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三八三年 動の十五日 ②

後半です。

やっぱり長いです。


あと、百五十話目です! ありがとうございます!

こちらもラストスパート、同時終了は無理そうで残念です…。

 食べ終わって店を出て。

 お茶の時間までには間に合うように帰らないとだから、ミルドレッドにいられるのもあと少し。お菓子をもうちょっと買い足して、生地を受け取って、くらいかな。

 ナリスはまた手をつないでくれるけど、たぶん兄妹にしか見えないんだろうし、もし恋人に見えたとしても、釣り合わないとか思われてるんだろうな。

 ひとりでちょっとへこんでると、ナリスが急に足を止めた。

 私も足を止めて見上げると、ナリスはじっと私を見てる。

「どうしたの…?」

 何だか妙に真剣な顔をしてるから。心配になって聞いてみた。

「どうしたのは俺の台詞。店にいたときから様子が変だけど、さっきから何考えてるの?」

 強い眼差し。声もちょっとこわばってる。…ナリス、怒ってる?

「……ごめんなさい…」

 せっかく楽しい時間だったのに。嫌な気分にさせちゃったみたい…。

 うつむいて謝ると、違う、とちょっと辛そうな声が降ってきた。

「謝ってほしいんじゃない。心配なだけなんだ」

 怒ってないの?

 もう一度見上げると、困ったように溜息をついたナリス。来て、とそのまま私の手を引いていく。

 連れてきた広場のベンチに私を座らせて、隣に座って。私の身体を自分のほうへ向けて、まっすぐ覗き込む。

「何、考えてたの?」

 ホントに、本当に真剣なナリスの顔。

 私の態度が不安にさせちゃったんだよね。

「…ごめんね、ナリス…」

「謝らないでって言った」

「うん、でも、不安にさせたから…」

「教えてくれたらそれでいいから。さっきから何を気にしてるの?」

 何度も聞いてくれるけど。

 ナリスの隣にいるのがこんなこどもっぽい自分で恥ずかしいなんて、言えないよ。

 話さない私に、引く気のなさそうなナリス。

「レム」

「私自身の問題だから。ナリスは関係ないよ」

「関係ないって…」

 繰り返すナリスの声が沈んで。私は言葉を間違えたことに気付いた。

「ち、違うの! ナリスのせいじゃないって意味で、突き放すつもりじゃないの」

 私を見るナリスの心配と不安の混ざった顔が、間違いなく曇ったから。

 誤解されたくなくて、必死に説明する。

「私がまだこどもだから、周りから兄妹にしか見られないだろうなって思って悲しくなっただけなの」

 私じゃ釣り合わないかなって思ったことは、言えなかった。

 ナリスはじっと私を見つめて。ちょっと悲しそうに視線を落とす。

「……そんなに不安?」

 何とか聞こえるくらいの、小さな声。

「ナリ…ぅんっ?」

 名前を呼ぶ途中で唇を塞がれた。

「ん〜!? んん〜〜っ!!!」

 街中だから!!! 人がいるから!!! 見てるから!!!

 うんうん言ってる私を気にせず、しっかりたっぷりキスしてから、やっとナリスが離してくれた。

「ナリス!!!」

 さっきまでの悲しい顔はどこにいったのってくらいにっこりと……怒ってる時の顔してる。

「これで兄妹には見えないよね」

「ばかぁ!!」

 気にし過ぎの私が悪いんだけど!

 でも!!

 こんなところでなんてことするの??



 そこにいてられなくって、慌ててその場を離れた。ナリス、全然急ぐ気なんかないよね? 引っ張ってるのにのんびりだよね??

「レム」

 少ししてから、名前を呼ばれて引っ張り返される。

 聞こえなかった振りをして歩こうとするけど、ナリスが動いてくれない。

「レム」

 今度はもう少し大きい声。仕方ないから振り返る。

 うつむいて黙り込む私に、ナリスはぽつりと言ってくる。

「謝らないから」

 そんなこどもみたいなこと言わないでよ。

 謝ってほしくなんかないって、わかってるよね?

