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三八三年 実の六日

本編『実の十二日』のネタバレを含みます。

また長くなりました。

 朝、朝食を食べて宿に行こうとしたら、外でお兄ちゃんが待ってた。

 私まだ怒ってるんだからね!

「…ごめん、レム」

 そう思ってたのに、いきなり謝られる。

「……レムが一番心配してくれてたのに。昨日は照れくさくってごまかした」

 ごめん、と、もう一回謝られてから。

「ククルに応えてもらえた」

 赤い顔で、お兄ちゃんがはっきりそう言った。

 応えてもらえたってことは。

 やっぱり昨日のってそうだよね?

 ククルもお兄ちゃんのこと、好きになってくれたんだよね!

 お兄ちゃん、ずっとずっとククルが好きだったもんね。

 ククルのことしか見てなかったもんね。

 よかった。ホントによかったよ!!

 お兄ちゃん、よかったね!!

 もう嬉しくて嬉しくて涙が出てきた。

「レム?」

 泣きだした私に、お兄ちゃんが慌てて名前を呼ぶけど。

 仕方ないよ。滅茶苦茶嬉しいんだもん。

 嬉しくて仕方ないんだもん。

「よかった…」

 もうそれしか言えない私に、お兄ちゃんは困ったように笑いながら頭を撫でてくれた。

「ありがとな」

 涙を拭って。よかったねってもう一度言って。

「…そういえば、いつククルに好きって言ったの?」

 ちょっと気になって聞いてみたら、お兄ちゃん、かなり迷ってから答えてくれた。

「……店手伝いだして、少ししてから…」

「それって去年じゃない??」

「声が大きいって!」

 私ずっと心配してたのに!! 去年って何!!

 いつの間にか恋人同士になってるし!!

 ひとりで心配してた私が馬鹿みたいじゃない!

 また怒る私にお兄ちゃんが慌てて謝ってくるから、気になってた誕生日プレゼントのことを教えてくれたら許したげるって言ったんだけど。

 お兄ちゃん、ホントのホントに困った顔をしたから。

「……いいよ、もう。無理に聞こうとしてごめんね」

 ちょっと申し訳なくなったから引き下がった。

「でもほんとに嬉しい。よかったね、お兄ちゃん。ククルのこと大事にしたげてね」

 仕事に行くねって、歩きだしかけた私の手をお兄ちゃんが掴んだ。止まって振り返ると、赤くなったままのお兄ちゃんがぼそっと呟く。

「…指輪」

 ……指輪って。

「……装飾のじゃなくて、そういう意味の?」

 頷くお兄ちゃん。

 …………そっか。

「……お兄ちゃんらしいね…」

「え?」

「いいと思うよ」

 お兄ちゃんがそのつもりなのは、私からしたら今更だし。まぁククルは驚くかもしれないけど。

「教えてくれてありがとう。じゃあ私、仕事行くね!」

「え、あ、うん…」

 お兄ちゃん、そのままきょとんと私を見てた。



「大変だったってだけ聞いたけど…」

 昼からでいいよって言ってたのに、朝から来てくれたソージュ。心配してくれてたみたい。

「驚いたけど、怪我したりとかはなかったから」

 そんな話をしてたらアリーが荷物を持ってきた。

「おはよう、レム、ソージュ」

「アリー、また髪…」

 驚くソージュにうふっと笑う。

「訓練生が来たらロイとして扱ってね」

「待ってアリー!」

 二階へ行きかけたアリーを止めて、ゼクスさんの隣の部屋の鍵を渡す。

「訓練生の皆は三階だからバレないと思うし。鍵はゼクスさんの部屋に置きっぱなしでいいから、アリーの分の荷物を置いて、準備と寝るときだけでも使って」

 祖父と孫っていっても、ゼクスさんも気を遣うだろうし、ロイの振りをする準備もあるだろうし。

 …だってアリー、胸あるもんね。昨日体型隠すのに巻くからって布持っていったもんね。

 さすがにゼクスさんの前では……だよね…。

「ありがとう、レム。どうしようかなって思ってたの」

 アリー、嬉しそうに受け取ってくれた。

 そのあと降りてきたゼクスさんにもお礼を言われて、今はゼクスさんが使ってる一番奥の部屋をアリー用にして、さっき渡した隣の部屋にゼクスさんとロイとしてのアリーが入ることにしたって教えてくれた。

 もちろん受付の宿泊表も書き換えておいたよ!



