って座り直して。

 もう。本当に嬉しい。

「ありがとう…」

「私も嬉しい」

 呟く俺に、畳みかけるようなレムの声。

 成人する前から縛りつけるみたいに先の約束をしてきて。

 成人したらすぐに束縛するって言ってるようなものなのに。

 それでも嬉しいって言ってくれるレム。

 間にテーブルがなかったら、きっと抱きしめて怒られるまでキスをしてる。

 そんな自分が容易に想像つくくらい、浮かれてるのがよくわかった。

 とりあえず、自分を止められなくなる前に。そう思って、お茶を飲み干して立ち上がる。

 レムも慌ててお茶を飲みきってくれたから。

「部屋に戻るから返しとくよ」

「えっ?」

 レムのカップを取ろうとすると、何故かレムから疑問の声が上がった。



 ものすごく驚いた顔で俺を見上げるレム。

 俺、何かしたのか?

「レム?」

 声をかけると、我に返ったレムがさっき以上に真っ赤になって。

「な、何でもないよっ」

 って、バレバレの嘘をつくから。

 俺は息をついて、目を逸らすレムの隣へと立つ。

「レム」

「何でもないから!」

 そんなに顔を赤くして、何でもないわけない。

 レムの両頬を手で挟んで無理矢理こっちを向かせて。それでも懸命に視線を向けようとしないレムの名前をもう一度呼ぶ。

「隠さないで。教えて」

 真剣な声で強く言うと、レムは一瞬だけ俺を見て、すぐに目を伏せた。

「……恥ずかしいから、何でもないことにしておいて…」

 顔を赤らめて瞳を伏せるレムは、かわいいを通り越して色っぽくて。

 今まで見たことのないその表情に、俺は思わず唇を重ねた。

 一瞬びくりとしたレムが、そっと俺の背に手を回す。

 そろりとしたその動きがどうしてかものすごく官能的で。頬から頭と腰に回しかけた自分の手に気付いて、俺はどうにか動きを止める。

 ……これ以上は、たぶん駄目だ。

 振り切るように唇を離して。

「…ごめん」

 どこか呆然と俺を見るレムにそう謝ると、見開かれたままのレムの瞳からぽろりと涙が零れ落ちた。

 泣かせた、と思った直後、立ち上がったレムが俺を引き寄せてキスをする。

 ゆっくりと唇を重ねたあと、レムはぎゅっと俺を抱きしめた。

「……いいよ」

 耳元の、小さな呟き。

「…そのつもりで、来たから…」

 大きく鼓動が跳ねた。



 レムの言葉の意味はもう、考えるまでもなくて。

 視線を落とすと、必死に俺にしがみつくレムの姿。

 吹っ飛びそうな理性を総動員して、レムの肩を持って引き剥がす。

「……ごめん」

 頬を涙に濡らしたまま、レムが俺を見上げた。

 呆然どころじゃない。絶望に近い感情がその瞳を覆うのを見て、俺はレムがどれだけの覚悟でそう言ってくれたのかを思い知った。

「レム、俺は―――」

「ごめんね、ナリス」

 隠しきれない絶望の中、俺の言葉を遮ったレムは、それでも微笑む。

「私がこどもだから。ずっと待たせて……」

 俺が年上なことは全然気にしないくせに、自分が成人前だということをずっと気にしてきたレム。

 違うんだ。

 違うんだよレム。

 俺が今レムを抱けないのは、俺自身の問題なんだよ。

 何でもないことにしてと言ったレムの気持ちを暴いて泣かせたんだ。

 俺だって、伝えるべきだ。

「レム」

 もう一度肩を引き寄せて抱きしめる。

「いいの、離して」

 身体の間の手を突っぱねるように抗うレムを、そのまま強く抱きすくめる。

「…俺が今レムを抱けないのは、俺自身のものすごく情けない理由で。呆れられそうで怖いけど、聞いてくれる?」

 返事はなかったけど、突っぱねてた手が緩んだのを了承と取る。

「……俺はね、レムに対しては自分があんまり自制の利かない奴なんだってわかってるんだ」

 レムだってわかってると思う。

 独占欲が強くて。妬いてばかりで。何度も自分のものだと思いたくて手を出そうとした。今はだいぶ落ち着いたっていっても、怒られるまでキスするし、レムが動けなくなるような…前戯としてのキスも、正直何度かした。

「そんな俺が一度でもレムを抱いたら、その先我慢ができなくなると思う」

 そのくらい、俺は意思の弱い奴なんだよ。

「…俺は今まで好きな相手を抱いたことがないから。どのくらい溺れるか、ほんとのところはわからないけど。たぶん、会う度にほしいと思うんだろうなって」

 レムはいいよって言いそうだけど。

 問題はそれだけじゃない。

「…でも、レムと俺が会えるのはライナスだけで。ふたりきりでいられるのは厨房か朝のロビーくらいだよね」

 腕の中のレムが少し身を固くする。

 俺が何を危惧してるのか、レムもわかってくれたみたいだ。

「厨房でレムを抱くのも。アレックさんとの約束を二重で破って部屋にレムを連れ込むのも。俺はどっちもしたくないけど、たぶん一年は我慢できなくて、そのうちしてしまうと思うんだ」