「どう見られてても俺は平気。ほかからどう見えようが、レムは俺の恋人なんだから」

 ナリスはきっぱりそう言ってくれるけど。

 違うんだよ、ナリス。

 私が悲しいのは、私じゃ足りないからなんだよ。

 大好きなナリスの隣に、胸を張って立てない自分が悲しいんだよ。

 …たぶん、ナリスにはわかんないよ。

 ……ホントに、どうして私を選んでくれたのかな……。



 手をつないだまま、また歩きだす。

 買ったお菓子をお茶の時間に間に合うように持って帰りたいから、そろそろ帰らないといけないけど。

 喧嘩したみたいな空気になっちゃってるのが悲しい。

 せっかくナリスとミルドレッドに来れたのに。

 ライナスじゃ隣にいること、全然気にならなかったのにな…。

 目についたお菓子を買い足しながら、布地屋さんに向かって。受け取ってくるからって、外で待っててもらう。

 どの生地をどれだけ切ってもらったか確認して。受け取って外に出たけど。

 ナリスがいない。

 ……ナリス、いないよ?

 辺りを見回すけど、やっぱりいなくて。

 ぎゅっと荷物を抱きかかえる。

 何かあった?

 それとも、呆れて行っちゃった?

 ここを離れて探しに行くべきか。それとも離れないほうがいいのか。

 どうしよう、わからないよ?

 少し迷って、やっぱり探しに行こうと思って歩きかけたとき。

「レムっ!」

 うしろからの声に振り返ると、店の中からナリスが出てきた。

 いつの間に店の中に?

 …でも、よかった。何かあったんでも、置いてかれたんでもなかったんだ。

「ごめん。支払いしてるうちにすれ違ったみたいだね」

 ほっとする私の前まで来て、ナリスがそう謝ってくれた。

 支払いって…?

