三八三年 雨の四十六日
今日帰るナリスたち。ナリスがいるときは早めに宿に行くんだけど、今日はそれよりももうちょっと早く行ってみた。
ナリスがいなかったら仕事をし始めてたらいいかって思ったんだけど、ナリス、もうロビーにいて。
いつから待っててくれてるんだろう? ちゃんと寝てるか、少し心配。
「おはよう、レム。早いね?」
「ナリスこそ。今日帰るのに大丈夫?」
私の手を取って引き寄せて。平気、と笑ってキスをする。
「もしかしてって思って。同じこと考えてたみたいで嬉しい」
早く来た分時間があるから、今日は厨房に行くことにした。
厨房に着くなり抱きしめられて。別れを惜しむような、長いキスのあと。
「雨降ってないから朝出るって」
もう一度ぎゅっと抱きしめてくれながら、ナリスがそう言った。
「……ホントは俺をって言いたいけど、すぐに来れないから。不安になったら、ちゃんと誰かを頼るんだよ?」
まだ私のことを心配してくれてるナリスに、わかってると頷いて。
「傍じゃなくても、ナリスがいてくれるから大丈夫だよ」
すぐ会えなくても。私のことを誰よりも心配してくれてるナリスがいるから。
「でも、また来たときには甘えさせてね」
ナリスの腕の中、見上げてそう言って。今のうちに甘えておこうと思って、胸に頭を預ける。
ナリス、滅茶苦茶ドキドキしてるなって思いながら、しばらくそのままくっついてたけど。
何も言ってくれないし。腕も少し緩んだままだし。
前にもこんなことあったな、なんて思いながら。ナリスを見ようと顔を上げかけたら、突然ぎゅっと胸に押しつけられた。
「…今見ないで」
絞り出すような、ナリスの声。
「照れてる?」
「……それもあるけど。止められる自信、ないから…」
私を抱きしめる手に、さらに力が籠もる。
「………もうホントに。あんまりそんなこと言わないで………」
それっきり、ナリスは黙っちゃって。
抱きしめ返そうかと思ったんだけど、動くと怒られそうな気がしたからじっとしてた。
私、そんなに変なこと言ったかな…?
ナリスのドキドキがだいぶ収まってきたなって思った頃に、やっと腕を緩めてくれた。
「……もう見ていい?」
「…っっだからっ!」
何で呆れたように言われるのかな??
また早くなったナリスの鼓動を聞きながら、仕方ないから動かずにじっとしてたんだけど。
腕は緩んだままだったから、ゆっくり顔を上げてみた。
赤い顔で、私から目を逸らしてるナリス。ものすごく照れた顔が、いつもよりも幼く見えてかわいくて。
「…見ないでって」
見てることには気付いてたみたい。珍しく拗ねた声でそう言われる。
九歳も年上のナリスだけど。今日のナリスは間違いなくかわいいよ?
多分ほかの人には見せない、私しか知らないナリスだよね。
そう思うと嬉しくって。ぎゅっとナリスを抱きしめる。
ナリス、ちょっとびくっとしてたけど。何も言わずにそのまま抱きしめさせてくれた。
結局お茶も淹れれず戻る時間が来て。
名残惜しそうに離れたナリスが、優しく私にキスをする。
「…二年は長いな……」
「え?」
「何でもないよ」
仕方なさそうに微笑んで。もう一度軽くキスしてくれる。
「待ってるから」
ナリスはそう言うけど。
ここで待ってるのは私なんだけどな。
リックはまだだからって、私が受付の準備をしてる間、ナリスも手伝ってくれてた。
そのうちお父さんが来て、ナリスを見て足を止めた。
「おはよう、ナリス。ちょっといいか?」
「あっ、はいっっ」
ナリス、滅茶苦茶動揺しながらお父さんについていったけど。どうしてあんなに焦ってたんだろ?
しばらくしてから戻ってきたナリスはもういつもの顔で。
お父さんと何話したのって聞いたけど、ちょっとね、とはぐらかされた。
ナリスとリックが朝食を食べに行って。戻ってくるとき、ジェットとダンが一緒にこっちに来てくれた。
「ホントにありがとな、レム」
「ううん。皆が来てくれてホントによかった」
ククルも喜んでた。やっぱりジェットがいると安心するんだね。
そう言うと、ジェットはちょっと笑って。それならいいけど、だって。
らしくない顔してるけど。きっとそれだけククルを心配してたんだよね。
ダンはいつもみたいに頭を撫でてくれながら、無理するなって言ってくれた。
荷物を持ったナリスとリックも降りてきて。
「じゃあレム、また訓練のときに!」
「ありがとう、リック。待ってるね」
手を振るリックに振り返すと、にやっと笑われる。
「じゃ、外で待ってるな!」
「ちょっと、リック?」
リック、ジェットとダンの背中を押しながら出ていっちゃった。
残された私とナリス。気を遣ってくれた…んだよね。
何だか妙に気恥ずかしくなって。ちらっとナリスを見ると、ナリスもちょっと困った顔で笑ってた。
「リックの奴…」
そう呟いてから、私を見て。手を伸ばして頭を撫でてくれる。
「じゃあ、行ってくるね」
甘い声に優しい手。自然に笑顔になりながら、私も頷く。
「うん。いってらっしゃい」
ナリス、ちょっと驚いた顔をしてから。幸せそうに瞳を細めて、ぎゅっと私を抱きしめた。
「…本当に、二年も待てない……」
「ナリス?」
聞き返した私の頬にキスをして、ナリスは何でもないよって笑った。
甘やかすのはよくても、相手から甘えられるのには慣れていないナリス。元カノ影響大ですね。
珍しくタジタジのナリスをここぞとばかりに堪能するレム。どうすればナリスが照れるのか、まだ自覚はありません。気付いたが最後、ことあるごとにからかうような気がしますよね…。
ちなみにナリスはセレスティア後の騒動以降は『行ってくる』と言ってますが、レムからは何気に初の『いってらっしゃい』です。