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三八三年 動の三十五日

 皆が帰る日。その前にと思って、朝食を食べに行くエディルを呼び止めた。

「昨日、ナリスから聞いたの」

「聞いたって…ああ、あれか」

 思い出したように頷いて、エディルが笑う。

「完敗だった。さすがだな」

 しばらく笑ってから、ふと、真剣な目で私を見た。

「幸せに」

 一方的にそう言って、エディルは行っちゃった。

 そのときはお礼を言いそびれたから、今度は戻ってきたところを捕まえる。

「ありがとう、エディル。でも私、そんなふうに言ってもらえるようなことしてないよ」

 だって。皆自身が頑張ったからこその結果だもん。私は皆と話をしたくらい。

「レムにとってはそうでも俺たちには違うんだ」

 エディルに首を振られる。

「レムはそんなつもりなかっただろうけど。俺たちはレムから、知ることと考えることの大事さを教わったんだ」

 そ、そんな大層なこと教えたりした覚えないよ?

「レムにとっては当然のことだからわからないんだろうけどね」

 うろたえる私にそう告げてから、エディルはじっと私を見つめた。

「俺たち六人は、ここに来ることができて本当に幸せだった。人生を無駄にせずに済んだ分、周りにしっかり返していけたらと思っている」

 エディルがあまりに真剣だったから、大袈裟だって言えなかった。

 だから私も真剣に返す。

「皆ならすぐ返しきって、逆に助ける側になると思うよ」

 返してそれで終わりじゃなくて、ずっと誰かを助けていく。

 皆は間違いなくそんな人だから。

 最初はちょっと驚いてたエディルだけど。

「ああ。そうなれればいいな」

 皆にも言っておく、と、嬉しそうに笑ってくれた。



 それから帰る準備をして降りてきた皆とエディルに、また改めてお別れの挨拶をして。

 ミュスカーさんには、お騒がせしてすみませんでしたって言われた。

「アリーと手合わせできてよかったですね」

 昨日嬉しそうだったからと思ったんだけど。ミュスカーさんはにっこり笑ったまま頷いて。

「私としてはアリヴェーラさんもアレックさんも、まだまだ見足りないのですが。だいぶと無理を言いましたので、今回はこのくらいで諦めます」

 アリーだけじゃなくお父さんも?

「なのでまたここに来られたらと思います」

 びっくりした私を気にした様子もなく、ミュスカーさんはもう一度お礼を言って出ていった。

 ホント、変わった人だよね。



 ゼクスさんのところへ行ってたアリーが一足先に降りてきた。

「レム〜!」

 相変わらず元気なアリー。ふたりで抱き合ってまたねと言い合う。

「よかったわね」

 急にそう言われたけど、何のこと?

 きょとんとする私に、アリーはそれ以上何も言わずにふふっと笑った。

 そんなことをしてるうちに、ゼクスさんたちも来てくれて。皆で挨拶をしてくれるうしろ、ロイはもうすっかり落ち着いた様子で、またねって笑ってた。



「ありがとな」

 降りてきたジェットがそう笑う。ダンもいつもみたいに頭を撫でて、また来るって言ってくれた。

「次はお手本役なんだよね」

 リックに言うと、嬉しそうに頷いてくれる。

「訓練までもうちょっとあるから、ぎりぎりまでがんばってくるよ」

「リックなら大丈夫だよ!」

 訓練の様子は知らないけど、リックがいつも一生懸命だってことは知ってるからね!

 ありがとうって笑うリックの肩に、うしろからナリスが手を置いた。

「あとは自信を持つだけかな」

「簡単に言うけどさ」

 笑ったままそう返して、リックはまたねと手を振ってくれた。

 私の前に残ったナリスは、瞳を細めて私を見てる。

「…じゃあ、行ってくるよ」

「うん。いってらっしゃい」

 おわかれの挨拶は昨日の夜にしてるから。朝はこれだけでも寂しくないよ。

 でも、ロビーにいるのがジェットたちだけだったからか、ナリスは手をのばして私の頭を撫でてくれた。



 最後に降りてきたウィル。いつも通りの笑顔で、お世話になりましたって言ってくれた。

 最初は少し様子が変だったけど、あとはいつも通りのウィル。たぶん何かあったんだろうけど、ウィルの様子からはわからなかった。

「次の訓練なのですが、宿は少し忙しくなるかもしれなくて…」

 すみませんと謝られるけど。何の話?