 見上げる私に微笑んで、ナリスが小さな袋を渡してくれる。

「……仲直り、してくれる?」

 よくわからないままの私の頭を撫でてから、抱きしめてた荷物を持ってくれる。

 手元に残された小さな袋。促されるまま開けてみると、黒のベルベットに金糸で細かい刺繍と縁取りの入ったリボンが出てきた。

 艶々の黒に、金糸が映えて。色味は大人っぽいのにかわいい。しかも表裏どっちが見えてもおかしくないよう刺されてる。

「一緒に見てるときに見つけたんだ。レムが好きそうだなって思ってて」

 手に載せたそれを見てたら、ナリスはそう教えてくれた。

「…うん、好き…」

「よかった」

 素直に頷くと、安心したみたいに息をついて。ナリスはもう一度頭を撫でてくれる。

「…俺はね、今のままのレムがいいよ。かわいいものが好きで、お菓子が好きで。明るくてよく笑って」

 撫でてる手が止まって、そのまま引き寄せられる。

「…変わらなくて、いいよ…」

「ナリス……」

 私が何を気にしてたか、わかってたんだ。

 ナリスがいてほっとして。プレゼントが嬉しくて。わかってもらえてて幸せで。そんなことを気にしてる自分が情けなくて。

 ポロポロと、次々涙が溢れてくる。

 止まらなくなった涙を拭って、ナリスがぎゅっと抱きしめてくれた。

 ごめんね、ナリス。

 全然自信なんかない私だけど。

 今のままの私がいいってナリスが言ってくれるなら。

 その言葉を信じるよ。



 泣いたあとで危ないからって、結局帰りもふたり乗りで帰ることになった。

「そういえば、つけてきてくれてたんだね」

 ふたりで馬に乗って。出発直前にそう言って、ナリスが首筋にキスをする。

 ペンダントのこと、だよね。

「まだこっそりだけどね」

 服の下に隠すように。私にはまだそれで精一杯。

「嬉しい」

 うしろからの呟きは、ホントに嬉しそうな声で。

 ぴったり身を寄せてくるナリスに、私も体を預ける。

「……いつか似合うようになるから。ゆっくり待っててね」

 ナリスの隣でも恥ずかしくない、そんな私になれるように。

 私らしいままで。大人になれたらな。

「何言ってるの」

 耳元で、ナリスが笑う。

「俺はレムに似合うと思って選んだんだよ?」



 ライナスに戻って、ソージュの家にお土産を渡してから店に戻る。

 ちょっと遅くなったけど。ナリスが帰り道を少し急いでくれたから、お茶の時間には間に合ったかな。

 皆でお茶できることになって。お父さんもお母さんも、手伝ってくれてたジェットたちも、皆店に来た。

「ナリス、レム」

 カウンターの中から、お皿を持ったままリックが近寄ってきた。お皿の上、サンドイッチが二切れ載ってる。

「…あのさ、お菓子たくさんあるけど…よかったらこれ、食べてくれない?」

 もじもじと恥ずかしそうにお皿を渡してくるリック。

 ククルがジェットによく作る、ドレッシング和えのサンドイッチだけど…。

「俺が作ったんだ。昼前に作ったからもうベチャベチャになってるかもしれないけど、ふたりにも食べてほしくて…」

「リックが作ったの??」

 大きな声が出ちゃって、リックがちょっとびっくりしてた。

「置いといてくれたの? 嬉しい!! もちろん食べるよ!」

 ナリスと一切れずつ手に取って。

 いつものククルのよりもちょっと甘めの柔らかい味。時間が経ってるから水分が出てきちゃってるけど、これは仕方ないもんね。その分しんなりした野菜が、酸味控えめの優しい味にはぴったりだった。

「ドレッシングもリックが作ったのよね」

 ククルの言葉に、混ぜただけだし、とリックが慌ててる。

「ごめん、やっぱりベチャベチャになってた?」

「それでも。美味しいよ」

 今度は出来たても食べたいってナリスが言うと、リックは任せてって笑った。

「ありがとうリック。美味しかった! ククルのとは違う、リックの味だね」

 私もお礼を言うと、リックはきょとんと見てきて。

「俺の?」

「うん。優しい味だった!」

 そう言ったら、リックは満面の笑みになってカウンターのククルのところへ駆けていった。

 ククルもリックも嬉しそう。

 そう、だよね。

 まだあんまり料理をしないリックがいきなり豪華なお料理を出してくるよりも、このほうがリックらしい。

 きっと私もそういうことなんだよね。

 背伸びしたって。きっとらしくないんだろうな。



 お茶が終わって、宿に戻って。

 お兄ちゃんは夕方に皆が来るからその準備に店に残って。ナリスが宿を手伝ってくれたんだけど。

 私は手伝っちゃ駄目って言われて。

 でも困ってたら手を貸すよね?

 あれまだやってないなって気付いたらやりたくなるよね?

 そんなことをしてたら。手伝うなって言って店に追いやられた…。

 これくらいやらせてくれたっていいと思うんだけど!!



 夕方は町の皆が入れ代わりで来てくれて。

 ソージュももちろん来て、お土産のお礼を言われた。

 楽しい時間が過ぎて。皆が帰ってから、ナリスに呼ばれて外に出る。

 もう暗くなってるから、ここからだと町の明かりがきれいなんだよね。

「今日はありがとう」

 私がお礼を言うと、ナリスは笑って首を振った。

「色々あったけど。一緒に出かけられて楽しかった」

 ホントに色々あったよね。

 今は笑ってくれてるナリス。

 …もう一回、謝っていいかな…。

「……ごめんね」

 ナリスは何も言わずに私に手を伸ばして、ぎゅっと抱き寄せてくれる。

「…ナリスがあんなに見られてるの知らなくて。びっくりしちゃった」

「誰が見てても関係ないよ」

 ナリスの手に力が入った。

「俺は、レムさえ見ててくれたらいいんだから」

 また少しだけ緩んだ腕の中。見上げるとキスされる。

 すぐに離れて。まっすぐ私を見つめるナリスが、すっと瞳を細めた。

「だからレムも。俺だけ見てて」

 またキスされて、結局返事はできなかったけど。

 わかってくれてありがとう。

 ずっとナリスを見てるから、ナリスも私を見ててね。

 アレックに知られると怒られそうな行動に出たナリスですが。精々その日『バカップルがいた〜!!』と話のネタにされるくらいだといいですね。基本仲良しのふたりです。

 リックのサンドイッチは作り置きには向いてない中身で残念でした。これを機に料理にも興味を持ちますが、寮の部屋には調理場がないので継続するのは難しそうです。

 本編は観察されるジェットと、自分の観察を決めるククル。自分のこととなると少々ポンコツ気味のククルです。

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冬野ほたる様 作
― 新着の感想 ―
[一言] 好きな人に釣り合ってるかどうかなんて 決めるのはお互いだけでしかなくて 周りなんて関係ない と、割り切るには、レムはまだ幼いですよね 家柄が、とか、 血統が、とか、 そういう環境だと、 ま…
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