三八三年 動の九日
本編『動の十日』のネタバレを含みます。
「おはよう、レム」
朝にふたりで会えるのは今日までだから、ちょっと早く来てみたけど。やっぱりナリスはもう来てた。
「おはよう。いつから起きてきてるの?」
心配になってそう聞くけど、さっき降りてきたところだよって返される。ホントかな?
ふたりで厨房に行って。今日までかって思ったから、ナリスにされる前に私から抱きつく。
訓練が始まったらゆっくり話せるのは夜だけだからね。それまでに甘えておこう。
ナリスは少ししてからぎゅっと抱きしめ返してくれた。妙に間があったなって思って顔を上げたら、すぐにキスで視界を塞がれたけど。
顔が赤いの、ちゃんと見たからね。
お昼過ぎに到着したって言って皆が降りてきて、ジェットは外で迎えてくるって出ていって。
しばらくしてから、ウィルが来た。
ゼクスさんたちに挨拶して、私のほうにも来てくれる。
「またお世話になります」
そう頭を下げてから、あれから大丈夫だったか聞いてくれた。
皆が来てくれたからククルも落ち着いてるって言ったら、ホントに安心した顔をしてて。
ウィル、心配してたんだね。
そのあと来たのはスヴェンで。嬉しそうに駆け込んできた。
「レム!」
「スヴェン、久し振り!」
元気そうでよかった!
「やっと俺の番だよ」
確かにディーが来てから結構経ってるもんね。スヴェンもちょっとがっしりした気もするけど、待ち遠しかったって笑う顔は同じだね。
それからスヴェンは続けて入っていた男の人を、師匠だって紹介してくれた。
「シモン・テーラーという」
私も名乗ると、君が、と言われる。
「スヴェンからも色々と聞いている。君にも礼を言わねばと思っていたんだよ」
って言われるけど、お礼言われるようなことしてないからね??
顔合わせが済んで、いつものようにお茶を淹れて。ククルとアリーが最後に大部屋に持っていってからしばらく、急にロビーのほうが騒々しくなった。
慌てて受付に戻ると、宿を出ていくアリーとスヴェンともうひとり。
「ソージュ? 何?」
受付にいたソージュに聞くけど、ソージュもわからないと首を振る。
「揉めてたみたいだけど…」
何が何だかわからないうちに、今度はククルとロイとゼクスさんが降りてくる。
「ククル?」
「レムたちはそこにいて」
ククルの代わりにロイにそう言われて、私たちはそのまま立ってた。
騒がしかったからか、二階から皆が降りてきてくれる。
「レム!!」
慌てた様子でナリスが来てくれた。何があったか聞かれるけど、私たちにもわからない。
ジェットが外に行こうとしたところで、ゼクスさんが戻ってきた。
「たいしたことじゃないが、あとで説明する。ウィル、儂の部屋に」
「は、はい」
ウィルだけ呼ばれてゼクスさんについていく。
見送ってると、ロイが戻ってきた。
「ロイ、何が…」
「アリーに喧嘩売ったバカがいたんだよ」
ジェットの声に、ほんっとに呆れたようにロイが返した。
「それだけ。あとはウィルに任せたらいいから。ほら戻って」
そう言われて皆戻っていったけど、ナリスだけもう少しいるよって残ってくれた。
ちょっと経ってから、スヴェンともうひとりが戻ってきて。一番うしろにアリーもいた。
「騒がせたわね。ククルは店に戻ってもらったわ」
「アリー、えっと……」
大丈夫か聞こうかと思ったんだけど、スヴェンは疲れてて、もうひとりはもっと疲れてて、アリーだけ元気で。
ロイより強いアリーだもんね。訓練生にやられるわけないか。
アリーはふたりにゼクスさんのところへ行くように言って、そのまま受付前に止まって何があったか教えてくれた。
「私とロイのことでククルが怒ってくれたの。でもククルに手を出しそうだったから止めたんだけど」
駄目ね、と溜息をつくアリー。
「てんで弱くて相手にならないんだもの。余計苛つく」
「アリー……」
駄目ってそっち?
「中途半端でホント気持ち悪いから。ちょっと行ってくるわね」
「行くって?」
「ダンのとこ!」
ダンのとこって??
ナリスを見ると、ちょっと笑ってる。
「アリー、ずっとダンに手合わせしろって言ってるんだ」
「そうなの??」
知らなかったや。でも、ずっとってことは…。
「全部断られてるけどね」
やっぱりそうなんだ。
「……ダンがアリーと戦うとも思えないけど、アリーが諦めるとも思えないよね…」
思わずそう言うと、ナリスもソージュも頷いてた。
ダンに手合わせしてもらえなかったって怒りながら降りてきたアリー。うしろからついてきてたさっきの人を、ほら、と促す。
「ヘンリー・フォードです。騒がせて本当にすみませんでした」
突然謝られて、私もソージュもびっくりして見てるだけで。
アリーは満足そうに頷いて、私たちににっこり笑った。
「まぁ反省してるみたいだし、許してあげてね。じゃあ次はククルのところよ?」
「はいっっ!!」
何その滅茶苦茶いい返事??
アリーに喧嘩売ったって言ってたのに?
出ていくふたりを見送って。ソージュと顔を見合わせる。
「……アリーはすごいね」
「そうだな…」
もうそれしか言葉が出なかった。
「まぁたいしたことにならなくってよかったよ」
仕事が終わった頃に来てくれたナリスと厨房でお茶を飲みながら、結局どうなったのかを教えてもらった。
反省してるって言ってたし。注意だけで済んだならよかったね。
そんな話をしながら。そういえば、確かめようと思ってたことがあったんだった。
飲み終わったカップを持ってきてくれたナリス。受け取って置いてから、えいっと胸に飛び込む。
「レムっ??」
ぎゅっと抱きつくと上から慌てた声がするから、見上げてみるとナリスが赤くなってる。
やっぱり私が甘えると照れるよね?
かわいいなぁって思ってにやにやしてると、気付いたナリスがちょっと拗ねた顔をする。
「レム……」
「ナリスかわいい」
「かわいいって…」
溜息をついたナリスが肩を掴んで、抱きついてる私を引き剥がした。
拗ねた顔だけど。私を見つめる金の瞳に熱が籠もる。
「いいよ。レムがその気なら遠慮しない」
甘い声に、ちょっと待ってと言いかけるけど。
言えないまま、立てなくなるまでやり返された。
甘えられ慣れていないことにとうとう気付かれたナリス。主導権の取り合いは、今回はナリスに軍配が上がったようです。
スヴェンはちょっと男を見せましたが、結局アリーに見せ場を持っていかれました。