 それくらい、俺はどうしようもない奴だから。

 それくらい、レムのことを離したくないから。

「…こんな俺でごめん。ホントはもうそうなってもいいって思えるくらい、レムのことがほしいけど」

 覚悟をしてきてくれたレムの気持ちを踏みにじることも。時間も場所もないのに関係を求めることも。

 どっちもひどいことだってわかってるけど。

 アレックさんとの約束を一度は破ることになるけど、ここでレムを抱いて、俺がこの先一年我慢できればいいだけなのかもって思うけど。

 腕の中の小さな身体。

 俺の一番大事な人。

 守りたいのに、泣かせてごめん。

「…こんな俺でもいいなら、胸を張ってレムの夫になれるように。もう少しがんばらせて」



 レムが互いの身体の間にあった手を下ろして俺の背に回す。

 さっきの情欲を誘うような動きじゃなくて。労るような、慰めるような、そんな抱擁だった。

「ごめんね」

「レムが謝ることじゃないから」

「私、ナリスの気持ち、何もわかってなかったの…」

 だからごめんね、と。重ねてレムが言ってくれる。

「…ここに泊まらないとって知ったときに、どうするって何度も確認されたし、ありがとうって言われたから、私、そういう意味なのかなって勝手に勘違いして…」

 確かに、レムから一日で行けると思ってたと聞いたとき、俺は来てくれるかと確認した。

 いいよって即答されて。いつも通り俺のことを全然警戒してないレムの無防備さに困って。思ってた倍の日数がかかっても行きたいと言ってくれたことが嬉しくて。それで礼を言ったなら。

 それならレムの勘違いは、俺のせいだってことじゃないのか…?

 慌てて説明して謝るけど、レムは俺のせいじゃないの一点張りで。

 最後はただ、もういいのって微笑んでくれた。

「…ほしいって思ってくれるのも、そのあと困るからってやめるのも、どっちもナリスが私を大事に思ってくれてるってことだもん。嬉しいよ」

「レム…」

 あんな情けない話を聞いて、まだそんなふうに言ってくれるのかと。

 驚きしかない俺にレムは続ける。

「ここに来る前に、ちゃんと聞けばよかったね」

 き、聞くって言われても。

「……それはそれで困るかも…」

 これだけみっともない姿を晒しときながら、まだ照れくさく感じる自分が本当に情けない。

 こんなに年上なのに、レムのことになると笑うしかないくらい必死で。

 なのにそれでも足りなくて、こうして泣かせて困らせて。

 それでも受け入れてもらえたことが、本当に嬉しくて。

 自分の感情なのに。本当に手に余る。

 それくらい、愛しいんだって。

 いつになったらレムに伝えきれるんだろう。



「レム」

 抱きしめる力を強くすると、レムもそれに応えてくれる。

「…ギルドの許可、絶対取るから。もう話を進めていい?」

「話って…」

「レムの誕生日に結婚するって」

 本当はギルドの許可を得てからにしようと思っていたけど、帰省ついでに実家とライナスに直接話をしておいたほうが早い。

「いいよ」

「よかった」

 すぐに帰ってきた了承にほっとする。

 腕を緩めると顔を上げてくれるから、その唇にそっとキスを落として。

「…俺、それ以上待てないし。そのあとは遠慮しないから」

 この二年、どれだけ我慢してたのか、思い知らせてあげるから。

「覚悟しといて」

「…わかった」

 絶対にわかってない様子でそう返して、俺を見上げて微笑むレム。

「待ってるね!」

 どこまでも素直なレムは、本当に嬉しそうで。

 意味わかってるの、と聞くに聞けずにうろたえて。にこにこと俺を見つめるその姿に、倍以上に返された気分になって。

 結局俺のほうが赤面して、吐息をつくことになった。



 カップを預かって、おやすみって言い合って。

 閉まった扉をしばらく見つめる。

 やっぱりちょっともったいなかったかな、なんて。手を出さずに済んだからこそ思いながら。

 最短でレムと一緒になる為に。

 どこに何を話さないといけないのか、ちゃんと考えておこうと決めた。

 本編から時は流れて、三八四年、明の二日の話です。

 初めは一話で済ませる予定だったのですが、もう本当に長くなって。

 なので続けて後半をレム視点で書きますね。

 結婚する為にどうするかの答えをナリスが出しました。

 レムの勘違いとナリスなりの理由。

 ナリス、よく我慢しました。

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冬野ほたる様 作
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