三八三年 動の十三日
今日は四日目。ククルがお菓子を焼き出す日!
ククルは皆の好きなお菓子を中心に作るから、半分くらいは『いつもの』なんだよね。
私は好きなお菓子がいっぱいあるし、食べたいときに頼むからいいよって言うんだけど、ククルはいつもどれかは作ってくれてる。
今回もあるかな。やっぱり楽しみ。
お昼を過ぎてから、ウィルが来てるうちにって、アリーがお菓子を持ってきてくれた。
今回はチョコレート生地にドライベリーを混ぜたパウンドケーキを作ってくれてる!
それに。やっぱりチーズタルトもあるよね。ふたつ食べちゃった、ってアリーが笑う。
アリー、お菓子はよく食べるけど、その分食事は気を付けてるみたい。食べるときと食べないときがあるよね。
それに加えて、ちゃんと訓練してるみたいだし。
だからその身体……羨ましいなんて言っちゃ駄目だよね。
「なぁに?」
まじまじ見てたらくすぐったそうに笑われた。
優しくて強くてかわいくて努力家で…うん、やっぱりアリーは最高だよね。
アリーみたいにはなれないけど、私も訓練がんばろうっと。
夜食を食べて帰ってきた皆がものすごく浮かれてて。もう降りてきてくれてたナリスと一緒に驚いてたら、リックが駆け寄ってきた。
「ナリス、来てたんだ」
「皆どうしたんだ?」
リックに部屋の鍵を渡しながらナリスが聞くと、あれな、と笑ってる
「ロイにほめられたから喜んでるんだ」
そうなんだ!
スヴェンも皆も滅茶苦茶嬉しそう。
「俺もがんばんないとな」
少しだけ羨ましそうな顔をして呟くリックは、最初に会った頃より少し大人びた顔をしてた。
「実の月の訓練、新人ばっかりだからっていうのもあるんだけど、リックがお手本役なんだ」
皆を見送って、仕事を終えて。いつもみたいに厨房で、ナリスが話してくれる。
「でもまだ力不足ってリックもわかってて。あがいてるとこ、かな」
「そうなんだ」
リック、がんばってるんだね。
アリーもスヴェンも訓練生の皆も。ちゃんと何かをがんばってるよね。
私は何だろう? 仕事も訓練も私なりにはやってるけど、がむしゃらにって程じゃないし。
裁縫も慣れただけで、特別上手でもがんばってるわけでもない。
どうしよう? 私何もがんばってないよ?
だんだん悲しくなってきて。
「レム?」
うつむいてたら、ナリスに名前を呼ばれた。
どうしたのって聞かれたから。がんばってない自分に落ち込んだって話すと、何言ってるの、と笑われる。
笑わないでよ。
むくれてたら優しい手で頭を撫でてくれた。
「レムは、ジェットのことをがんばってないって思う?」
いきなり何のことって思ってナリスを見るけど、ナリスは真剣な顔で返事を待ってるから。
「思うわけないよ」
そう返すと、ナリスは少し笑って。
「だよね。今ここでジェットが目に見えて努力してなくても、今のジェットは二十年ずっと鍛錬を続けてきたからこそで。レムはそれをちゃんとわかってる」
ジェットが今までどれだけがんばってたかなんて。改めて聞かなくったってわかるよ。
普段はすぐ調子に乗るけど、ジェットはギルド員の…英雄の自分を大事にしてる。間違ったことはしないように、お手本になれるように、ちゃんと気を付けてる。だから皆ジェットに憧れるんだよね。
私の話に、ナリスは笑って頷いて。
「レムだってそうだよね」
私も?
「ずっとがんばってきたから、毎日いつも通りの仕事ができるんじゃないかな」
優しく私を見つめる瞳に、じわじわ涙が滲んでくる。
手伝い始めたのがいつからかなんてわからないくらい小さい頃から、そのときの私にできることをしてきて。今はもうどの仕事もできる。
もう身体が覚えてるから。がんばらなくてもできるんだけど。
今までがんばったからだって。思っていいのかな?
「………ありがとう」
ナリスはそっと涙を拭って、頬にキスして。
「レムのがんばってるところ。もっと言おうか?」
からかうようにそう言うのは、私が泣きやむようにだよね。
「ううん。もう大丈夫」
好きな人が認めてくれてるんだもん。
それで十分だよ!!
アリーは振り回しキャラではありますが、基本真面目でストイックです。だからこその愚弟呼び、ですかね。ライナスに来るようになってからお菓子を食べる頻度が上がっているので、滞在中も自主トレを欠かしませんが、訓練生には内緒です。