 いよいよお昼が過ぎて。騒がしくなった外に、ギルドの皆が到着したことがわかった。

 ゼクスさんたちもアリーも降りてきてる。アリー、黙ってるとほんとロイに見えるよ。もちろんよく見ると顔はアリーなんだけどね。

 じっと見てたら近付いてきてくれた。

「どう?」

 にっと笑ってくるっと回ってくれる。

「うん! ロイに見えるよ!」

「ありがと。苦しいけど、首を隠さないとバレるのよね」

 首元の詰まった服を着てるのはそういうことなんだね。

「服が足りなくて。アレックさんにも借りたのよ」

「大きくない??」

「大きめのほうがよくて。でもフィーナさんがちょっと詰めてくれたの」

 そう言って笑ってから。

「じゃあ今から、ロイでよろしくね」

「うん。困ったことがあったらすぐに言って」

「頼りにしてるわ」

 笑い合ってから、アリーはゼクスさんのうしろに行った。

 それからすぐにジェットたちが来た。

 ジェット、皆の前で足を止めて。

「ありがとうございました」

 そう言って、頭を下げた。

 私も皆も突然のことに驚いてしばらく見ちゃってたけど。そのうちゼクスさんが息をついた。

「礼ならレムちゃんに言ってやれ」

 えっ?

「そうそう。突破口を開いてくれたのはレムちゃんだからな」

 え? え??

 オロオロする私と、ものすごくびっくりして私を見る四人と。

 見比べて笑ってから、メイルさんの言葉をノーザンさんが継ぐ。

「詳しくはあとで話す。今はレムちゃんを労ってやってくれ」

 皆何が何だかわからないって顔をしてたけど。

 ジェットがちょっと笑って近付いて、私の頭を撫でてくれる。

「レムのおかげなんだ?」

「そんなことないよ」

「そうか? ま、あとで聞くけど、とりあえずありがとな」

 そう言ってくれるジェットの向こうで、ナリスが滅茶苦茶心配そうな顔をしてるのが見えた。

 やっぱりジェットは店に泊まることになって。リックは大部屋だから、今回はナリスとダンが同室で。

 ナリスに鍵を渡そうとすると、そのまま手を握られる。

「ナリス?」

 確かに私たちのことを知ってる人ばっかりだけど。周りに人がいるときにこんなこと、普段は絶対しないのに。

 驚いて顔を見ると、本当に心配そうな瞳が私を見てた。

「……無事でよかった」

 ぽつりとそれだけ言って。ナリスは笑って鍵を受け取ってくれたけど。

 やっぱり心配してくれてたんだね。

 またあとで、ゆっくり話そうね。



 ウィルも来て、迷惑をおかけしてすみませんって謝ってくれた。

 ウィルのせいじゃないからって皆で言って。

 ホント、ウィルって気遣いの人だよね。

 顔合わせが済んで、訓練生の皆も三階に上がって。

 あとはソージュに任せて、私はお茶を淹れに厨房へ行った。

 ジェットは店にいるから、十六人分かな。

 一気に運べないから順番に入れてると、いつも通りククルとアリーが取りに来てくれた。

「レム!」

 かけられた声に飛び上がりそうになる。

「え? え??」

 だって!! 声がロイそのものなんだもん!

 うろたえる私に、アリーはにんまりとロイみたいに笑ってる。

「運ぶのは俺が手伝うから。お茶の準備、よろしくね」

 よく見るとアリーなんだけど。声がロイだと顔までロイに見えてくるよ。

「あ、ありがとう…」

 す、すごいね、アリー。

 双子って……どこもこうなのかな……。



 夜、仕事が終わった頃を見計らってナリスが来てくれた。でも何だか怒ってるみたいな感じで。

 鍵を渡したときも心配そうだったけど、怒ってはなかったよね。

 どうしたんだろと思いながら先を歩くナリスについていくと、厨房へ入った途端強く抱きしめられた。

 直後は何かと思ったけど。ナリスも何も言わないし、縋りつくみたいに腕にも苦しいくらい力が入ってて。

 私の存在を確かめるみたいにくっついてくるナリスに、昨日の話を聞いたんだとわかった。

 私もナリスの背中に手を回す。

「心配かけてごめんね」

 そう声をかけると、さらにぎゅっとされた。

「……ここに来る前に聞いてなくてよかった」

 私を抱きしめたまま、ナリスがぽつりと言う。

「聞いてたら心配でどうにかなるところだった」

「何もなかったのに?」

「結果的にはそうかもしれないけど!」

 ナリスの声が何だか泣きそうに聞こえて、私もナリスを抱きしめる手に力を入れる。

「無事だってわかってても。そんな無茶するってことが心配なんだっ」

 するりと背中にあった手が頭を押さえにきて、そのまま覆いかぶさるようにキスされた。

 ナリスの不安をそのまま映したような、余裕のないキス。息をつく暇もないくらい何度も繰り返される。

 わかってるよ。

 私の無事を知っててもナリスが心配になるくらい、私が無茶をしたってことだよね。

 でも。でもね、ナリス。

 私はきっと次も同じことをするよ?

