三八三年 動の二十日
おとといからお兄ちゃんが前と同じくらい宿でも仕事をするようになった。
ククルをひとりにすること、お兄ちゃんもすごく心配してたけど。落ち着いてるみたいでホントよかった。
私としてはお兄ちゃんにはずっと店にいてもらってもいいんだけどね。
ククルがひとりの時間が増えることと、アリーに見ててと言われてたこともあるし。最近確かにククルの様子はおかしかったから。なんだかんだと理由をつけて店に行ったりして、いつもよりククルの様子を気にするようにしてたんだけど。
今までは作業しながら考え込んでる様子だったククル、ここ数日はちょっとぼんやりしてるかな。
それでもきちんと手が動いてるところがククルらしいけど。
カウンター席でちょっと遅めのお昼を食べてたら、作業部屋で片付けてたお兄ちゃんが出てきた。
「仕込みは?」
「大丈夫」
「じゃ、しばらく行ってくる。レム、ゆっくりしてきていいからな」
お兄ちゃん、私にまでそう言って宿に行っちゃった。
お兄ちゃんも夜にお父さんと何かやってるみたいだし。店と宿と兼任だし。前みたいに疲れないといいんだけど。
そんなことを思いながらふとククルを見て、どきっとした。
ちょっと心配そうで、寂しそうで、切なそうな顔でお兄ちゃんの行ったほうを見てる??
えっと思ったときにはもう手元に視線を戻してて、普通の顔になってたけど。
今の顔、見間違い、じゃないよね?
お兄ちゃんがいなくなるの、滅茶苦茶不安そうだったんだけど?
「レム?」
あんまり見てたから、ククルに声をかけられて。何でもないって返しておいた。
あんなことがあってから、ずっとお兄ちゃんがここにいたし、お兄ちゃんがいないと不安なのかな。
…そう、かもしれないけど。
「テオもああ言ってくれてるし、お茶も飲んでいく?」
考え込む私に気付いてククルがそう言ってくれる。
心配そうな顔。ホント、ククルは人のことばっかり気にしてくれるよね。
お兄ちゃんと一緒だよ。
「うん! ククルも一緒に飲もう」
昨日の残りでごめんねって言いながら、お菓子も出してくれて。
少しなら大丈夫って、隣に座ってくれた。
「ありがとう。心配して来てくれてるのよね?」
お茶を一口飲んだところでそう言われた。
気付かれてたんだね。
「アリーも心配してたよ」
そう言うと、ククルは少しだけ表情を曇らせた。
「…そうね、たくさん心配をかけたわ」
アリー、訓練中も一緒にいてくれたから。心配してくれてたの、ククルだって気付いてたよね。
ちょっと視線を落として考えてたククルが、私を見た。
「…レムは、ナリス以外の人に好きだって言われたらどうする?」
突然の思ってもない質問に、私はびっくりしてククルを見てから。
浮かんだカートの顔に、ちょっとうつむいた。
「……ありがとうと、ごめんねって、言うよ」
私にできたのはそれだけだから。
カートのことを思い出して、少し悲しくなる。
カート、もう元気にしてるかな。
また来てくれるかな。
しんみりした私を、ククルがぎゅっと抱きしめてくれた。
「ごめんね、変なことを聞いて」
「ううん」
ククルから抱きしめてくれるのは珍しいし、謝ってくれる声も沈んでる。
やっぱりククルも様子がおかしいよね。
「…そうよね」
ぽつりと呟いたククルが、私から離れた。
「ありがとう、レム」
ククルはまだ沈んだ顔をしてたけど、お礼を言ってくれる声は少しだけすっきりしてて。
ククルが何に悩んでるのかわからないけど。
私で相談に乗れるなら、いつでも付き合うからね。
本編にはない日付です。
心配するレムにどうすればと悩むククルからの質問でした。
カートはカートなりに吹っ切ろうと自主訓練に力を入れています。
ほかの五人ももちろん振られたことを知っているので、同じタイミングで待機になったときには、一緒に食事をしたり、訓練に付き合ったりとしています。年齢は違いますが、パーティーとも同期ともまた違った絆ができました。