 結局何かは教えてもらえないまま、お礼を言ってウィルは出て行っちゃった。



 皆が帰って、お兄ちゃんが渋々家に戻って。

 私はいつものように使った部屋を片付けたりしてたんだけど。

 お昼前に、慌てたお兄ちゃんが駆け込んできた。

「レム、母さんは?」

「大部屋だと思うけど、どうしたの?」

「ククルが熱出してるんだ」

「えっ?」

 お兄ちゃん、それだけ言って上がっていったけど。

 ククル、具合悪かったんだ!

 朝の見送りのときも全然気付かなかったよ。

 って、それなのにひとりで店のことしてたんだよね。余計にひどくなってるんじゃない?

 階段前でひとり慌ててたら、お兄ちゃんとお母さんが降りてきた。

「行ってくるわね」

「こっちは大丈夫。ククルについててあげて」

 ありがとうって言いながら降りてくお母さんたちを見送って。

 ククル、たいしたことないといいんだけど…。



 しばらくして戻ってきたお母さん。

「熱だけみたいだから、疲れただけかもしれないわ。寝てくれたから、起きたらまた様子を見に行くわね」

 とりあえずはよかったけど。ククル、そんなになるまで我慢してたのかな。

 最近ずっと様子がおかしかったし。そういえば前にアリーに見ててあげてって言われてたのに。私全然気付かなかったよ。

 ちょっと落ち込みながら仕事をして。

 今日の夕食は町の皆を呼ぶつもりだったけどやめて、お父さんが皆に話しに行った。

 そのあとソージュが心配して来てくれて、手伝いに来ようかって言ってくれた。

 ホント優しいよね。

 休む予定だったお兄ちゃんが店にいてくれてるから大丈夫だって答えて。ありがとうって言うと、手が足りなかったら呼んでって言ってくれた。

 そのあともお母さんが何度か様子を見に行って、落ち着いてるって教えてくれたけど、やっぱり心配で。

 夕方にお兄ちゃんに呼ばれて行ったお母さんからもう熱も下がって元気だって聞いて、やっと安心した。



「心配かけてごめんね」

 夕食を食べに店に行くなりククルにそう言われる。

「ううん。私こそ気付かなくってごめんね」

 朝に気付いてたら無理させなくて済んだのに。

 そう思ってるのはバレてるみたいで。気にしないでってククルに言われた。

 五人で夕食を食べて。ククル、食事もできてるし、大丈夫そうに見えてほっとした。

 ククルには休んでもらったまま私たちで閉店作業をして。

 無理しないように何度も言ってから、鍵の確認をするお兄ちゃんを残して先に帰った。

 宿はもう閉めてあるから、部屋に戻って寝る準備をしてたんだけど。

 ものすごく慌てた物音が部屋の外から聞こえて。

 お兄ちゃんだよね??

 私が廊下を覗いたときには、もう部屋に入っちゃってて。声をかけたけど、返事もなかった。

 一体どうしたの、お兄ちゃん?

 訓練自体は特に騒動もなく終わりました。が、そのあとククルの発熱に慌てるカスケード一家でした。

 本当は前回書くべきでしたが。

 一年と少し、ウィルの恋も終わりました。

 ククルたちより年上ということを差し引いても、ウィルはあまりグイグイいけない性格のようで。あまりククルを困らせるようなことはできず、どちらかというと見守って終わってしまいましたが。

 家族と仕事、どちらの縁もククルにつないでもらうことになったウィル。恋ではなくなっても変わらず大事な相手です。


『丘の上』がひとまず終わりましたので、できるだけこちらを毎日上げられるようにと思っています。

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冬野ほたる様 作
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