 私にできることがあるなら、多少危険でもそれをするよ?

 だって。そうしないと、私は絶対後悔するから。



 少し落ち着いたのか、ナリスが解放してくれた。

 じっと私を見る瞳はまだ不安気だけど、話を聞くだけの余裕はできたよね。

「ナリス」

 名前を呼んで。手を伸ばして、柔らかい髪を梳く。

「ごめんね。でも、きっと私はまた同じようなことをすると思う」

 私を見つめたまま、ナリスが小さく首を振る。

「…俺はレムのことが一番心配なんだって、前に言ったよね」

「うん。でも私は、できることがあるのに動かない自分は嫌」

 ナリスが目を瞠って動きを止めた。

「…ナリスが好きになってくれた私も、そんな私だよね」

「それでも!」

 今にも泣き出しそうに見えるナリス。

 ナリスだってわかってくれてるんだよね。

 そこで動けない私はもう私じゃない。

 危険かもしれなくても。心配をかけるとしても。

 誰かを助ける為になら。私にできることは僅かでも、できる限りのことをしたい。

 いろんな迷いを振り切ってまで、ナリスが好きだと貫いてくれたのは。きっとそんな私だったから。

 だからそんなに辛そうな顔をしてるんだよね。

「…だからね、ナリス。心配したって怒っていいよ。そしたら私は反省して、次はもっと考えて動けるようになるから」

「…でもレムはまた同じことをするんだよね」

 疑問じゃなくて、ただの確認。

 やっぱりナリスは私のことをわかってくれてる。

「するよ。でも、ナリスが悲しむから、自分にできることしかしない」

 私だって自分が大事。犠牲になろうなんて思ってない。

「ナリスが私を心配してくれるように。私の一番だってナリスなんだよ?」

 くしゃりと顔が歪んで、ナリスがうつむいた。

 反対の手も伸ばして、ナリスの頭を引き寄せる。

「心配かけるかもしれないけど。本当にナリスを悲しませるようなことはしないから」

 首にしがみつくように抱きしめて。

「だからね。怒ったあとは、無事でよかったって一緒に喜んで。傍にいるんだって確かめさせて」

 ナリスはしばらく動かなかったけど、そのうちゆっくり私の肩に顔を寄せて、少しだけもたれてきた。

 近くなった頭を撫でてると、背中に手が回されて。動けなくなったところで首筋に唇が触れる。

「…傍にいるって。確かめていいんだよね…」

 くすぐったさに飛び上がりそうになったところを、今度は耳元でささやかれた。

 ちょっと声が震えてるような気がしたけど、さっきよりは明るい響きで。

 まだ色々考えてるのかもしれないけど。とりあえずは納得してくれたみたい。

「ナリスの好きにしていいよ」

「そういうことは言わないでって」

 耳元で、ナリスが少し笑って。

「…アレックさんに許してもらえたら、年始、一緒に実家に行ってくれる?」

 それは前から約束してるよね。

「もちろん行くよ」

 私だってナリスの家族と会いたいから。

 すぐに答えたら喜んでくれたみたい。また甘えるように首筋に顔をうずめてくる。

 私を抱きしめる手はちょっと強めで、密着具合が今更恥ずかしいけど。

 心配かけた分、安心してもらわないとね。

 ふたりでしばらく抱き合ってから。

 ゆっくり離れたナリスが、そっと私の唇にキスをした。

「ありがとう」

 微笑むナリスはもういつもの顔で。

 私の気持ちをわかってくれて。認めてくれて。本当に嬉しい。

 だから。ごめんねとありがとうの気持ちを込めて、私からも唇を寄せた。

 覚悟を決めて白状した指輪の話をレムにスルーされて戸惑うテオ。十三歳のときに宣言してますからね。今更ですとも。

 ギルド一行の到着です。今回は訓練生はそこそこいますが、あとは身内のようなものです。

 アリーのロイの振りはクオリティが高そうです。出るとこ出てるので、体型を隠すのは大変そうですが…。

 複雑なナリス。自分が傍にいられないことに加え、レムが成人前だということも大きいのかもしれません。

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冬野ほたる様 作
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