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三八三年 実の十二日

 ゆうべ色々考えちゃったことは一旦忘れて。

 今日はククルの誕生日! 目一杯お祝いしなきゃ!

 朝はお兄ちゃんとふたりで店に行くことにしたんだけど。

 お兄ちゃん、何にも持ってないよ?

「渡さないの?」

 そう聞いたら、あとにするって。

「……私、あとから行こうか?」

 私がいるからかなって思ってそう聞いたけど。お兄ちゃん、笑って頭を撫でてくれた。

「ククルだって楽しみにしてるんだし。レムが一番に渡さなくてどうするんだよ」

 毎年贈ったエプロンをその場でつけてくれて、その日はそのまま使ってくれるククル。

「いいの?」

「当たり前だろ」

 楽しみにしてくれてるなら、ほんとに嬉しいよ。

 お兄ちゃんと店に行って。おめでとうってお祝いして。

 お兄ちゃんとククル。見つめ合って何か照れてて。

 それを見て、ふたりはホントに恋人同士になったんだって。そう思ったら嬉しくなって、思わずククルに抱きついた。

 私はずっとお兄ちゃんがククルのことを想ってたのを知ってるから。

 お兄ちゃんがククルのことを誰よりも大事に思ってることを知ってるから。

 お兄ちゃんの想いがククルに受け入れてもらえて、ほんとのほんとに嬉しいよ。



 ククルにエプロンを渡すとすごく喜んでくれた。

 お兄ちゃんが作らないみたいだったから、今年は私が髪留めも作って。

 エプロンとお揃い。明るいオレンジ色、似合ってるよね。

「うん! 似合うよ! ね、お兄ちゃん?」

「そうだな。かわいい」

 お兄ちゃん??

 今さらっと何言ったの??

 ククルも真っ赤になっちゃって。見てられなくて、逃げてきたよ。

 去年は思わず言っちゃってうろたえてたのに。恋人になると、お兄ちゃんでもあんなことさらっと言うんだね。

 ……ナリスが甘すぎるってわけじゃなかったんだ。

 何だかこっちまで恥ずかしい。

 もう。家に戻って朝食食べよう……。



 訓練生の皆とウィルとアリーとゼクスさんたちは今日帰る。

 ロイだけもう一日いさせてあげてって、昨日のうちにアリーに頼まれた。もちろん断るわけないよね。

 降りてきた訓練生の皆にお礼を言われて。リックは二階に荷物を移してきたって。

 二階に行ってたアリーも降りてきた。今日はロイが残るから、自分で荷物持ってるね。

「レム〜!!」

 いつものようにぎゅっとされて。

「色々ありがとう!」

「私こそ。ありがとう、アリー。私ががんばれたのは、アリーが私を信じてくれたからだよ」

 あのときアリーが私を心配するんじゃなくて、託してくれたから。だから私は自分にもできることがあるって気付くことができたんだよ。

「レムってば…」

 アリーにさらにむぎゅっとされて。私もそうして。ふたりで笑って。

 いつものようにゼクスさんたちに呆れられた。

「色々と気遣ってくれてありがとう」

 ゼクスさんにそう言われるけど。私のしたことなんてほんのちょっとだよ。

「本当にレムちゃんは気が利くな」

「客が寛げるよう気を配ってくれているのがよくわかるな」

 メイルさんとノーザンさんがそんなことを言ってくれる。

「仕事柄色々宿には泊まったが、やはりここが一番…そうだな、気兼ねなく寛げるよ」

 ゼクスさんまでそうほめてくれて。

 寛げるって言ってもらえたことが、すごく嬉しい。

「かわいい孫娘もいるしな」

「そうだな、まずそれが一番だな」

「いてくれるだけでいいな」

 三人共何言ってるの?

 何だか恥ずかしくなってくる私の隣で、アリーは呆れたように三人を見てた。



 最後にいつものように大部屋を確認してからウィルが降りてきて。

「今回は本当にすみません」

 そう言って、また謝ってくれる。

「ウィルのせいじゃないですからっ」

 慌てて返すと、ありがとうございますって笑ってくれた。

「それにしても。レムもククルも。ここの女性は本当に強いですよね」

 思い出したようにウィルが呟くけど。

 強いって何??

 驚く私にウィルはもう一度笑って。

「俺も見習わないと」

「ウィル?」

 何言ってるのって思ったけど、何だか吹っ切れたようなその笑みに、ウィルも色々考えてたんだろうなって思った。



 皆が帰って。ククルにプレゼントを渡したあとはナリスたちも手伝ってくれて、夕方には宿の仕事も一段落できたから。

 皆で一緒に店に行ってククルをお祝いしてた。

 改めてお祝いに来てくれたソージュが、店のカウンターの中をじっと見てる。

「…ネウロスさん、だよね?」

 隣に行ってそう聞くと、ソージュは無言のまま頷いた。

 ククルがロイにもらった、店の看板。

 ガラスの看板の周りの飾りが彫ってある木枠。あれ絶対ネウロスさんだろうなって思ってたんだ。

 じっと見てる私たちに気付いて、ククルが入ってた木箱も一緒に渡してくれた。

 箱にも支えの台にも細かく装飾してるところが、ほんとにネウロスさんっぽいよね。

 ソージュは魅入られたようにしばらく見つめて。ククルにそれを返してからも、しばらく考え込んでた。

「…俺、あれからずっとネウロスさんとやりとりしてて。時々作ったの送って見てもらったりしてたんだ」

 じっと看板を見たまま、ぽつりとソージュが呟く。

「そしたらさ、こっちに修行しにおいでって、ネウロスさんが言ってくれて…」

「えっ!!」

 思わず大声出して立ち上がっちゃった私を、慌ててソージュが引っ張る。

「すごいよソージュ!!」

 弟子にしたいってことだよね??

 教えたいってことだよね!!

 ネウロスさん、そう言ってくれてるんだよね!

 ひとり興奮する私に、ソージュははにかんで笑う。

「父さんたちも行ってこいって言ってくれて。でもそうすると、セレスティアに行くことになるから…」

 たぶん家のこととか、宿を手伝ってくれてることとか、ずっと育ったここを離れることとか。

 いろんな葛藤があるんだと、ソージュのその顔でわかるけど。

「ソージュはどうしたいの?」

 じっと看板を―――ネウロスさんの細工を見つめるソージュ。その目を見れば、ホントはどうしたいのかなんて誰にだってわかるよ。

 だから私は。少し背中を押すだけ。

「俺は……」

 ソージュがぐっと手を握りしめる。

「…教わりたい。家具を作るのも好きだけど、ネウロスさんみたいな、あんな細工を作ってみたい」

 しっかりした声で、ソージュが言い切った。

 ほら。やっぱりもう気持ちは決まってるんだよね。

「だったら行くしかないよね」

 そう言うと、ソージュは私を見つめてからうつむいた。

「…手伝い、できなくなるけど……」

「私だって寂しいよ。でも、ソージュが自分の好きなことをしに行くなら嬉しい」

 ぽんぽんと、背を叩いて。

「ネウロスさんのお店、すごいんだよ。ものすごく優しい気持ちになれるお店なんだよ。ソージュだったら絶対毎日見ても飽きないって思う」

「…うん。俺もそう思う」

 顔を上げたソージュは、ちょっと泣き笑いみたいな顔で。

 私も涙が込み上げる。

「…ありがとう、レム」

 私はもう何も言えなくって。よかったねとがんばってねと、ちょっと寂しくなるねと。もういろんな思いを込めてソージュを抱きしめた。

 ソージュはさっき私がしたみたいに軽く背を叩いてくれて。

 もう一度、ありがとうって言ってくれた。



 夜、宿に戻ってから。

 ナリスに話があるって言われて、一緒に厨房に行った。

 嬉しいのと寂しいのとで、私からソージュに抱きついちゃったから。そのことかな。

 座るように言われて。ナリスと向かい合うように座る。

 ナリス、怒ってるようには見えないけど。

 見つめるナリスを見返してると、ふっと笑ってくれた。

「アレックさんに、年始にふたりで実家に行っていいって言ってもらえた」

 話ってそのこと?

 驚く私に、笑顔のままでナリスが頭を撫でてくれる。

「…ついてきてくれる?」

 それはもちろんなんだけど。

「……ナリス、怒ってないの…?」

「怒るって?」

 答えず尋ねた私に、ナリスは変わらず優しい声で。

「…私、ソージュに抱きついちゃったから……」

 ホントに怒ってないの? それとも呆れられてるの?

 怯える私に、ナリスは頭を撫でてた手で引き寄せてキスしてくれた。

 怒ってるのでも、妬いてるのでもない、優しく触れるだけのキス。

「何があったか話してくれたらそれでいいよ」

 そう言うナリスはホントに穏やかな顔をしてて。

 怒ってないんだってわかってほっとする。

「……ありがとう…」

 ほっとしたら涙が出てきて。

 ナリスが抱きしめてくれたから。そのまま今日ソージュとした話を聞いてもらった。

 話し終わってしばらく、黙って話を聞いてくれてたナリスの腕に力が入る。

「…前にね、ソージュに結婚を受けてもらったって話したんだ」

 いつの間にって思ったけど。静かなナリスの声に口を挟めなくって聞くのをやめた。

「…レムを幸せにしてやって、って。そう言われた」

 ぎゅうっと抱きしめられながら。

「約束、してきたから。俺の何に変えても幸せにするって」

 ソージュもナリスも、そんなことを言ってくれてたんだね。

 嬉しいけど、でもね。

「……違うよ、ナリス」

 ナリスの胸に顔をうずめて、私もぎゅっと抱きしめる。

「ナリスも一緒に幸せになってくれないと駄目なんだよ」

 どっちかじゃなくて。ふたりで幸せじゃないと意味がないよ。

 少しだけ間があって。頭の上で、ふっと息が洩れる。

「そうだったね」

 少し腕を緩めてくれたから。顔を上げると、本当に幸せそうに私を見つめるナリスがいた。

「…返事。くれないの?」

「返事?」

「一緒に来てくれる?」

 心配そうな顔はしてないから。絶対ナリスも私の答えがわかってるよね。

「もちろん行くよ」

 即答したら、さっきよりも嬉しそうな顔でキスされた。

 ふたりで行くってことは、そういう意味なのかもしれないけど。もう気にしないことにした。

 だって。私の気持ちはとっくに決まってる。

 ナリスだから、いいよ。

 ククルの誕生日。兄のデレっぷりに逃げるレムでした。

 ソージュの背を押すレム。レムのことを吹っ切ったことも、ソージュの決意の理由になってます。

 アレックから年始の帰省許可が出ました。ふたりでの旅行の詳細はまた後程。

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冬野ほたる様 作
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